第17話

『こんにちは、日菱さん。お元気そうでなによりです』


『アダムも、元気そうだな。』


『えぇ。先日までは目が回るような忙しさでしたが、ようやっと落ち着きましたよ』


『無理を言って申し訳なかった。しかし、貴社のシルクタフタに勝るものは無く、どうしても必要だったのだ。大変助かり、感謝申し上げる』


『いえ。そこまで喜んでいただけるのであれば、こちらの職人も頑張った甲斐があるというものです』


『素晴らしい作品に仕上げて、そちらへ報告するまでしばしお時間を頂けると嬉しいのだが』


『もちろんです。楽しみにしていますよ。それにしても、いつもの秘書さんではない方ですね。初めまして、お嬢さん』


 まさかのこっちに振って来た。雄蔵さんに視線を向けると微笑んで答えることを頷いてくれる。


『こんにちは。ムッシュ・アダム。あ、そちらはおはようでしょうか?』


『そうだね、おはようが正解かな?お嬢さんは雄蔵とどういった関係なんだい?』


 翻訳して雄蔵さんにも話すと、命の恩人だよと応えなさいと言われた。


『えっと、雄蔵さんいわく、命の恩人です』


 私の返事にアダムさんは目を大きく開け驚いた様子で、聞いてきた。


『雄蔵はまた具合を悪くしていたのかい? ありがとう、お嬢さん。雄蔵は私にとってなくてはならない仕事のパートナーで友人なのだよ』


『先日無事に手術も受けたので経過観察は必要ですが、ずいぶん元気になりましたよ』


 隣でにこにこと言われた通りに話し、訳す私。


『そうか。本当にありがとう。うちのシルクタフタは一級品だ。君がもし結婚する際には素敵なドレスになるよう生地を贈ろう』


『ありがとうございます。しばらく予定はないですが。そんな予定ができたときにはぜひ』


 そんな会話で、しめくくり短めの打ち合わせは終わった。


 同時通訳って、かなりしんどいわ。


 通訳の仕事はとっても大変そうで、あまりやりたいとは思えないので今後は辞退したい。


「咲良ちゃんはやはり優秀だな。こんなに話せるなんてすごいじゃないか」


「そこまでではないですよ。結構疲れました。同時通訳は難しいし、向かないですね」


 そんな私の返事に雄蔵さんは笑って、告げた。


「さ、一仕事したからお茶にしよう。いい茶葉があるし、水まんじゅうがあるぞ?」


「いただきます」


 一仕事終えた私は、雄蔵さんとダイニングへ。


 そこには珍しく雄一さんが居た。

「雄介さん、ありがとうございます」


 そうして、二人で夕飯を食べて、今日雄介さんは会議がないのか珍しくそのままリビングに居た。


 テレビでコメディーを流し、一緒にビールとチーズで飲んで笑って。


 それを自然とできたことが、また私を一つ落ち着かせてくれた。


「明日、大樹のところで手首の再診を受けてきたらいい。もうこの中の移動も問題ないだろう」


 そう言って、お休みを告げて私は部屋に、雄介さんはお風呂に向かった。


 ショックを確かに受けたけれど、私の安全は満たされ、ようやく外出できることになった。


 翌日、私は雄介さんが言ったように片瀬先生の診療時に行きレントゲンを撮り、無事に足も手首も完治のお墨付きをもらった。


「足も、手首ももう大丈夫だね。完治おめでとう」


「ありがとうございます。往診も助かりました。ありがとうございました」


 私もにこやかに告げる。


「ま、親族だし。雄介のいないときは助けるから、遠慮なく声かけてね!」


「いや、彼女とかに刺されそうなので遠慮しときます」


 サクッと返す私に、看護師さんがクスクス笑っている。


「大樹、全く信用されてないね。面白い」


「佳奈、笑うなよ」


 おや、看護師さんと親しいの?と思えば、看護師さんの名札も片瀬だ。


「初めまして。大樹の妹で片瀬 佳奈かたせ かなです。よろしく! 良かったら今度、一緒に遊びましょう?」


 可愛らしい、美少女のような小柄な佳奈さんは元気いっぱいって感じで大樹さんと確かに兄妹なのだなと分かる。


