第4話
翌朝、朝食の席で母親にクッションについて聞いてみる。
「クッションは殆ど無いし、座布団でどう?」
俺と同じ発想をするとは、やはり俺の血縁だな。
「……いや、座布団以外で頼む」
「寝る時に抱く用でしょ。私は大体こんな感じが好みかしら」
そう言って、父親の肩に手を置く母親。朝から止めてくれよな、本当に。
「クッションが無いなら買ってくれば良いじゃない。ねえ、お父さん」
「そうだな。マリー・アントワネットも言ってたし」
この親父こそ、何言ってんだ。
結局放課後になった所で、菜乃と一緒に駅前のショッピングモールを回る事となる。
「悪魔なんだから、ちちんぷいぷいとか言ってクッションくらい作り出せよ」
「それは誤解と偏見だ。そもそも、悪魔をなんだと思ってる」
「先が三角になった尻尾が生えてて、三叉の槍を持ってる奴」
俺が最もイメージするのは、トランプのジョーカー。アニメやマンガではコケティッシュだったりスタイリッシュな悪魔が描かれているが、俺がイメージするのは派手な格好でほくそ笑んでいるあいつだ。
ジョーカーは本来道化師であるという話は、この際置いておくとして。
「……この辺か」
寝具を扱っている店へ入り、天井から下がっている看板を頼りに歩いていく。
布団カバーにシーツに枕。毎日使っているが買おうと思った事は一度も無い物であり、正直言えば何の興味も沸きはしない。
「これは良い」
菜乃は高そうな生地のシーツに触れ、1人満足げに頷いている。でもって俺の醒めた表情に気付いたのか、今度は大きく首を振った。
「なんだよ」
「人生はただ前に進むだけではない。時には脇へ逸れ、立ち止まるのも一興だ」
「お前は老師か」
そう突っ込むが、菜乃の言いたい事も自分なりには分かっている。
俺はゆとりというか余裕みたいな物が余りなく、どちらかと言えば効率主義者だ。服は暑さ寒さが凌げればいいし、食事も空腹を満たす事が出来ればそれ程文句はない。
人によってはそれがつまらない生き方と映るのだろう。
「太郎にはこの、ウサギがワンポイントのシーツが似合うと思うんだが」
「結構」
無機質万歳、無味乾燥な俺の人生に幸多かれだ。
クッションコーナーに辿り付くと、菜乃は1つ1つに手を触れて頷いたり首を振ったりを繰り返す。何度か座布団という言葉を口走りそうになったが、さすがにそれは止めておく。
「2つでも3つでも買って行けよ。母さんから、そのくらいの金は貰ってるだろ」
「浮気者め」
「……クッションだぞ」
「だからなんだ」
かなり本気の目付きで、こいつこそクッションが嫁じゃないか。
「意味が分からん」
今度は俺が首を振り、何か言おうとしたところで言葉に詰まる。
視線の先にある敷き布団のコーナーから、ただならぬ気配を感じたので。
そちらを改めて凝視すると、その角からわずかに白い肌が垣間見えた。間違いなく、昨日菜乃を睨んでいた女子生徒だ。
「……ゆっくり立ち位置を変えて、俺が見てる方向へ顔を向けろ。昨日の女がいる」
「武器は」
「鞄しか持ってない。……ただ、何かかじってるな」
少し遠いのではっきりとはしないが、ハンカチの端をかじっているよう。敵意はある物の、今の所直接向けてくる事は無さそうだ。
「見覚えは?」
「遠くてよく見えない。私が直接問いただしてもいいが」
「親の仇とか、そういう話は止めてくれよ」
「私の家は大層な家系ではないし、私自身も平凡な人生を歩んできた」
つくづく悪魔とは言い難い話だが、菜乃が穏やかな性格なのは間違いない。だとすると、逆恨みの線が濃厚か。
「ここで話し合っていても始まらない。とにかく私が問いただす」
「分かった」
店を出た所で二手に分かれ、少し時間を置いたところで菜乃の後を追いかける。案の定ストーカーまがいの女子生徒は彼女の後を付けていて、俺には全く関心もなければ警戒もしていないようだ。
菜乃が角を曲がると女子生徒もそれに続き、後は挟撃をすれば良いだけ。そう思って角を曲がった所で、俺は声を上げて突進をした。
菜乃と対峙していた女子生徒が手にしていたナイフを目の当たりにして。
どういう経緯があったのか、女子生徒が路地裏の奥にいて菜乃が手前。つまり直接女子生徒へ攻撃を加えるのは困難で、だとしたら俺が取るべき行動は1つだけだ。
「くっ」
リュックを構える余裕もなく、とにかく菜乃の前に立ちふさがる。一刺しで終わるか、病院まで持つか。痛みはあっても命だけは助かるか。
しかし待てど暮らせど胸元に痛みは無く、代わりに後頭部へ鈍痛が走った。
「いて」
振り返ると菜乃が呆れ気味の顔で、俺を見つめていた。どうも色々とおかしいな。
「いや。だって、ナイフ? それとも包丁か」
「これの事か」
菜乃が手を上げると、そこには俺が見たナイフが握られていた。正確には、俺がナイフと見間違えた物が。
