第3話
「おはようございます。ラテ入っていますよ」
二階から降りて来た雄介さんに声をかける。
「あぁ、ありがとう」
私は用意したラテと共に、フルーツのヨーグルト掛けも並べる。
「これは?」
朝は食べないと言ってはいたが、少しでもお腹に入れたほうが頭の回転もよくなるので、軽いものとしてフルーツのヨーグルト掛けを用意した。
ちなみに私の分にはフルーツグラノーラ入りなので、さらに朝ごはん向きではある。
「フルーツのヨーグルト掛けです。ご飯っぽいのは無理でもこれくらいなら食べられるかと」
私の言葉に、一つ頷くとヨーグルト掛けをさらっと食べてラテを飲み、最後にネクタイを締めて出かける準備が整ったようだ。
「今日も、よろしく頼む。夕方に一度帰るので、その後一緒に祖父さんの見舞いに行ってくれると助かる。今日も君に来てほしいと祖父さんから連絡があったから」
「分かりました。では、夕方までに済ませておきますね」
「あぁ、では行ってくる」
そう言って雄介さんは仕事へと出かけて行った。
高層マンションでは洗濯ものは外に干さないし、この部屋は洗濯室完備なので室内干しも問題ない。
「しかも、想定がファミリー層向けだからか洗濯室なのにめちゃくちゃ広いのよね……」
この洗濯室、私にあてがわれた客室と同レベルの空間なのだ。
それが洗濯室なのだから、このペントハウスの広さを押して知るべしといったところだ。
「さ、頑張って掃除洗濯から済ませましょう」
まず、寝室にお邪魔しシーツ類をはぎ取り、下着類も回収。
洗濯機を回し、その後はロボット掃除機を起動。
すでにルート設定済みなので二台のロボット掃除機にリビングダイニングは任せて、私は二階の掃除にかかる。
二階は雄介さんの書斎と寝室に衣裳部屋の三部屋のみで衣裳部屋に関してはリビング同様にお掃除ロボットがいるので掃除は不要。
書斎も、今日の掃除はナシでいいとのことなので寝室のみ洗濯物を回収後に掃除機まで駆けて、新しいシーツを掛けて終了だ。
「こうなるとあとはバスルームとキッチンと、もう二つある客間の掃除だけなのよね」
結構少ない仕事量にさて、どうしたものかと思案する。
「ここは、ここ数日食べられるように常備菜でも作りますかね」
私は洗濯機が仕事している間に、ナムルや白和え、きんぴらなどの小鉢料理を作る。
さらには今日食べるかは分からないので、メインのハンバーグは味付けだけして冷凍。
鶏肉は煮物と照り焼きにして保存容器に入れて冷蔵庫へ。
とりあえず作ったものを味身代わりに少しずつ取り分けてお昼として、食べて片付けると洗濯と乾燥まで済んだ衣類をアイロンかけたりして片付ければ午後二時には終わりが見えてしまった。
「なんてこと、文明の利器が強すぎて仕事の家事が早く終わってしまう」
この家はハイテクなセキュリティーに守られているし、家電はみんな最新の型だからいい仕事してくれるので私の仕事量が少なすぎるのだ。
これで日給二万はもらいすぎてしまう気がするけれど、良いのだろうか?
まぁ、私は助かるけれどね。
家賃も光熱費もかからず、食費も用意するなら同じ物を食べて良いと言われているし。
これ、お給金どんどん貯まるだけになるパターンよ。
助かるけれど、良いのかしらね、ほんとに……。
まぁ、考えても仕方ないわね。
「さて、千佳の方にはあいつから何か連絡はあったかしらね?私の方はまだ口座の振り込みないけども。ま、絶対無理と分かっていて言ったから今週末には慰謝料の請求と借金の請求と一緒に書類を用意してもらいましょうか」
私は、そうつぶやくと夕方まで時間を持て余したので久しぶりに読書をして、ゆっくりと過ごそうとしたらそこでこの部屋のチャイムが鳴る。
インターホンにはエントランスのコンシェルジュ。
「日菱様、お母様が訪問されておりますがいかがいたしましょうか?」
ん?雄介さんのお母様ということは雄蔵さんにとっても家族よね?