「初めまして。私、年の近い友達が居ないから結構嬉しい。ぜひ、よろしくお願いします」


「私、咲良ちゃんの一個下の二十五歳よ。ほんとに?それじゃあ、さっそく今度の週末遊びましょう!」


「ぜひ!楽しみにしています」


 その場で連絡先を交換し、やり取りが楽しいお友達が出来て私はまた一つ楽しみが増えて嬉しかった。


 夜、夕飯の準備を終えて帰って来た雄介さんと食べているときスマホがメッセージを受け取り鳴った。


「この時間に咲良さんのスマホが鳴るのは珍しいね」


 スマホの画面を見ると、佳奈さんからのメッセージが届いていた。


「今日、片瀬先生のとこで佳奈さんに会って。メッセージアプリを交換しました」


 私の報告に、雄介さんはにこやかに頷きつつ佳奈さんのことを教えてくれる。


「佳奈は大樹の妹だけれど、しっかり者の明るいいい子だからきっと咲良さんとも気が合うと思うよ」


「週末一緒に遊ぼうと誘ってもらったので、お出かけしようと思いますが大丈夫でしょうか?」


「ちょうど週末からまた、中東に行かなきゃいけないから。仕事も少なくなるし、楽しんでくると良い」


 快い返事をもらい、私は週末に佳奈さんと出かけるのを楽しみにその週は機嫌よく家政婦業をこなした。


 そんな私を楽しそうに眺めつつ、金曜の夕方には荷物を取りに来て雄介さんは出張へと出かけて行った。


「なにかあったら、すぐに連絡すること。もしもの時は退院したじいさんもいるから本宅へ行くこと」


 などと、まるで娘に忠告する父のような発言をする雄介さんに私は苦笑しつつ頷いた。


「分かりました。でも、私もいい大人なので大丈夫ですよ」


「いい大人だからこその心配でもあるよ」


 ポンポンと頭を撫でると、雄介さんはじゃあ、行ってきますと出かけて行った。


 実は許可を取り、今日の仕事上がりから佳奈ちゃんがこの部屋に来て女子会を開くことにしたのだ。


 ルームシェア以来の女子会に私は楽しみで張り切って準備をした。


 夜七時半、インターホンが鳴り佳奈ちゃんが来た。


「お疲れ様。ちょっと張り切りすぎちゃったかもだけど、大丈夫かな?」


「今日はありがとう!雄介お兄ちゃんが、咲良ちゃんのご飯は美味しいって言っていたから楽しみにしていたの!お邪魔します」


 佳奈ちゃんもここに来たことがあるのか迷いなくリビングへ。


 そしてダイニングテーブルを見て、感動している。


「すごい!こんなにいろいろ作ってくれたの! 私、お酒とケーキしか持ってこなかったのに!」


 テーブルには、ポテトグラタンにピザ、小エビとアボカドのサラダ、オニオンスープ、タイのカルパッチョにエビとホタテのフリッターを用意した。


 佳奈ちゃんが、海鮮好きと聞いてこんなメニューになった。


「いいのよ。料理は楽しんでいるし。ここキッチンが広いから作業しやすくって」


「なるほど。調理する人にはここのキッチンは最高なのね。私は料理出来ないから」


「料理に関しては向き不向きがあるわよね。私の母も料理が苦手な人でね、家では父が料理していたから。大きくなってから覚えたもの以外は父の味よ」


 私の話に佳奈ちゃんは驚いたが、笑って言った。


「私みたいに料理の苦手な人がいたってわかるとちょっと安心した。私も咲良ちゃんのお父さんみたいな男性を見つければいいのよね!」


 私は同意して、言った。


「そうよ。今の時代男性でも料理のできる人は多いし、料理人さんは、男性が多いのだから大丈夫よ!」


 そんな話から始まった女子会は、食べて、飲んで、佳奈ちゃん一押しのコメディー映画を見ながら大いに笑って。


 順番でお風呂に入り、もう一つあるダブルベットの客間で二人並んでたくさん話し続けた。


 学生時代の話、私の婚約破棄の話、学生時代に取った資格、好きだった人。


 今の好きな人の話を佳奈ちゃんから聞いた私は、応援するわと伝えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る