「アルミホイル?」
「ほら」
「なんなんだ、一体。……あっちっ」
菜乃からアルミホイルを受け取った途端、熱さでそれを放り投げる。ここで俺もようやく、その中身に気付く。
「焼き芋か、これ」
「あなたのような田舎者にはお芋がよく似合いましてよ」
そう言って、純白の女子生徒は高笑いした。とはいえ彼女もそのお芋を持っているので、同類と思うのだが。
ちなみに2人ともハンカチを使ってアルミホイルを掴んでおり、俺みたいな無様な真似には至っていない。
というか、滅茶苦茶恥ずかしい事をしたのではなかろうか。
「俺、もしかして間が抜けてた?」
「それ程でもない」
菜乃は優しい笑顔でそう答えた。
気を遣われているようで、余計にへこんでくるな。
とにかく俺もハンカチを使って焼き芋を拾い上げ、事の真意をただす。
「菜乃……。黒井菜乃の知り合いか」
「まさか。神たるこの私。白鳥祐が悪魔の知己を得るなど、おへそでティーパーティですわ」
……またすごいのが出てきたな。この際、最後まで付き合うしかないが。
「それで神様が、下界まで来て知り合いでもない悪魔に何の用件だ」
「……あなたは」
「菜乃を住まわせてる者だ」
俺が名乗ると白鳥さんは口元に手を当てて笑い、しかしアルミホイルが近付いたせいか「あち」と小さく叫んだ。こっちも天然かよ。
「いかにも平民と言ったところですわね」
「その平民がいてこそ、神様も仕事が出来てふんぞり返っていられるんだろ」
「なかなかの屁理屈小太郎です事。それはともかく、彼女が下界へ遊びに来たとでもお思い?」
「来た目的は知らん」
もっと言ってしまえば、悪魔という前提すら疑わしい限り。だから来た理由など、全然気にしていなかった。
「天界魔界から毎年選抜された者が下界へ留学するのが、私達の習わし。無論それは選抜というくらいで、選ばれた者のみに与えられた使命です」
「菜乃もそれに選ばれたのなら、白鳥さんが怒る筋合いはないだろ」
「何を仰います事。本来なら彼女は補欠。それを私が体調を崩している隙に繰り上がり、いつの間にか下界へ降りていたのですわ」
白鳥さんは白い肌を朱に染めて、まさに激しくいきり立った。
とはいえ補欠が繰り上がるのは順当な話であり、少なくとも菜乃に非はないと思う。全ての話を信じる前提だが。
それまで黙っていた菜乃だが、俺が真意を確かめるように視線を向けると仕方なさそうに口を開いた。
「私は正式な選抜者が復帰するのを待てば良いと伝えて、留学は辞退した。それでも上が強制してきたから、下界に来ただけだ。とはいえ来た以上は、補欠とはいえ職務は果たす」
「出た、出ましたわ。本意ではないけれど、やるからには全力を尽くす発言。どこの無気力系主人公ですの、あなたは」
めんどくさいな、この人。ここまで来ると菜乃が天使で、白鳥さんが悪魔と言われても頷けそうだ。
「私も体調が戻ったので、正式な留学許可が降りました。つまりあなたとはライバルという事ですわ」
「……留学生同士で争ってるのか?」
「全然。共に助け合って行くようにとしか言われていない」
菜乃はそう答え、自分は平和主義だと付け加えた。
白鳥さんも選抜されるくらい優秀なんだろうが、ただ明らかに電波が迸るタイプ。その点だけは、菜乃と共通する部分である。
この2人の側にラジオを置けば、音楽の1つも流れそうな気がする。
「とにかく私は手加減しません事よ。首を洗ってまな板の上に乗っている事ですね」
高笑いしつつ、あちあち言いながら去っていく白鳥さん。
色々頭は痛いが、菜乃を襲うような真似をする人ではなさそう。それだけが、せめてもの幸いか。
「菜乃、この近くに留学生はもういないだろうな」
「留学生は1つの地域に1人ずつ。少なくともこの近くにはいない」
いないと菜乃は言うが、地域というのが曲者だ。市なのか、県なのか。国なのか。それこそ町内レベルだったら、これからも白鳥Ⅱとか真白鳥とやり合う事となる。
「もう留学生はいらんからな」
「私に言われても困る。それより、この焼き芋はどうする」
少し温くなってきたのか、菜乃はアルミホイルをしかと抱きしめている。どう考えても、俺が預かると言える雰囲気ではない。
「捨てるのももったいないし、持って帰るか」
「仕方ない。同じ留学生のよしみで、私が処理をしよう」
「ああ、頼む」
「まったく、どいつもこいつも仕方のない」
俺が言いたいよ、その台詞。
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異世界から来た、くっころ女騎士 雪野 @ykino1
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