2.ゼガンを憎む者

「見つけたぞ腐れゼガン」


 不意に上空から声が聞こえてくる。民家の屋根に立っていたのは、一人の男。


 緑色の長い髪に、茶色のジャケット。傘のようなものを背負った風貌。そしてまるで隠す気のない殺気。その殺気はカディではなく、身につけているメダルに向けられている。


「あなた、誰?」


 地面に着地した男に、ルルカが聞く。メダルを見て矛を収めるものは多いが、それを見て牙を剥く者もいる。


 それは独善の秩序により生まれた、混沌のかけら。


「俺はレジオン・ラテス。ゼガンを……SOを憎む」


 一本の槍を構えながら、レジオンは続ける。その先端と目が捕らえるのは、カディ。


「SOを……憎む?」


 シュナイルに故郷を蹂躙されたとは言え、ルルカにはSOを信じたい気持ちもある。だからこそ、レジオンを見て困惑した。


「抜け。ジュラウドは殺すと決めている」


 カディとの面識はない。だがジュラウドの噂は聞いていた。町を支配し、権力を傘に暴れ回っていると。


「断る」カディが刀を抜くのは、何かを斬る必要がある時だけだ。人間相手に使うことは滅多にないし、そもそも素手の喧嘩の方が好きだ。


「どっちにしろ殺すけどなぁ! てめぇは許さねぇ!」


 レジオンは槍を回転させると、まっすぐ突き出してきた。カディは僅かに体をそらし、その一撃を避ける。


「カディ!」


「覚悟しやがれシュナイルゥ!」 「人違いだ」


 感情を爆発させるレジオンに、そんな言葉は届かない。


「真っ昼間から寝言ほざいてんじゃねぇ!」


 振り下ろし、薙ぎ払い、突く。ありとあらゆる攻撃を放つが、一発も当たらない。鬼気迫るレジオンとは対象的に、カディは退屈そうな顔をしていた。


「死ねやぁゼガンがぁ!!」


 振り下ろされた槍を掴み、しっかりと動きを止める。威勢はいいが、それでもカディには及ばない。


「俺はカディ・ブレイム」力を込め、石槍をへし折るカディ。そして拳を握ると、続けてこう口にした。


「新しいジュラウドだ」


 直後、鋭い拳がレジオンの腹に突き刺さる。レジオンは苦痛の声を漏らすとともに、数歩ほど仰け反った。


「覚えておけ」


「なんだ……とおぉ!」


 腹を抑えながら、レジオンはカディをにらみつける。痛みが激しく、すぐには立ち上がれないでいる。


「あのサングラスといいてめぇといい、何でこんなのばかり集まるんだここは」


「サングラスってのは、俺のことか?」


気付けば、レジオンの後ろにはウェル達が立っていた。


「これで終わりだぜ槍野郎!」


「てめぇ!」


 振り下ろされた棍棒を、背中の傘を使って防ぐレジオン。和傘のように見えたそれもまた、一本の槍だった。


 直撃こそ防いだが、ウェルの腕力に圧されたレジオンは、大きくのけぞってしまう。


「クソ……がぁ!」


 腹部を握りしめながら、レジオンはカディとウェルを交互に見やる。自分以上に強い人間が前後に一人ずつ。戦って勝つのは無理だ。


「いいかてめぇら! てめぇらは必ずこの町から追い出す! そして新しいジュラウド! てめぇも同じことをするってんならぶっ殺す! 覚えとけ!」


 そしてまともに戦うのは危険だと判断したのか、そう言い放った後、裏路地の方へと逃げていった。


「追え! 逃がすな!」


 ウェルの指示に従い、追いかけていく部下達。ルルカはレジオンが怖かったのか、へたり込んでいた。


「また会ったなゼガン様」


「あいつは警備隊じゃないのか?」


 言いながらマントを整え、メダルをしまうカディ。

隣りにいたルルカが、思わずマントに目を向ける。内側から、金属同士がぶつかる音が聞こえたからだ。


「逆だよ。お尋ねもんだ」


 ウェルが言うには、この町で一番偉い人のペットを蹴り飛ばしたのだそうだ。それだけ?と思ったカディを察したのか、ウェルが更にこう続けた。


「警備隊と言ってもほぼ私兵。雇われの身だからな。クライアントの指示には逆らえねぇんだよ。それに、報酬も悪くねぇ」


「どうりで……」


 ルルカはその先の言葉を飲み込みながら、ゆっくりと立ち上がった。警備隊らしからぬ服装の謎が解けたところで、今度はスレッドが戻ってくる。


「釣り竿借りてきたよ。僕とルルディとカカで三人分」


「俺はやるとは言ってねぇぞ。あと名前混ぜんな。なんだカカって」


「あっ、三本じゃ足りなかったみたいだね」


 ウェルと目が合うスレッド。


「あ、俺もやらないからいいぞ。なんかありがとな。うん」


 マイペースなスレッドに思わず気を遣ったウェルは、改めてカディに目を向けた。


「にしても、あんた強いな。俺はウェル。警備隊のリーダーをやってる」


「見た目は全然警備隊っぽくないね。カディと一緒で悪者みたいだ」


 ルルカが飲み込んだ感想を容赦なく吐き出すスレッド。悪意のない純粋な言葉は、ウェルの眉間を刺激した。


「その力、役立ててみないか? そんだけ強けりゃ、タタルドさんも気に入るだろうぜ」


「タタルド?」復唱するルルカにウェルが重ねる。


「この町の領主……俺達の雇い主さ」


 ただの平和な町なら、とっとと去るつもりでいた。しかし、金持ちの私兵が警備する町に、レジオンの存在や言葉。


 そして、まるで人通りの少ない町中。ちょっとずつきな臭くなってきたと思ったカディは、ウェルに着いていくことにした。


 もしかしたらこの町は……いや、この町も……


「釣りは?」


「終わってからにしろ。用事ができた」

 

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