第12話

「咲良ちゃんに怪我をさせたの? その相手?」


 そんな声と共に、バキッと音がして恐る恐る振り返ると、般若の美魔女が恐怖の笑みを浮かべていました。


「千佳ちゃん、しっかりやってくれると思うけれど。私にも独自のネットワークがありますからね。しっかり制裁してあげるわ」


 日菱家で一番怒らせたら怖い人は久実さんだったっぽい。


 綺麗な白檀の香りの扇子がバキと折れているし……。


 綺麗で、お淑やかな奥様が、扇子折るほどのお怒り……。


「もう、気軽に遭遇しないなら十分かなと思うのですが」


「甘いわ!そういう愚か者にはこんなになるなんてってくらい地獄を見せなきゃ、後悔しないのよ。だから、やるなら徹底的に。私たちに任せてくれたらいいのよ」


 私には優しい笑みで言ってくれますが、どうやら圭太は完全に終わる。


 まぁ、私には関係ないしそこそこの幸せならどうにかなるだろうと思い私はお願いすることにした。


「それでは、よろしくお願いします」


 そして、今日呼ばれたのは雄蔵さんの手術が来週に決定したとのことでその日の付き添いをお願いされた。


 なんとも、大変なことに雄一さんは来週アメリカに、雄介さんは中東の方へ出張が入っていてその日立ち会えない。


 なので、久実さんに付き添って一緒にいてほしいとのことで了承した。


 しかも、雄介さんが出張中は日菱本宅でお世話になることも決められてしまった。


 手のケガを見て、安静が必要と久実さんが譲らず雄一さんも雄介さんも、さらには雄蔵さんがとっても喜んで本宅に来ると言いと言ったため決定したのだった。


 あれ?住み込み家政婦のはずなら留守宅も預かり整えておくものでは?と思ったが誰一人として、私の一人での雄介さん宅残留に賛成してもらえなかったので、本宅での一時的な生活は決定したのだった。


 翌週、雄介さん出張前に本宅へ送り届けられた。


 高級住宅街の中でも、高い塀が続く大邸宅が日菱家の本宅だった。


 純和風家屋に、庭には池もある立派な日本庭園。茶室に離れまである、本格的な日本の大邸宅だった。


「咲良ちゃん、よく来たわ。今日からはゆっくりして、体を労わるのよ。あと、私とお買い物、一緒にしてくれると嬉しいわ。私、娘とお買い物したかったのよ」


 と、到着早々久実さんはテンション高く出迎えてくれた。


「母さん、ほどほどにな?咲良さんは、一般家庭の普通のお嬢さんで家の感覚で買い物すると倒れるぞ?」


 雄介さんナイスなフォローですが、あなたもショッピングモールでかなり買いましたよね?と思わず半目で睨んでしまった。


「ふふふ、雄介をそんな顔で見るお嬢さんは咲良ちゃんくらいね。ますます気に入ったわ」


 どうやらとっても、気に入っていただけたみたいだけれど、どこがお気に召したのかはよく分からない。


「さ、今日は午後には外商さんが来るからさっそくお買い物楽しみましょうね!」


 そうね、日菱の奥様クラスなら自分で買い物に行くより家に来てもらうわよね。


 そういうお家柄よね。デパートの外商さんが荷物持ってお家に売りに来てくれる、そんなお買い物パターンよね。


 それでデパートの外商が持ってくる商品って、間違い高級品だよね。日菱の奥様が所望するんだもの……。


 私の顔色が悪くなったのを気づいた雄介さんがもう一度言った。


「母さん。本当に、ほどほどにな」


 雄介さんの一言の効果が出るかは分からないが、少しでもお財布に優しい品を選ぼうと決意したのだった。


 そうして、日菱お抱えのシェフが作った美味しいランチを食べて、食後は紅茶を頂き休んだところで久実さんが話していた外商の方々が到着した。


 運ばれてくるのは女性もののドレスやセットアップのスーツ、靴に鞄に時計に宝飾品に傘などだ。


 どれも今すぐ着られる夏物から先取りの秋物までどっさりある。


 服に関しては、ハンガーラック五本分に私世代の若い子向けがあり、奥様向けラインも同じくハンガーラック五本分ある。


 時計や宝飾品は専用の箱型ケース五箱分あるし、靴もサンダルからヒールのパンプスまでずらりと揃っている。


 バックはパーティーバッグから、普段には使いませんよと庶民は思う某王妃様の名前の付いたバッグが色違いで三個あるのには目をむいた。


 あのバッグは憧れのバッグだが、正規店のショップでもなかなかお目にかかれないのに。


 思わず眺めていると、久実さんが一つを手に取り私の元へやって来た。


「ふふ、いいバッグよね。私も大好きでね。黒にキャメルに赤と三つ持っているの。でも、このバッグはいくつあってもいいと思っているから限定色とか特別なのが入ったり私が持っていない色が入った時は持ってきてもらうのよ」


