第10話
軽井沢でのお買い物から三日。
家事をこなし、ひたすら空き時間は読書で過ごし。
買い物代行で仕入れた食材で手間のかかる料理に打ち込んだりもしたが、それでも出られないまま過ごすのは時間を持て余す。
そんな中で千佳から連絡が来た。
「もしもし、咲良? 今、大丈夫?」
「大丈夫よ。こっちは時間が余りすぎているもの」
「あらあら、流石優秀な咲良ね。家事だけじゃ時間が余るわよね。原中さんへの接近禁止令は出したわ。これでもダメだった場合は慰謝料上乗せの通告も一緒に出したから、大人しくなると思うわよ」
「さすが、千佳ね。早い仕事ぶりには感謝しかないわ」
敏腕弁護士さんの仕事の速さには、本当に驚かされる。
でも、依頼者からしたらこれだけ早く対応してくれる弁護士さんはありがたいわ。
「雄介からもね、早めに対処してやってくれって連絡が来たのよ。久しぶりなのに、まず咲良の話だったから驚きつつも微笑ましくなったわ」
幼馴染だけあり、連絡のやり取りがあったのね。
「言っとくけど、夏海の誕生祝ぶりの連絡だったのよ。雄介とは久しぶりに話したわよ。電話でだけど」
なんて楽しそうに告げる千佳に、幼馴染とはそんなものなのかな?と思う。
私には幼馴染と言えるほど仲のいい子はいないし、小学校の頃の友達で連絡を取っている子も居ないのだ。
小学校卒業と共に渡米していたし、そこで大学入学の年に両親を事故で見送り、祖母は来てくれたものの高齢のために先に帰国してもらった。
その後はシェアハウスで千佳やカーラと楽しく学生生活を過ごし、就職後は日本を拠点にアジア圏を回る日々。
ようやく少し落ち着いた三年前から、圭太と付き合ったけれど。
初めてのお付き合い、浮気された時も反省していたから許した。
二度目の時は今回で最後よと言った。
三度目を目の前で見つけたときには、一気に冷めた。なんでこんな男と結婚するんだろう?
まだ結婚してないから、全部やめちゃえ!となったのが行動の原理だった。
そうして、当分恋愛も結婚も考えるのはやめた。
「幼馴染なんだし、連絡くらい取るでしょう? 私に元気なのか聞いたくらいだし」
私の返事に、千佳はうーんと少し考えるような声を出すと言った。
「今回は私と話したいというよりは咲良のこと頼むって感じだったのよね。雄介は普段それこそ夏海が産まれたとか、私が結婚したとかでない限り連絡なんてしない人だもの」
「幼馴染も、大人になるとそんなもんなんだ?」
「相手にもよるんだと思うわよ。私たちは仕事でも、年に一度は顔を合わせるからね。父が顧問弁護士だし、父がダメだと私が動くから」
そういうものなのね。
「そっか、まぁもうしばらくは雄介さんの家で大人しく家事に勤しみつつ久しぶりの読書や料理を楽しむわ」
私の言葉に千佳は楽しそうに返した。
「ずっと仕事で忙しかったんだもの。少し長めに気晴らししつつ、のびのび過ごしたらいいわ」
そんな会話をしつつ、接近禁止令が無事に出されたことを報告されたのだった。
接近禁止令も出たし、少しならと思ってマンションからすぐのカフェに行ったのは間違いだった。
「やっと出て来た。咲良、話がある」
おまえ、接近禁止令の書面受けっとったのに理解してないのか?
海より深いため息を吐きかけて、止めて、でも吐きました。
この気持ちが分かるだろうか?
私はただ、読書のおともにフラペチーノが飲みたかっただけなのに……。
「私への連絡は弁護士を通して。私自身からあなたと話すことは、なにも無いわ」
私はそっけないくらいに冷たく話す。
だって、もう好きな気持ちなんて微塵も残ってないし、嫌悪感の方が上だもの。
「そんなこと言うなよ。なぁ?俺の本命は咲良だって。あれは、ほんの遊びだったんだよ。もうしないって!」
私は盛大に大きなため息をつくと、言った。
「そういって、あんたは三度も浮気しているの。二度目の時に言ったじゃない?次はないって。私ちゃんと自身の言葉を有言実行しただけよ」
まさに、しっかり有言実行である。
腰に手を当てて、私きっぱりと告げた。
「え?本気?結婚まで考えたんだろ? なんでダメなんだよ!」
「私がすでに、あなたを本気で愛してないし、好きでもないし。むしろ嫌いだって理解していないところから無理でしょ?」
嫌悪を隠さずに言えば、ようやく圭太は目が覚めたように私の気持ちがとっくにないことに気づいたらしい。
「それなら、慰謝料はナシ。借金はもう少し減額してくれないか?」
まずはよりを戻せば慰謝料も借金もなくなると踏んできたな? そのあたりの思考回路だけはあるっぽい。
でも、私がすっかり圭太を嫌っていることにようやく気付いたらお金が払えないから減額要求か……。
ほんと、なんでこんな男と結婚考えていたのだろう? 結婚しなくて、本当に良かった。
「結婚していれば、なにも無かったでしょうけれど。今までの圭太なら、結婚してまた浮気して、今度は不倫になったでしょうね?そういうのが分かっているから、赤の他人に借りたものはしっかり返しなさいって意味を込めているの。それが借金の返済と慰謝料よ。人としてダメなことをすればおのずと、その反動は自分に返ってくるのよ」
まったく理解していない様子しか見せない圭太に私はフラペチーノを諦めて、最後の一言もう一度言った。
「私は慰謝料も借金の返済もどちらも減額する気はないから。あとは弁護士に連絡して頂戴」
私が踵を返し、マンションに戻ろうとするとガッと腕を痛いくらいに掴まれた。
「いった」
思わず漏れた声に、圭太は顔を歪めて言う。
「なんてことないだろ?それに、こんな高級タワーマンションに住むなんて。お前こそ俺以外の男がいたんだろ‼俺だけ、慰謝料払うのはおかしいだろ!」
本当に、どこまでも自分に都合のいいようにしか物事を見ないんだから……。
「あのね、私サンライズの本社の社員だって言ったよね?あんたに貸した三百万は給与二か月分より少ないの! 分かる?月に二百万近くのお給料もらっていたの。二十歳からの六年で、どれだけ貯金していたと思う?ぽんと三百万借りられた時点で察しなさいよ! バカなんじゃないの?!」
言い切ると同時に私は思いっきり腕を振り払った。
「この腕についても傷害罪で訴えるし、接近禁止命令違反についてもしっかり弁護士に報告するから。さっさとお金で解決して。もう、私の前に現れないで」
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