第11話

 今度こそと、思うがまだつかんで来ようとする圭太に本気でどうしてくれようかと思った時、後ろから颯爽とその腕をつかんだ人の影。


 見れば、圭太をつかんでいたのはまだまだ普段なら仕事のはずの雄介さんだった。


「彼女が言った通り、傷害罪と接近禁止命令違反でしっかり反省するといい。警察も、ようやく着いたようだからな」


 雄介さんのさらに後ろからは、制服の警官が駆けているのが見えた。


 どうやら揉めているのを見かねて、カフェのお客さんが通報してくれたらしい。


 それに、マンションのコンシェルジュさんも私が掴まれているのを見てマンションの警備と共に雄介さんにまで連絡してくれてちょうど近くを移動中だったので駆け付けてくれたらしい。


 タイミングが良すぎるくらい良くて、助かった。


 少し、安堵から気が抜けてフラッとすると私をしっかり雄介さんが支えてくれた。


「まだ外に出るのは早かったな。代行使えって言ったのに。ちょっと危機管理意識が低かったんじゃないか?」


 雄介さんの言葉にちょっとカチンときたけれど、それは事実だから。


 ぐっと飲みこむと私は、お礼を告げた。


「助けてくれて、ありがとうございました」


「腕、しっかり診てもらったほうが良いぞ? あいつ、バカ力で握っただろう?」


 まぁ、たしかにガシッとかなりの勢いと力で掴まれたから、痛みに声も出たけれど。


 さすがに掴まれたくらいでねぇ……。


 そんな風に思っていたのですが、タワーマンションの医療テナントの整形外科にすぐに連れていかれて診察を受ける。


「おぉ、雄介。なに、この美人さん。彼女?」


 まさか、整形外科でこんなにフランクかつ、軽い話し方のお医者さんに診られることになるとは……。


「あ、すごく引いているね。真面目で、素直ないい子なんだな。俺は片瀬 大樹|《かたせ だいき》。雄介の母方の従兄弟でね。御覧の通り医者だよ。さて、その手首はよろしくないな。レントゲン撮ろうね」


 そんな話でレントゲンを撮ると、あら不思議。


 レントゲンを撮る頃にはすでに左手首は赤く腫れていて、結果手首の骨にヒビが入ってせっかく足首が落ち着いてきたところ今度は手首を骨折しました……。


 圭太、慰謝料追加してやる!


 手首なので固定するのも不便だろうと、テーピングとサポーターで様子見となりました。


 ほんと、立派な傷害罪だわ。


 二度目の接近禁止令も強めに出してもらおうと私は、千佳に電話をし千佳からも外に出るのが早すぎよと怒られたのだった。




 右手首と左足首を見事にこの短期間で骨折という不本意な状態になり、家政婦としての仕事も最低限になってしまった。


 掃除や洗濯はなんとかなるものの、料理は凝ったことは出来ないし、重いものは持てない。


 これでは、住み込み家政婦として役立たずでは?と思ったものの、足は治りかけだし。手首も使いすぎなければ問題ない。


 そんなわけで、なんとかスローペースで家政婦の仕事をこなしている。


 そんな怪我から、三日後のある日。


 昼間にインターホンが鳴り、なんとこの間お世話になった整形外科の先生で雄介さんの従兄弟が顔を出した。


 なんとタワー内の医院に行くのも心配した雄介さんが往診を頼んでいたらしい。


「なんか、申し訳ありません。こんなちょっとのケガで往診頼んでしまって」


 私が言うと、片瀬さんは笑顔でなんてことないように言った。


「大丈夫。ここ、富裕層多いから結構往診頼まれたりするしね。それこそ、腰痛でシップほしいだけのおじいさまに呼ばれることもあるから。気にしなくていいよ」


 片瀬さんはかなりの人当たりの良さと。コミュニケーション能力の高さを感じる。


 お医者さんとしても優秀だろうし、きっとそれ以外のところでも有能なんだろうなと思う。


「さて、三日経ってどうなったかな?診るよ」


 手首を出すと、動かされる。やはり内側に動かすとまだ痛みがある。


「あぁ、こっちが痛いんだね。腫れは引いたから経過は順調だけれど、無理しないこと。家事もゆっくりと、重たいものは持たないようにね」


「分かりました。気を付けます」


「それじゃ、痛み止めとシップの追加を出しておくね。いやはや、雄介も結構心配症だよね?小野田さん、大事にされているな」


 なんて、言葉を残してサクッと診療を終えると帰っていきました。


 仕事きっちりの人だった。


 話し方も雰囲気も軽いけれど、ほんとに仕事のできるお医者さんだった。


 人は雰囲気や見た目だけではないというのを、再認識させてくれる人だった。


  夕方、雄介さんはいつもより早く帰宅した。


「経過は順調だそうだな。今日はじいさんが会いたがっているので、一緒に見舞いに行ってくれると助かる」


「大丈夫ですよ。雄蔵さんは甘いものは召し上がりますか?」


 私の質問に、雄介さんは頷きつつ答えた。


「あの年のじいさんにしては甘味が好きな方だな。和菓子も洋菓子もどっちでも食べる」


 それなら、今日午後に焼いたお菓子をもっていっても良いだろう。


「今日、マドレーヌを焼いたのでお見舞いならちょっと持っていきますね」


「咲良さんのお手製なら、じいさんも喜ぶだろう」


 そんなわけで、お見舞いの手土産にマドレーヌを包んで準備を済ませると雄介さんの運転で雄蔵さんのお見舞いへと向かった。


 病院へ着いて、特別室へ行くとそこには雄一さんと久実さんも来ていた。


「おぉ、よく来たな。咲良ちゃんも、来てくれてありがとう。しかし、咲良ちゃん。その手はどうしたんだ?」


 シップにテーピング固定された右手首はばっちり見つかってしまった。


「ちょっと、元婚約者と揉めまして……。接近禁止令が出たので、ちょっと気晴らしにカフェに出て遭遇しまして。はっきり物申したら、掴まれてこんなことになりました」


 ちょっと情けなくて、しおしおとしつつ話すと雄蔵さんがドンとベッドテーブルに手を付いた。


「咲良ちゃんに怪我をさせるとは、弁護士は千佳ちゃんだったな。存分にむしり取れと言っておくんだぞ」


「もうすでに伝えてあるうえに、相手方の会社の上層部にもその人柄を伝えてあります。来週には四国へ転属予定ですよ」


 なんと、雄蔵さんと雄介さんの会話がえげつない! 日菱財閥を敵に回したら、仕事なんて限られてしまう。


 圭太、終わったわね……。

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