「少し、お待ち下さい」
私は何かあった時のためにと教えられていた番号に電話する。
雄介さんが忙しい場合は出られないこともあるが、なにかあれば連絡するようにと言われていた。
「もしもし、なにかあったのか?」
すぐに出てくれた雄介さんに私はお母様が訪問してきたことを伝える。
「あぁ、たしか祖父さんの搬送へのお礼をしないといけないと話していたからそれでだと思う。通してくれて構わない。用事は俺ではなく君にだと思うから」
とのことで、私は家主の許可を取り部屋にあがってもらうようコンシェルジュへと伝えたのだった。
「こんにちは。先日はうちのお義父様を助けてくださってありがとう。これ、良かったら食べて頂戴ね」
そう言って差し出されたのは有名フルーツパーラーのロールケーキ。
間違いなく美味しいケーキに私は微笑んでお礼を言う。
「ありがとうございます。良かったらいま、ご一緒にいかがでしょう?」
「あら、嬉しいわ」
そうおっしゃった雄介さんのお母様は、四十代後半にも見える美魔女だった。
雄介さんが三十歳と聞いているから、ご結婚が早ければ確かに四十代後半でもおかしくはないけれど……。
コーヒーを準備しつつ、私はロールケーキをカットしてお皿に盛りつけるとソファーの方へと向かいお出しする。
「昨日の今日で、御忙しかったのではありませんか? それなのに来ていただいて、ありがとうございます」
「えぇ、お義父様が助けてくれた恩人が、いい子だから雄介のもとにやったと聞いてね。これは挨拶しないといけないと急いで駆け付けたわ」
にこやかだけれど、考えが読めないわね。一筋縄ではいかないタイプなのは間違いなさそう。
さすがは日菱の奥様だわ。
雄蔵さんは現在会長、雄介さんの父である雄一氏は現在グループのCEОで、雄介さんはエネルギーグループ事業のCEОでグループ本体の専務をしている。
日菱の男系は、企業グループの要であると言って過言ではない。
その雄一氏の奥さまで、雄介さんのお母さんにあたる女性。
「私は大したことはしていません。常備薬を飲んでいただき、それでも症状が落ち着かないので救急車を呼んだだけです。搬送の付き添いも雄蔵さんが希望されたので付いていきましたが、それが無ければその場でお暇していたはずなので」
私の言葉に、ぴくっと反応を示したお母様。
「そうなのね。ちなみに小野田さんは、出身はどちら?」
「出身は九州の福岡です。ただ、中学からはアメリカにいたので日本語より英語の方が話しやすくなってしまいましたけれど」
「まぁ、そうなのね。英語ができるのはいいことだわ。ちなみに向こうで大学も?」
「えぇ、大学院まで出ています。二十歳で就職して、その後はアメリカ本社から日本支社に派遣されていました」
「二十歳で大学院まで出たなんて、とても優秀じゃない! でも、仕事が無くて困っていたなんてなにがあったのかしら?」
少しニヤリとした表情になる、やっぱり一筋縄ではいかない人ね。
「婚約者が結婚前に不貞をしておりまして。現場を見てしまったので、そのまま式が四日後でしたが婚約破棄しました。現在弁護士を入れて対応中です」
私の発言に、ポカンとした表情のお母様。
そして、言う。
「結婚のために退職していて、そのせいで仕事もなかっただけでしっかり働いてらしたのね。ちなみに、アメリカ本社のどの会社さんかしら?」
「サンライズです」
会社名に、やはり再び驚くと、お母様は言った。
「あなた、ここで家政婦するより日菱で働いてもらった方がよほどいいと思うのだけれど」
「そうですね、もしかしたらそうなのかもしれません。ただ、まだ元婚約者との件が落ち着いていないことと、二十歳からほぼ長期休暇はナシで働いていたので、少し休みたくなってしまったんです。それを素直に話したら、雄蔵さんが雄介さんのところで家政婦をしたらいいと紹介してくれました」
私の返事に、納得したお母様は部屋を見まわして頷いた。
「優秀な人は生活力も抜群なのね。お仕事も出来て家のこともできるなんて素晴らしいわ。今は結婚なんて考えられないかもしれないけれど、雄介のお嫁さんにはあなたみたいな人がいいわね」
ニッコリ微笑むと、すっかり怪しい雰囲気は無くなり友好的な雰囲気になる。
日菱の嫁は大変そうなので遠慮しますよ、心から。
当分、結婚する気もないしね。
「しばらくは、ここで家政婦としてお仕事させていただきます。でも、結婚は当分したくないですね」
「まぁ、婚約破棄ならそうよね。でも、お仕事のできる人が雄介のそばに居てくれるのは安心だわ。私は夫と海外にいることも多いから」
日菱のトップだと日本国内だけの仕事では済まないわよね。
アメリカで見かけたこともあるし。
「日菱のトップは忙しいですよね。雄介さんも忙しそうですから」
昨今はウェブ会議も多いから海外とは時差もあって、家でも仕事をする必要が出ているのだろうけれど……。
夕飯も十時過ぎに食べるような世界じゃ、体壊しそうよね……。
「会長は体調的に、限定的な仕事のみで、今は実質夫と雄介が会社の責任者として仕事を回しているから負担は大きいわね。ほかの役員も仕事はしっかりしてくれるけれど日菱の家としての顔見世的な仕事は二人と私しか出来ないから」
財閥ってその家の顔見世的な仕事もあるのねぇ。確かに経済会に政財界まで広いお付き合いのある家柄だから。
家柄が良いのも大変なのだわ……。ますます、嫁には行きません。絶対に。
ニコリと微笑んで、私は言った。
「生活面とお食事に関してはお任せください、生活面で不自由しないように、しっかりお仕事させていただきます」
そんな感じで、日菱の奥様との対面を終えて私は使ったものを片付けると千佳に連絡を入れた。
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