第14話
手術の翌日からは、私も現在はすることが無いので毎日マメに雄蔵さんの病室へとお見舞いに通った。
今日で手術から三日目。術後の経過も順調で、来週には退院の目途も立った。
雄蔵さんはとても楽しそうに、私を毎回出迎えてくれる。
そして、今回病室に行くと雄蔵さんはタブレットでテレビ通話をしていた。
『おや、僕の見知った顔がそこにいるじゃないか。一か月ぶりだね、サクラ』
通話の相手はサンライズの会長。グロース・グレンドルフだった。
『まぁ、会長。ご無沙汰しています。お元気そうでなによりですね』
『ユウゾウ、まさか君のもとにサクラがいるとは驚いたよ。優秀だから、手放したくなかったのに結婚すると言われたら仕方ない。諦めたんだ』
そんなグロース氏に雄蔵さんはにこやかに答えた。
『咲良ちゃんの結婚がダメになった時たまたま居合わせて、咲良ちゃんに助けてもらったんだよ。グロースと同じでな』
『サクラは、困っている人を見過ごせない。心根のいい子だからな』
『そうだな。だから、今は雄介に付けているよ』
『ずるいなぁ。俺の子だと少し年上すぎるし、孫だとまだ小さいしでサクラを我が家に迎えられなかったのに』
グロースさん、そんなこと考えていたの?
ちょっと驚いていると、グロースさんはさらに続けた。
『台湾の陳も気に入っていたし、インドネシアのショアも息子の相手になんて言っていたが、みんなサクラに断られたと笑っていたよ』
『咲良ちゃんはいい子だからな。でも結婚がダメになったばかりで、しばらくはそんな気持ちにもならないだろうて』
『それは正しいな。サクラ、仕事がしたくなったらいつでも声をかけてくれ。うちは歓迎するよ』
『ありがとうございます。でも、しばらくはゆっくりします』
そんな会話をした後、雄蔵さんとグロース氏は互いに健康を祈り合って通話を終えた。
「いや、来て早々会話に巻き込んですまんね。しかし咲良ちゃんの、発音はやはりきれいで癖もない。素晴らしいな」
雄蔵さんに褒められて、ちょっと嬉しく思う。
「六年、暮らして学んだからですよ」
「ちなみに英語以外は何が話せる?」
「英語は今の感じで仕事に支障がないレベルで、日常会話程度ならフランス語も少しってところですかね。第二外国語にフランス語を選択していたので」
「やはり言語に強いのは魅力的だな。もしよかったら、少し休んだ後は私の秘書はどうかな?会長職だから、雄一よりは忙しくないし」
なんて、誘ってくるので私は苦笑しつつ答えた。
「雄蔵さんの秘書だと大物ばかりと対峙しそうでちょっとためらいますね。でも、楽しそうではあるので、考えさせてください」
「あぁ、急ぎでもないからゆっくり考えると良い」
その後は私が持参した、どら焼きを食べてお茶をしつつのんびり過ごし日菱の本宅へと戻った。
夜、出張から雄介さんが戻って来た。
「ただいま。じいさんの手術の時は助かったよ。ありがとう。さて、一緒にマンションに戻るか」
そう言った雄介さんに、久実さんが唇を尖らせて不服を申し立てる。
「えぇ。咲良ちゃんとせっかく楽しく過ごしていたのに。こっちならお手伝いさんも、料理長もいるから手も休められていいわよ。せめて手首が治るまではこっちに居てもいいんじゃないかしら?」
そんな久実さんの言葉に、雄介さんはどうするって顔で私を見つめてくる。
「さすがにそろそろ私も動かないといけないと思うので、雄介さんとマンションに一緒に戻ります」
私の返事に久実さんは残念そうにしつつ、それでも頷いてくれた。
「そう。咲良ちゃんの意見を尊重しましょうか。まだ治ってないんだから、無理しないようにね」
そうして出張帰りの雄介さんの運転で、タワーマンションに戻った私は楽しく調理に取り掛かる。
今日の夕食は煮物や魚メインの和食だ。
海外に行くとどうしても日本の味が恋しくなるから。
私もアジア圏とはいえ海外に出て戻ると和食が食べたくなったので、その考えから準備したら正解だったようだ。
雄介さんは美味しそうに夕飯を完食し、お風呂に入ると本日も再びウェブ会議のため書斎に移動した。