 久実さんが手に持っているのは白。


 白は汚してしまいそうでとてもではないが選べない。


「白も綺麗よね。でも、こっちのくすみカラーも落ち着いていていいわね。咲良ちゃんにはキャメルやピンクも合いそうよね!」


 いやいや、バッグで数百万は出せません、買えません、選べません。


 それにこんな小娘が持つバッグではありません。


「まだ持つのは早いって思っている?」


 私の表情を読んでか、久実さんがそう聞いてきた。


「はい。私はまだまだ小娘ですし。バッグにふさわしいだけの落ち着きや収入を得て持つものかなと」


 私も自分の考えを正直に話す。


「そういう考え方も好きよ。でもね、このバッグに関して言えば出会った時に手にしないと二度と同じ物には出会えないの。もし、咲良ちゃんがこれはと思ったならば、私からプレゼントさせてほしいわ」


 そんな久実さんの言葉に、持ってこられたバッグのなかでは小ぶりなサイズのキャメルのバッグを見つめる。


 憧れのバッグが、好きなカラーで目の前に鎮座している。


 でも、このサイズでもお値段数百万なのよ。それを買ってもらうの?


 ただの家政婦なのに? そう思っていると久実さんがおもむろにスマホを取り出し通話を始めた。


「お義父様? 咲良ちゃんとお買い物中なのですけれど、好きなもの前にして葛藤しちゃって」


『なんだ、どれに悩んでいる?』


 まさかのテレビ電話でこっちの様子が中継されている。


『咲良ちゃん、これは手術日の付き添いの前払いじゃ。好きなものをどれでも選びなさい」


 さすが日菱の会長、もう発言が太っ腹すぎる……。


「支払いはお義父様ですもの、なんでもいいわよね?」


 久実さん、ものすごくここで買い物させる気ですね? もはや、何も買わないは不可避な現実。


 魂魄飛ばしそう……。


 雄介さん、ダメです。久実さんと雄蔵さんのタッグでは私は太刀打ちできない。


『ちなみに、咲良ちゃんはなにが気になっている?』


 雄蔵さんの言葉に、久実さんはすかさずキャメルのバッグを画面の前に掲げた。


「お義父様。咲良ちゃんはこのバッグが気になるし、憧れていたんですって」


 久実さんが掲げたバッグは確かに憧れていたもので、好きな色。


 でも、買うなら四十代くらいに落ち着いたらと考えていたんだけれど。


『そのバッグ懐かしいな。佐和子に私が贈ったバッグのサイズ違いだ。咲良ちゃんが持った姿が見たいな』


 雄蔵さんに言われて私はバッグをもってスマホの前に立つ。


『あぁ、良く似合っているじゃないか。佐和子も長いこと愛用していたよ。それに、よくよく思えば咲良ちゃんは佐和子に似ているなぁ。久実さん、それは買いだな』


「えぇ、そうしますね。ほかにも咲良ちゃんに会いそうなドレスやセットアップに靴もあるんですけれど」


『そりゃ、一揃いどころか二揃いくらい必要だ。私の跡に付いて回れる服も買っておくれ』


 二人で会話がどんどん進んでいき、それを聞いた外商の方々が素早く話に見合うものをピックアップしていく。


 二つほどのハンガーに、秘書さん向きなドレスやセットアップが纏められてそれを久実さんが見ていく。


『咲良ちゃんは明るめの色が似合うと思うんだが』


「そうですね、たしかに明るい色が顔に映えるわね。ベージュや明るめのグレーにパステルピンクにしましょうね、ドレスは落ち着いた紺とピンクにしておきましょうか」


『そこのレモンイエローのドレスも似合いそうだから追加でな』


 テレビ電話からでもどんどんお買い物に参加する雄蔵さんに、久実さんもしっかり答えて買い物の数はもはや数えることを放棄。


 立派にワードローブが埋まるほど買っていただきました。


 しかも、本宅の客間の広いワードローブが埋まるんじゃ、雄介さんのマンションの客間では収まりきらないかも。


 夕飯も、それは素敵な豪華な和食をシェフさんが作ってくれて美味しくいただきました。


 お出汁がとっても美味しくって、ぜひご教授いただきたいと思った次第。


 とりあえず、宝飾品を買いあさるのだけは止められて、一安心して眠りにつきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る