第19話

 私の身の回りが落ち着いたので、ようやく自分の目で見て買い物ができるので最近は午前中にほぼ家事を済ませてお昼前にスーパーに行き買い出しをしている。


 午後はその買い物で副菜の作り置きやお菓子作りをして過ごす。


 朝にカフェラテを飲むように、雄介さんは結構甘党なのでお菓子を作ると一緒に食べてくれる。


 ここにきて少し体重が増えてしまった私は運動しようと思ったら、なんと玄関脇のドアの向こうにはジムのような立派な運動器具があった。


 なんとジムに行く時間を取るのが面倒なので自宅にジムと同じマシーンを準備したという。


 御曹司のなせる業が発揮されており、私も使っていいと言われて午後の空き時間はジム部屋での運動時間になった。


 しかも最新式機械のおかげで、自転車こぎながら動画が見られるので苦も無く運動できている。


 おかげで、二週間ほど毎日運動したら体重が元に戻って一安心している。


 今日は、午後休診の佳奈ちゃんが部屋に遊びに来てくれるので、糖質オフのレシピで作ったケーキを準備した。


 女子会に甘いものが無いのは悲しい。


 でも、せっかく減った体重は維持したい。そんな気持ちから美味しい糖質オフレシピを検索。


 お菓子や、普段のおかずも意識するようになった。


 雄介さんにも伝えると、健康に良さそうだし、いつも美味しいからどんどん作ったらいいよと言われた。


 どうしてもオフメニューじゃなきゃダメってわけではないので、週に三回くらいが糖質オフの日にしている。


 甘味は全面糖質オフを目指し、レシピ収拾に勤しんでいる。


「こんにちは!さくらちゃん、元気?」


 一週間ぶりの佳奈ちゃんは、元気に登場した。


「元気だよ。佳奈ちゃんも元気そうでよかった」


 そう言ってリビングでまったりお茶会を始める。


「咲良ちゃん、そのピアス可愛いね。初めて見るけど、買ったの?」


 その質問に私は、雄介さん出張土産だと話す。


「先週のドバイ出張のお土産よ。可愛いよね。気に入っているの」


 私の返事に、なんだか気になる様子でピアスを見た佳奈ちゃんはちょっとごめんというとピアスを写真に撮り検索をかけた。


「なに?どうかしたの?」


 私の言葉に、佳奈ちゃんは検索結果をずいっと目の前に差し出した。


 ピアスの写真の検索画面の結果は翻訳されており、ピアスのアラビア文字の意味を表示していた。


「え?えぇぇぇぇぇ! 間違いじゃなくて?」


 検索画面にはアラビア文字の翻訳として『愛しい人』と表示されていた。


「間違いで、これは買わないと思うのよね」


 検索結果を先に見た佳奈ちゃんは言う。


「咲良ちゃん、どうする?」


 その質問には答えを今の私は持ち合わせていない。


 だって、婚約破棄されたばかりだし。


 浮気されるようなところがあるのも事実だし。


 男の人を見る目が無いのかなとも思うし……。


 次に好きになった人も浮気するようならと考えちゃうし。


 どうしても一歩を踏み出す気が起きない。


 新しい友達も出来て、日々充実しているし。


 恋愛は無くてもいいかもなんて思っていた。


 だから、このピアスの翻訳は寝耳に水みたいな衝撃を与えて来た。


「どうもしない。知らないことにする」


 そんな私の返答に佳奈ちゃんはうーんと声を上げて悩んでいる。


「咲良ちゃん、これ気づかなかったフリを出来るの?」


 佳奈ちゃんの言葉にドキッとする。


 ここ最近はお気に入りでこのピアスばかり付けている。


 それを雄介さんは嬉しそうに眺めて微笑んでいた。


 外したら気づいたことにバレると思う。


 だから、しれっとつけ続けていれば気づいてないと思ってくれるのではないかと思ったが……。


「咲良ちゃん、オフの状態だと顔になんでも出るタイプだから分かりやすいよ。多分今日にでも意味を知ったことがバレると思う」


 そんな佳奈ちゃんの発言に私も否定できるだけのものが無かった。


 え? じゃあどうすればいいの? 


 私は悩みながら、クールダウンのために一度もめた現場になったマンション向かいのカフェに行くことにした。


 だって、落ち着かないから。


 佳奈ちゃんも付いてきてくれたが、そこで私は予期せぬ遭遇をした。


「あんたが。あんたのせいで私の娘が死んだのよ! あんたも、同じ目に合えばいい!」


 そんな叫び声と共に、髪を振り乱した五十代の女性が刃物を向けて私に突っ込んできた。


 隣の佳奈ちゃんを巻き添えにできない。


 そう感じた私は佳奈ちゃんを無意識のうちに突き飛ばし、自分も避けようと試みたが半歩間に合わず、相手が小柄だったことと、手の位置の低さから。


 刃物は私の大腿部に突き刺さり、痛みと出血で倒れることになる。


 周囲は騒然となり、パニックになる中でマンションの警備員が私を刺した女性を拘束した。


 突き飛ばして避けさせた佳奈ちゃんは、泣きながら私のもとに来て救急車への連絡と、片瀬診療所への声掛けをしているところで私の意識は途絶えた。


「咲良ちゃん、しっかりして!」


 そんな声が最後だった。



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