2.イリソウの少女ルルカ

 「動くと危ないぜぇ? どこに当たるかは神のみぞ知るってやつだ」


 銃声に釣られて行ってみると、シュナイルの部下が、一人の少女に散弾銃を突きつけていた。


「い、いや……」


 後ずさる少女が、泥に足を取られて転ぶ。少女の名は『ルルカ・ピラーシャ』この町の住人だ。


「大丈夫だって、俺はこう見えて優しいんだ」


銃で脅し、ルルカを従わせようとした部下に、カディが声をかける。


「なぁ、ちょっといいか」「おおお何だてめぇ!?」


 後ろから声をかけられたせいか、男は体を震わせた。咄嗟にショットガンを向けるが、カディは動じない。


「飯屋を探してるんだが、近くにいい店ないか?」


「知るかバカ! 手を上げろ! 撃つぞ!」


「優しくねぇじゃねぇか」


 言われるがまま手を上げるカディ。直後、開いた手から何かが落ちた。


「いきなり向けられたから、思わずちぎっちまった」


 その言葉を聞き、落ちた物の正体に気付く。男にとって妙に見慣れたそれは、自分が持っていたショットガンの先端だった。


 木からリンゴをもぎ取るような感覚で、自分の武器を壊された。その事実が汗を滲ませる。


 カディは改めて質問しようとしたが、部下は怯えて逃げてしまった。


「あ、ありがとう」金色の瞳を向けながら、ルルカは言う。カディの方は、今になってルルカの存在に気付いた。特に助けたつもりもないので、言葉は返さなかった。


 ルルカはカディの噂は聞いていたが、それはあくまで噂。助けられたことで、悪い印象は消えた。


「悪い人じゃなかったんだね」そう言いながら立ち上がるが、バランスを崩して倒れそうになる。


 カディは自分に向かってきたルルカを受け止めることはなく、体を逸らして避けた。


 「何で!?」


 びしゃっという音ともに、地面に倒れるルルカ。白い頬と薄紫色の髪に、微量の泥がつく。


 「俺に触るな。あぶねぇぞ」


 ルルカがカディに抱く印象は、捕まった悪い人から助けてくれた恩人へと代わり、最終的にはちょっと嫌な人に落ち着いた。 


 「それより飯はないか。ずっと腹が減っててよ」


 飢えた狼のような目がルルカを捕らえる。


 「わ、私を食べても美味しくは……」


 「……食われたくなかったら、飯屋に案内してくれ」




 ルルカが案内したのは、ヒビの入った窓や汚れた壁が目立つ、くたびれた感じのレストランだった。カディ達以外の客が居ないのは、雨だけのせいではない。


「お待たせしました。ステーキセットのお客様」


 二人分の料理を持ってきた店員に、カディが軽く手を挙げる。


「どっちも俺だ」


 それを聞いた店員は、もう一つの生姜焼き定食もカディの方へ置いた。


 運ばれてきた料理の匂いが、カディの鼻をくすぐる。久しぶりのまともな食事に内心歓喜しながら、ステーキ一切れを口に入れ、味を噛みしめる。肉汁が溢れるたび、眉間の皺と空腹による苛つきが消えていく。


「この町は、昔はこんなんじゃなかった」


 向かい側に座るルルカが不意に口を開いた。


「でも、シュナイル達が現れてからおかしくなりはじめた。あいつはセルティス・オーダ。正義の組織のはずなのに、この町で好き勝手してる」


「お待たせしました。チキンカツです」


「あぁ、こっちだ」


 ステーキと生姜焼きを平らげたカディが、次の料理を受け取る。ルルカは少しだけ怪訝そうな顔をしながらも、話しを続けた。


「賊から守ってやる代わりだって言ってるけど、まともに守ってくれたことなんて一度もない」


 その賊であるカディを見つけ、牢屋に連行したのはイリソウの住民だ。シュナイル達はカディを捕まえるどころか、そもそも見かけてすらいない。巡回こそしているが、それは住民を脅かして気持ちよくなるためのもの。


「やることと言えば、銃で脅して金を巻き上げるだけ。そんなの、SOのやることじゃない。町から出て、別のSOに助けを求めようものなら、シュナイルがすぐに邪魔をしてくる」


 不幸語りに興味のないカディは、口を挟まず、食事を続けている。


 「何であんな奴がゼガンなの? 何であんなのがSOに居るの? おかしいよこんなの」


 食べ終わったカディがフォークとナイフを置く。狩って食う肉も悪くないが、しっかり調理された肉もやはり良い。ちゃんとした料理を食えるのは、町に着いた時の特権だ。


「この店もたまり場に使うからって理由で生き延びてるけど、いつシュナイルに潰されるかわからない」


「そいつがゼガンってのは本当か?」


 ほとんど興味のない話だったが、気になる点はあった。


「う、うん。メダルも持ってたし、イヴォルブも見たよ」


 ようやく口を開いたカディに少し驚きながらも、ルルカは言葉を返す。


 『イヴォルブ』とは特定の人型機動兵器のことだ。シュナイルはメダルによる権力と、イヴォルブによる暴力でこの町を支配しているのだ。


「ところでお前。銀髪の男か青いイヴォルブを見なかったか?」


「見てないけど」


「そうか。案内してくれてありがとよ」席を立とうとするカディに、ルルカは声をかける。


「待ってよ。ねぇ、この町のみんなを助けて」


 藁にもすがる思いのルルカは、そう申し出た。巨大で人型の機動兵器を持つ相手を倒してと、生身のカディに頼んだのだ。


 冷静さを欠いた無茶なお願いだと気付いたのは、口にした直後だった。


「お前達は何もしないのか?」


「だって、力もないし。みんな銃も持ってるし……」


 断らずに質問を返すカディに、ルルカは少し驚きながら答えた。


「自分で動かない奴に、力は貸さん」


 カディはそれだけ言うと、代金を置いて店を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る