第4話

「千佳?いま大丈夫かしら?」


「大丈夫よ。ちょうどクライアントとの面談が終わったところだから。結局家を出て、今はどこにいるの?」


「ちょっとしたご縁があって、日菱の会長を助けたらその孫の家政婦としてお仕事貰って、今港区のタワーマンションで住み込み家政婦をしているわ」


 私の返事に、一瞬間が空くと千佳は楽しそうに言う。


「ほんと、咲良は昔から人との出会いの運がいいのよね。もし仕事に困っているようなら、うちの事務所のパラリーガル補佐お願いしたかったのに。日菱の会長も、見る目のある方よね。厳しい方だけれど、受け入れた人には懐の深い方だわ」


「あら、千佳は雄蔵さんとも知り合いなのね」


「そうね、父が日菱の顧問弁護士だもの。昔からお付き合いがあったのよ。会長の孫の雄介は二つ下の幼馴染ね。部屋、すごいことになっていたんじゃない?」


 くすっと隠すことなく笑って楽しそうに告げてくる千佳に私は、まぁ、二時間で片づけたわよと言えば、流石ねと返される。


「アメリカのルームシェアの部屋も、ご飯も、一番年下の咲良が管理していたものね。いつもきれいで、美味しいご飯が食べられたのは咲良がいた時期だったもの」


 私と千佳は留学している学生向けのシェアハウスで一緒に生活していたから学部が違う上に歳の差もあるけれど知り合って、仲良くなったのだ。


 千佳は私の一年後に卒業したから、私のいない一年は結構大変だったのかもね。


 勉強のできる人すべてが、生活能力があるわけではないってあの時はじめて知ったのよね……。


 我が家は、勉強は大事だが生きるための生活能力は自分のために必要って考えの人たちで、小学生から台所に立ち、野菜の皮むき、切る、煮る、焼く、炊く、蒸すとなんでもやってみた。


 しかも、母だけでなく祖母も料理上手だったために、お菓子から普段の食事におもてなし料理やおせちまできっちり学んだ。


 洗濯も、洗濯機への洗濯物の仕分け、干し方たたみ方は小学校低学年のうちに身につけた。


 一人っ子だったのもあり、祖母も親も順番で言えば先に居なくなるから、生活できる力は早く持つべきだという考えだったらしい。遅くにできた子どもだったから、なおさらそう考えたらしい。


 ちなみに、そんな考えだった両親は、祖母より先に事故で私が十四の年に亡くなり、祖母はまだ健在だが雄蔵さんより二つ上の九十歳。


 現在はサービス付き高齢者住宅で、支援を受けつつ気ままに暮らしている。


 今回実家に帰ったのも、家の処分をするためだった。


 実家に誰も住まなくなってしまったので、祖母と相談し私の結婚を機に手放そうと決めたところだった。


 その片付けや手続きに九州に行っていれば、あの阿呆……。


「あいつから、連絡はあった?」


 私の問いかけに千佳は、まだよと答えた。


「今週中に三百万返せって言ってあるんだけど、たぶん無理だと思うのよ。婚約破棄の慰謝料請求と共に、借用書も送るから借金の返済の督促もお願いしていいかしら?」


「あらまぁ、ほんと咲良はなぜそんな男と結婚しようとしていたの?結婚しなくて良かったわよ。ぎったぎたに追い込んであげるから、私に任せなさい」


 千佳は昔から私のお姉さん的存在の友人だった。


 六つ違うし、掃除も料理も私の方ができるけれど、精神的なところと親を亡くした後のアメリカでの私を支えてくれたのは千佳だった。


 今もってお世話になりっぱなしなのが申し訳ないけれど。


「咲良、あんたはしっかりした子だし、自分のことは自分で出来る子だけれどね。しんどかったんでしょ?そんな時は私やカーラに頼りなさい。私もカーラも咲良のことは大事な妹だと思っているわ」


「カーラは元気かしら?」


「相変わらずね。三人の子をポンポンと産んで元気にお母さんしているわよ。こんど、遊びに行ったらいいわ」


「そうね、下の子も二か月前に一歳になったわよね?」


「そうよ。パパに似たのか、もう走り出していて大変だって言っていたわ」


「まぁ、旦那さんは運動神経抜群だものね」


 シェアハウスで一緒に暮らしたカーラはフランス人で、同じく留学生だった。


 明るく天真爛漫で、楽しい子だったがなんと在学中に学生結婚し、子どもを産みながらも、しっかり大学を卒業した。


 旦那さんはプロサッカー選手で、フランスの代表選手だったりする。


 大学卒業後はパリに戻り、子育てしつつアパレルメーカーで販促の仕事をしている。


 バリバリ働く、お母さんだ。


「そうね。旦那が忙しいうちに今年の夏は子ども引き連れて日本にバカンスに来るって言っていたから連絡入れたらいいわ」


「そうなのね。私なかなか会えてなかったから。おととし、パリに仕事で行ってお茶したくらいなのよ。ゆっくり会いたいわ」


「だから、連絡入れなさい。結婚式は欠席だったけど、ダメになったのは私から連絡してあるから、早めにね。こっちに動きがあれば連絡するわ」


「ありがとう、よろしくね」


 そうして電話終えて少し経つと、雄介さんが帰宅したのだった。

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