しっかりカフェラテを持参して。
私は夕飯の片付けの後は、久しぶりの掃除をして洗濯機も回し、お風呂の準備を終えるとそのころには会議を終えた雄介さんがリビングへ降りて来た。
「やっぱり咲良さんがいると、家が整っていて助かるな。これからも、頼むよ」
そう言って先にお風呂に向かった雄介さんを見送り、私は自分の部屋へと戻り大量の荷物を見てため息をついた。
とりあえず本宅からはアウトレットで買った品だけここに持ち込んだのだけれど……。
やっぱりここのクローゼットでは収まりきらなかったか……。
バッグや靴に服にと結構買っている。というか、買われた品の数々よ……。
雄介さんに、衣装ケースとかプチタンスを置いて良いか確認しよう。
たった一週間だったけれど、日菱の本宅は広さも豪華さもこことはまた違いすぎて、けっこう気疲れしていたことに気づいた。
ここだと自分のペースで好きなように家事が出来て、意外と快適だったことに気づいたのだ。
「家政婦、けっこう向いていたのかもね」
そんな独り言をこぼしつつ、私は引きこまれるように眠りについたのだった。
翌日の朝、いつものようにフルーツヨーグルトとカフェラテを用意しているといつもの時間にリビングに来た雄介さん。
いつもピシッと決まった三つ揃いのスーツはオーダー品だし、ジャストサイズで決まっている。
今日はストライプがさりげなく入っている生地で、おしゃれだなと感心していると雄介さんが言った。
「昨日大量に荷物が来ていたが、母の買い物攻撃は不可避だったか?」
それに私は深く頷き、一日目の外商訪問から話をすると手に顔を埋めて呻く雄介さんというレアな状態を見ることになった。
「すまない。一応釘を刺しておいたのだが、効果なかったようで……」
まぁ、久実さんと雄蔵さんにタッグを組まれたら逆らえませんので、致し方なしです。
「翌日は大型アウトレットに久実さんは初めて行くってことで、私も馴染みのあるショップが多くてつい、油断をしたら。まぁ、外商以上の買い物になってしまいまして……」
前日に動いた金額が大きすぎて、金銭感覚に麻痺を起こしていたんだよね。
二日目もアウトレットでゼロ一つ減ったくらいの買い物をしてしまったのには本当に驚き反省しきりだった。
しかし、そこは日菱の奥様。ゼロ一つ減った金額になんてお得なの!とハイテンションで楽しんでいた。
教えちゃいけないことを教えてしまった気分に陥ったのだった。
「まぁ、我が家からするとアウトレットすべてのお買い物は母の軽いバッグ一つ分より安いからな。母が楽しくテンション高くなって止まらなかったのは仕方いと思う。あの人も生粋のお嬢様で、買い物は外商以外を使ったことないし、料理もしたことないからな」
そっか、久実さんはずっとお嬢様で奥様なのね。
美人だけれど、どこかふわっとした感じもあって可愛い人だから。
怒らせると怖いけれどね……。
「でも、親子で買い物をするとこんな感じなのかなって楽しかったです」
私の返事に雄介さんは微笑んで、頷き言った。
「今後は、母さんも楽しかったらしいからお誘いが来るかもしれない。嫌じゃなければ付き合ってくれると助かる。俺はなかなか付き合えないから」
「分かりました。でも、久実さん三日後から一度戻った雄一さんとイタリアとスペインだって聞きました」
「そういや、父さんの出張に同行するのだったな。あちらのパーティーは夫婦同伴が多いから」
お国柄とか、ありますもんね。
日菱グループのCEOな雄一さんは多忙を極めているし、雄介さんもエネルギー事業部門のCEOでグループの方の役員も兼ねている。どちらも海外に出ることが多く、国内であっても分刻みのスケジュールだろう。
企業の上層部が忙しいのはよくあることだ。
「そして、ヨーロッパ行きか……。この勢いのままだと、たぶん……」
雄介さんは考えると一言。
「土産物の覚悟をしておいたほうが良いと思う」
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