停電した夜

@MezameNew

停電した夜

 カップラーメンにお湯を注いで3分待つだけ。

 お腹もいい感じにぐーぐー鳴って、食べ始める準備はできていた。

 その時、それは起こった。

 バチン。

 何かが切断される音がして、あたりが真っ暗になった。

 え、うそ。

 どこかで猫がにゃーと鳴き、つられたのか犬がわんと吠えた。

 うそうそ、お湯いれたばっかりなのに。

 割り箸を持ったままあたふたとキッチンをいったりきたりする。

 停電。

 このタイミングで。

 薄暗闇の中、たしかこのへんにあったはず、とカップラーメンを探り当てる。

 お湯が溢れないようにそっと窓際まで運ぶ。

 今日はありがたいことに晴天で、満月だった。

 月明かりを浴びながらカップラーメンをすする。

 窓の外はいつもより随分静かだ。

 猫は鳴きやんだけど、吠える犬はさっきよりも増えている。

 ガラガラと窓を開ける音が響く。

 みんな、外の様子を見ているんだろう。

 カップラーメンを食べ終わる。

 そうとなれば、これからのことを考えなければ。

 スマホでネットの情報を漁る。

 あちゃー、この一帯が停電だ。

 思ったよりも広範囲な停電に不安も覚えつつ、自分以外にも巻き込まれた人がいるという事実に少し安堵する。

 スマホをいじって知人とやりとりするが、停電が直るでもなくそのうち飽きる。

 外に……出るか。

 季節は秋。冬の到来を感じさせる肌寒い夜。

 そろそろと玄関にたどり着き、ピンク色のダウンジャケットをハンガーから下ろし、サイフとスマホをポケットに入れる。

「いってきます」

 なんとなく口に出す。

 気分が高揚しているみたいだ。

 外は真っ暗だった。

 闇、ではない。

 月明かりが照らしてくれるから、夜そのものって感じ。

 絵本の中で描かれる夜みたいな。

 冒険みたいでウキウキする。

 周囲が静かなせいで、自分が立てる音、たとえば靴音が響いて楽しい。

 こどもの頃の夜が怖かった日々を思い出す。

 おばけの存在なんてとっくに信じてなかったのに、夜は怖かった。

 それが今じゃ一人暮らしの大学生だ。

 マンションの1階に降りると、思ったよりも人がたくさんいた。

 普段挨拶を交わす人もいれば、会ったことがない人もいる。

 みんな一様に不安そうな顔だったけど、どこかワクワクしているように見えた。

 どうやら玄関の自動ドアが開かないらしい。

 誰かが管理会社と連絡をとって、自動ドアを手動で開ける許可をとったらしい。

 代表者となった人がおそるおそる近づき、うんせと開けてくれた。

 ドアが開いたあとは、なんとはなしにみんな外に出始めた。

 用事があるわけじゃないけど、外の空気を吸いたいというか。

 冒険する気まんまんだったアタシは、そのまま街に泳ぎ出る。

 どうだ勇気があるでしょう。

 そんな優越感はすぐにしぼむ。

 停電くらいじゃ誰も怖がらないのか、普通に出歩く人が多かった。

 大通りにでると、たくさんの車が立ち往生していた。

 見上げると信号が息をしていない。

 ルール無用とばかりに車道を横断する人もいたけど、横断歩道を探して渡る。

 手を上げたい気持ちと恥ずかしさが争って、手を胸元付近に引き寄せる仕草で妥協する。

 いくつかの消灯した店舗を通り過ぎると、奇妙なポーズで突っ立っている人に遭遇する。

 まるでひったくり犯を追いかけるかのような「待て」のポーズ。

 そのポーズのまま固まっている。

 石像?

 でも、こんな道の真ん中に。

 おそるおそる近づくと、アンドロイドだった。

 慌てた表情のまま固まっている。 

 どうやらバッテリーが無くなったらしい。

 アンドロイドの活動はバッテリーによるものなので、停電は影響しない。

 だから、このアンドロイドは……そそっかしいのかもしれない。

 近くのコンビニに入り、緊急用バッテリーを2つ買う。

 持っててよかったリアルマネー。

 アンドロイドが全世界的に普及した結果、バッテリーの費用はかつての単三電池と同じくらいの値段になっていた。

 ついでにまだ温かかった肉まんを1つ買い、アンドロイドのもとに戻る。

 そういやさっきカップラーメンを食べたばっかだったなと思いながらアンドロイドの背中の少し下、尾てい骨あたりにある蓋を開けて、バッテリーを入れ替える。

 肉まんを食べ続け、最後の一欠片を口に放り込んだタイミングでアンドロイドが再起動する。

 アンドロイドが再起動する瞬間は結構楽しい。

 ロボットダンスのように、ちゅいーんという音が聞こえてきそうな駆動調整が始まる。

 しばらく踊ったあと、アンドロイドが「ほう……」とため息をひとつ。

 周囲をキョロキョロと見回したあと、アタシの存在に気がつく。

 じっとこちらを見たあと、手に持ったバッテリーが目に入ったらしい。

「あ、ありがとうございます」

 礼儀正しいアンドロイドだった。

 昔はアンドロイドと人間とは主従関係だったらしいけど、偉い人たちが長いこと話し合った結果、どちらも長所と短所はあるものの平等であるという結論を出していた。

 だから、アンドロイドには横柄な態度のやつもいる。

 この女性型アンドロイドは見た目通り、礼儀正しいようだ。

「アタシはユーキって言うの。あなたは?」

「わ、私はチサって言います。見ての通りアンドロイドですが……」

「どうしてこんな道の真ん中で?」

「バッテリーが残り少ないことはわかっていたんですが、いけるかなって」

 予想通りそそっかしい子だった。

 外出にかかる時間をシミュレートすればバッテリーが持つかなんてわかりそうなものだ。

「その顔は……そそっかしいって思ってますね?」

 じとーっとこちらを睨みつけてくる。

 やば、露骨に呆れた顔が出ていたか。

「思ってない思ってない。アンドロイドなのに珍しいなって」

 しばらく疑わしそうな顔だったけどバッテリーの恩人であることを思い出したのかワタワタと慌てだす。

「て、停電じゃないですか」

「そうだね」

「珍しいですよね、停電」

「アンドロイドが立ち往生してるのもね」

「……バカにしてます?」

「してないよ。どっちも珍しいなって」

「……とにかく停電だったので、思わず外に出てしまったんです」

 なるほど。

 アタシだって似たようなものだ。

 この停電じゃ、目的もなくさまようのも分かる。

 たとえバッテリー残量が少なくても、だ。

「チサの家ってどこ? 送ってくよ」

 緊急用のバッテリーは安いだけあって、1時間ほどしか持たない。

 また停止したら大変だ。

「ありがとうございます」

 たわいない話をしながらチサの家を目指す。

 家に着くと同時に停電が開ける。

 二人で顔を見合わせて、あははと笑う。

 そのまま家にお呼ばれして、チサが作ったという美味しいクッキーを頂いた。

 カップラーメンに肉まん、そしてクッキー。

 食べすぎたお腹をさすりつつチサのマンションをあとにする。

 また会いに来てください!

 そう彼女は言った。

 思わぬ友人との出会い。

 

 停電の夜も、悪くないね。 

 

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