5.蒼のイヴォルブ『ルオーケイル』

しかし、それらがカディに届くことはなかった。豪雨を放つシュナイルと同じように、カディにも立派な傘……盾がある。


「大丈夫かいカディ?」


 スレッドの言葉にカディは短く肯定する。弾丸は一発も届かなかった、ルオーケイルの両腕が壁となり、カディを守ったのだ。


「はっ! もう一匹居たんだったな! いいぜ! その青いのからぶっ壊してやるよ」


「って言ってるけど、どうする? 僕がやろっか?」


「俺がやる。変われ」


「了解」差し伸べられたルオーケイルの手に乗ったカディは、そのまま操縦席へと運ばれた。


 レバーやスイッチや操縦桿といったものは一切存在せず、ただ円形に広がっているだけの何もない空間。それがイヴォルブのコクピットだ。


「じゃあ任せたよ」


 ヴァリエスを受け取ったカディは、あぁと短く答えた。


「行くぞ。ルオーケイル」


 カディの手を覆うように、ヴァリエスが変化する。この手甲こそが言わば操縦桿であり、操縦者……適合者が念じれば、思うままに動かせる。


 ルオーケイルは首の骨を鳴らすように動くと、ジュアレフに目をやった。


 「メダルは渡さねぇぞこらぁ!」


 装備した武器を一斉に発射するジュアレフ。散弾や徹甲弾。様々な弾がルオーケイルへと叩き込まれる。


 しかし、豪雨のような弾丸も、ルオーケイルの装甲を貫くには足りない。


「これがゼガンの……イヴォルブの力か」


 はっきり言って拍子抜けだった。強い力の象徴とも言えるゼガンが、この程度……


「二分で町一つを蜂の巣に変える弾丸の雨だ!! てめえごときに耐えきれるかぁ!!」


「それって強いのかな?」


 カディはさあなと返すと、まっすぐ駆けていった。シュナイルは更に激しく攻撃するが、ルオーケイルの足は止まらない。


 僅か十秒で距離を詰めたカディは、ルオーケイルの爪を振り下ろした。ジュアレフの銃が、いとも簡単に壊れる。


「なっ!?」


 ほぼ無傷のルオーケイルに驚きながら、ジュアレフは数歩ほど後退する。


「てめぇのそれも、まさかイヴォルブだってのか!? どうりで人形だと思ったんだ!」


「気付くのがおせぇよ」


「だったらとっておきのこれを喰らえ!」


 ジュアレフのこめかみの砲門が、ルオーケイルに向けられる。しかしそれも、爪の一撃で引き裂かれた。


「ちまちまと鬱陶しい」


 武器が壊れるとともに、シュナイルの自信もなくなっていく。そして、とっておきを使う前に壊されたことで、気付いてしまった。


 目の前の青いイヴォルブには、絶対に勝てないと。


「動くな! 動けばお前以外を撃つ! お前以外を壊し、お前以外を壊す!」


 シュナイルは余った銃を町の方へ向けた。こいつが町を救いに来たやつなら、こうすれば動きを止められる。


 そう考えたが、ルオーケイルは拳を振りかぶり、ジュアレフの顔面を殴り飛ばした。


 「正気かお前!」


 黙らせるようにジュアレフの頭を掴み、森の奥へと押し出していく。


 「町を守ろうとする正義」に漬け込んだシュナイルの作戦は「ただメダルを狙っているカディ」には通じなかった。


 ほとんど会話もしたことはなく、あまつさえ自分を牢屋にぶちこんだ町の人間などどうでもいい。


 ゼガンの証を手に入れるため、こいつを倒す。それだけだ。


 「なるほどな。俺を遠くにやって町を庇ったか」


 シュナイルにはそう見えたらしいが、カディはちげぇよと返し、肩の剣を握った。


「あそこじゃ狭いんだ。これを思いっきり振るのによ」


「は?」シュナイルが声を漏らした瞬間、ルオーケイルは両手で持った剣を垂直に振り下ろした。


 素早く鋭い一撃は地面を裂き、ジュアレフを真っ二つにしてみせた。


「うまくなったねぇ操縦。もう僕が手伝う必要もないかな」


 爆発したジュアレフを見ながら、スレッドが口を開く。


「やめろ。お前が絡むと却って動かしづらくなる」


「ひどいなぁもう。動かし方を教えてあげたのにさ」


 具現を解くカディ。イヴォルブは倒されれば爆発するが、しっかりと正しい手順を踏めば、使った素材はそのまま吐き出される。


 最も、元の場所に戻るわけではない。大体は使った素材が混ざりあった山が出来上がる。土や水はともかく、木も粉々になったままだ。


 ルオーケイルを形作っていた泥の山から目を離し、シュナイルを探す。逃げたかと思っていると、スレッドがある一点を指さした。


 シュナイルは木の枝に引っかかっていたのだ。

 地面ばかりを見ていたカディは「見つからねぇわけだ」と口にし、木を蹴って落とした。


 力なく落ちてきたシュナイルの胸ぐらを掴むと、「ひっ」と声を漏らした。


「お、俺が悪かった」「メダルを寄越せ」


「そ、それだけは……」あくまで拒むシュナイル。次に口を開いたのは、隣で眺めているスレッド。


「そもそも聞く必要ある?」


「……それもそうだな」


 カディが拳を握ると、シュナイルは慌ててメダルを渡した。


「お、覚えておけよ……この野郎」


 メダルを眺めるカディから離れ、シュナイルが言う。


「いいのか? 覚えておいて」


 鋭い目つきで睨まれたシュナイルは息を詰まらせると、慌てて逃げていった。


「これがゼガンの証……」


 金色の円に彫り込まれているのは、森林と太陽の絵。一見するとただのメダルでしかないが……


「メダルをぎゅって握ってみて」


 スレッドの言われた通りにすると、手に妙な感覚を覚えた。


 手を離してみると、絵の部分に色が着いていた。緑色の木々と橙色の太陽。


「それが本物の証。強く握ると、彫られた絵に色がつくんだ」


 金をそれっぽく彫っただけで再現不可能な技術を見せられ、少しだけ感心するカディ。


「森林に太陽の絵は、第五位『ジュラウド』を指す。それを見せれば、みんなが土下座するよ」


「こんなもので身分が決まるのか」


 メダルさえ持っていればゼガンと認められるのは、まず求められるのが「強さ」であるためだ。


 どれだけ正義感に溢れ、慈悲に満ち、多くの人間に慕われていようが、強くなければ意味がない。


 自分のメダルさえ守れないような弱い人間は、力の象徴であるゼガンに相応しくない。


「かつてはカードで身分。メダルで順位を証明する決まりもあったらしいし」


「お前は変な知識ばっか持ってるな」


「ともかく、ゼガンへの就任おめでとう。目的に一歩近づいたね」


 イリソウに戻る頃には、雨もすっかり小ぶりになっていた。


「カディ。この子なら起きてるよ」


 目的の物を手に入れたのにも関わらず、わざわざ町に戻ったのは、後始末のため。


 カディは意識のあるシュナイルの部下の胸ぐらを掴み、こう言った。


「てめぇらのボスはもういねぇ。仲間全員連れて、とっととこの町から出ていけ」


「え、えっとですね……私一人で全員を運ぶのはちょっと無理と言いますかその」


「あぁ?」「そこのフォールブで運べばいいんじゃない?」


 スレッドの案を聞き入れたレインコートは、なんとかフォールブを操縦し、部下を回収して逃げていった。

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