明けない夜の語り部

華園ひかる

(しまった……完全に油断した……)


 仕事が休みだったその日、久しぶりに会うことになった友人と都内で遊び、お互いに大いに盛り上がり、気がつけばいい時間になっていた。都内に住むその友達は終電にも余裕があるらしくあっさりと帰って行ったが、別の県から来ていた俺はそうもいかない。どのルートを使うパターンを検索しても、家の最寄り駅にたどり着くまでの乗り換えの駅で終電がなくなる。……中途半端に田舎の乗換駅で夜を明かすくらいなら、いっそこの辺りで朝まで粘るか……と思った。そう、思ったまでは良かった。そしてさてどこに行くか……となれば、普段こんな時間にこんな所に居ない俺には何も分からない。24時間やってそうなチェーン店でも………と思ったが、時間的にはまだどの店もやっている。それならいっそ、普段の俺じゃ入らないようなよくわからん店で少し酒でも飲んでもみるか……なんて、慣れないことをしようと思った。思ってしまった。


「……何飲みますか?」


(……ね、値段が書いてねぇけど?)


 適当に入った店は、なんだか静かなバーだった。慣れない雰囲気だが、入ってしまった以上出る訳にも行かないし、少しだけ飲んですぐ出るか……と思ったらこれだ。店員のおにーさんが無言の圧をかけてきている。はやくしやがれ、と。ていうかカウンター席なのがまず嫌すぎる。


(これヤバイ店か? それとも……バーってこういうもんなのか? ってか他の客全然いねぇし……いや、ていうかメニューみてもなんだかわからん物多い……)


「えと……こ、これ……で……お願いします……」


「かしこまりました、少々お待ちください」


(ふぅ……)


 もうこれだけ飲んだらすぐ出よう。そしたらすぐ、24時間営業のチェーン店のファミレスでもなんでも行って朝まで過ごす!


「やあ。ねえ君、今……というかこれから、時間ある? 」


「へ?」


 なんか突然、声をかけられた。声をかけてきたその人は……どことなく胡散臭い気もするけど美人な女性……とでも言うべきか? 長くてクルンとした茶髪に短いスカート、派手すぎないメイクで何歳なんだか全く分からない。そしてその人は俺の隣に座ってくる。


「もし良かったらさ……私と話さない? 私と君、それぞれ交互に……怖い話を。ひとつ話す事に、少しお酒を飲んで、また話す……朝まで、どう?」


「は?」


 全くどういうつもりか分からない……けど、なにか面白そうな予感が少ししてしまう。まあ可愛くて綺麗な女の人からの提案なんて大抵のこと言われたらそう思う、多分。


「嫌なら無理強いはしないけど。もし、君がどうしようもなく暇で、朝までここにいられる……とかならそうしたいなってだけさ」


(……なんか知らんけどバレてんな)


 このバーの料金が不明ってことを除けば、俺は朝までここにいることになんの問題もないのは確かだ。まあ……なんかこの人常連っぽい雰囲気出してるし、どうにかなるだろ。それなら……


「まあ……暇ですし、いいですよ」


 するとその女の人は嬉しそうに頷き、少しお酒を飲みながらまた言う。


「ありがとう。そうだ……せっかくだしルールを決めよう。……君が話す怖い話は……実体験がいいな。創作とか、聞いた話はつまらない。どう?」


「……どう?って言われても……別に俺霊感ないし……そんな怖い体験なんてないっすよ」


「なに、別に怖い話=幽霊、じゃないでしょ? ていうか、ネットとかにあるような話なんて聞いてもつまんないしさ。ほら、早速何か話してよ」


期待の眼差しを向けられると、それを裏切りたくは無い……けど、ないものは無い……いや、……でも。


「じゃあ……怖い話……なのか分かりませんし、特にオチもないっすけど……いちお、現在進行形の話ならひとつ」


「ほら、やっぱりある」


彼女は微笑みながらお酒を少し飲み、俺の話に期待を寄せている。


​───釈然としないことは沢山あるけど、暇つぶし程度にならいいか。

 そんなことを考え、まずは俺の話から、俺と謎の女性の『語り合い』は幕を開けた。


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