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「えと……今住んでるところの話なんですけど。3年くらい前に引っ越してきて今も住んでて……家賃も普通、周りも普通、住んでる人も普通、曰くも何も無いほんとに普通で、だからこそ素晴らしいアパートなんですけど……一つだけ、初日……ってか、入居前から気になってることがあって」


「うんうん」


期待されてるのを感じ、少しわざとらしく間を置き、ためを作ったりして話したくなる。


「玄関のドアの鍵……あ、外側です。外側の鍵穴の周りに……こう、なんていうんですかね。なんか……傷?みたいのがたくさんついてて。木製のドアで、鍵穴の周りに薄い引っ掻き傷みたいのが無数に」


 いざ話すと、慣れてないせいで思ったように言葉が出てこない。


「引っ越す前に大家さんとか管理人は何か言ってなかったんだ?」


「何も。ま、自然に出来た傷かも知れませんけど……なんか不気味ってか、俺の前に住んでた人ってどんな人なんだ、とか気になって。……なんて話を友達にもしたことがあって、そしたら……いや、さすがにこれは偶然だと思うんですけど……その日の夜中2時頃に非通知着信があって流石にビビりましたね……」


「うんうん、それから?」


「……あっ、終わりですよ。最初に言った通り、オチもなにもない話。こんなもんすよ、現実なんて」


 ふとカウンターをみると、いつの間にかさっき頼んだお酒が来ていた。俺がその酒に口をつけると、彼女は少し驚いた顔をする。


「いきなりギムレット? ハードだね」


「……話の感想よりそれが先っすか」


 もしかしてガッカリさせたかな、とか呆れてるかな、なんて思っていたら、彼女は嬉しそうな顔をする。


「ごめんごめん……うん、ありがとう。そう……オチもなにもない、それでいいのさ。むしろそこでその非通知着信に出たらどうのこうのとか、真夜中に誰か家に来た、なんて話が続いたら嘘っぽくてガッカリしてた。結局それがなんなのか分からないって所が一番いいね。……終わったのかどうかも、わからない」


 なんてことを言い、彼女はニヤリと笑った。


「やーなこと言いますね」


「傷が増えてないことを祈ってるよ」


 そう言って、彼女も自分の酒を少し飲み、ゆっくりと間を置いてから口を開く。


「さて。そしたら次は私だね。……あ、そうだ。せっかくだし自己紹介でもしとく? 名前くらいでいいし」


「まあ……んー……じゃ、俺は……『ヒカル』で」


「私は『レナ』。よろしくね、ひかるん」


「……」


 なんなんだこの人は。別に酔ってる訳でもなさそうだし。


「……私さ、フリーのライターやってるんだ。」


「……ああ、なんか色々納得」


 それなら今こうやって俺から『生の話』を聞きたがるのも納得してしまう。なんてことは無い、単なる仕事のひとつだ。少しミステリアスで怪しいと思ってた女性の正体はなんて、こんなもん。


「ってことで。私が話す内容はまだ記事にしてない内容だよ。お得だね、無料だよ」


「はあ……でも俺、レナの記事見たことないっすよ」


「ふふっ……そりゃあだって……レナ、なんて名前で書いてないよ。今適当に考えた名前だし。それじゃ、次は私の話だよ」

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