3.寝起きのスレッド

 「あら、カディさんじゃないですか」


 レストランを出たところで、一人の女性がカディを呼び止めた。


 青く長い髪に、モノクルをつけた赤い目。おっとりとした顔に、聞くだけで安心するような穏やかな声色。


 濡れた灰色の上着越しにも分かる、メリハリのある体。並の男ならば、見ただけで心を奪われる美貌を持つ。


 名は『レルファ・ベラカリオ』各地を旅する薬師で、カディも何度か世話になったことがある。


 「お前も来てたのか」


 「ここなら商売に困りませんから。この町の現状、ご存知ですか?」


 白と黒のスカートについた汚れを確認しながら、レルファは言う。


 「まぁな。カッパに聞いた」少しだけ首を傾げたが、レインコートのことだと気付いたレルファは会話を続ける。


 「一部の住民は避難しています。もしかしたら、あなたの気に入る人が居るかも」


 「今はいい」と返されたレルファは、カディが既にシュナイル……ゼガンのことを知っていると気付く。


 「ところで、スレッドを見てないか?」


 「シュナイルさんのところに行けばわかりますよ。なんなら行かなくてもわかります」


 「は?」「ちょっと待ってよ!」


 シュナイルの場所を聞いたところで、慌ててルルカが店を飛び出してきた。


「あら、ルルカさん」


 「うわっ、とっとっと」そのせいでまたもつまづき、転びそうになる。カディはまたも体を逸らし、その先に居たレルファもルルカを避けた。


「レルファさんまで……」


 またも派手に転ぶルルカ。そんな彼女の背中に、レルファがこう口にする。


 「私に触ると危ないですよ」


 「なんなのこの人達」カディとほぼ同じ台詞を聞かされたルルカは、思わずそう口にした。


 「雨でも関係ないのか?」


 触ると危ない理由を知っているカディが、素直な疑問をぶつける。


 「特別性ですから」レルファは得意げに言うと、自分の唇をなぞった。


 「久しぶりに会ったんですから、一緒に食事でもどうですか? 腹も膨れれば、もう少し穏やかな顔になると思いますよ」


 「俺はもう済ませた。次は食後の運動だ」


 カディは軽く腕を振るうと、シュナイルの方へと向かっていった。


 「ど、どこに行くの?」


 起き上がったルルカを見ることなく、カディは「メダル狩りだ」とだけ返した。


 ルルカは顔を上げ、もう一度聞こうとしたが、カディはもう走り去ってしまった。


 「はやっ……」「ご武運を」


 カディを見送ったレルファは、飲食店へと入っていった。




 「行けば分かるって言ったけどよ」


 ため息を吐き、つぶやきを重ねるカディ。レルファから聞いた場所は、町の出口近くにある屋敷。家主を追い出したシュナイルが、宿代わりに使っているのだ。


 その庭に立っていたのは30メートルくらいの大きさを持つ、人型の機動兵器。


 青い装甲を基とした、鎧騎士のような見た目の持つその名は『ルオーケイル』右肩に引っ掛けてある長剣と、鋭い両手の爪が武器だ。


 遠巻きながらも、捜していたる自分のイヴォルブを見つけたカディは、少し呆れていた。


 屋敷の庭には、8メートル程度の大きさを持ち、重機のような見た目を持つ『フォールブ』が二機ほど配置されている。人は乗っていない。


「なにやってんだあいつは」


 カディが屋敷に近づくと、ルオーケイルが目を向けた。直後に胸のコクピットが開き、声が聞こえてくる。


「やぁカディ。いい朝だね」


「大雨だろうが」


 顔を出したのは相棒の『スレッド』


「お前はなんでこんなところに居るんだ」


「濡れるのが嫌だから、ルオーケイルをテント代わりにして寝てたんだ。そしたら、黄色い服を着た人達に連れてこられてさ、ここまで歩いてきたんだ」


 短く切りそろえられた銀髪の頭に、大きめの目。爽やかさと幼さを併せ持つ顔は、無愛想で目付きの悪いカディとは対称的だ。


 歩いてきたという言葉通り、近くの地面にはルオーケイルの足跡が刻まれていた。


「知らねぇ奴に付いてくなって言っただろうが」


「カディの知り合いだって聞いたよ?」


「俺の知り合いにカッパはいねぇ」スレッドを見上げて話していると、屋敷からシュナイルの部下達が飛び出してきた。黄色いレインコートの集団がカディを取り囲み、銃を向ける。


「喋り声がすると思ったら、お前がカディか」


「おい、シュナイルってのはどいつだ」


見上げながら話すカディに答えたのは、シュナ居るの部下たち。


「お前如きがボスに会えると思うな」「これだけの銃に囲まれているんだ。お前に勝ち目はないぞ」


 お前らには聞いていないという文句を飲み込み、スレッドの言葉を待つ。


「屋敷の中で銃を磨いてるのがいるけど、そいつじゃないかな。黄色くないし。ほら、雑魚は同じ服だけどボスってだいたい違うじゃない?」


 スレッドはその場から屋敷を覗き、二階でくつろいでいる男を見つけていた。


「呑気だな。お前もそいつも」


 言い終えると同時に、近くに居たレインコートを殴り飛ばす。次にショットガンとマシンガンを向けた二人の銃を、力任せにへし折った。


「なんだこいつ!?」


「驚くな! 撃てぇ!」


「誰かを脅すため」に銃を構え、「怯える相手」を撃ってきたレインコート達に、暴れ回るカディを狙う技術はなかった。


 銃と共に自信が叩き折られ、捻じ曲げられ、体には激痛が走る。何人かは、本当に人間と戦っているのか?と錯覚するほどに、カディの力は圧倒的だった。


「結局誰も撃ってこなかったな」全員退けた後で、カディがそう口にする。


「空だったんじゃない?」


「かもな」と返したカディは、銃をへし折るついでにもぎ取った#弾丸__・・__#を投げ捨てた。

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