第6話 Just being touched makes me weak
こういう力仕事は単純だから嬉しいな、とサシバは思う。
八百屋の仕事を手伝うために農家に会って野菜が入った木箱を受け取って、台車を押していた。
八百屋の店主で、サシバには「おやっさん」と呼ばれているその人はサシバの助けを喜んでいた。
最近はめっきり力も弱くなってきたので、若者のパワーはありがたいのだとか。
それに肌見放さず持ち歩いている小銃は牽制になるし、サシバの見た目は小馬鹿にする奴もいなくなる。
おやっさんにとって、サシバは良いことずくめだった。
「俺に出来る事と言えばこれくらいだから。他にもやってほしいことがあるなら言ってよ。この身があるなら俺は何処までもなんでもやるよ。例えばそれはもう、たいへんな重労働だってやってしまうかもしれないよ。でもエッチなことはNGね〜。初めてはガルって決めてるからね。しょうがないね。でもそれ以外ならなんだってやるんだよなぁ、ほんとうに。もう、なんだってやりすぎてなんだってやる太郎に改名を迫られてしまうかもしれない。そんな感じ? まぁ、『ほんとになんでもやるんだろうな』くらいに受け取ってよ、おやっさん。俺、まだあんたに恩返しのひとつもできてないんだか ら。年金(軍人恩給)暮らしだし、新しい職を見つけるまでの間は、だけどね」
「それはありがたい」
おやっさんは笑って、サシバの肩をポンと叩いた。
「でも、お前はお前のために生きなさい。つまり休めってことだ。疲れたろ。ガルとデートでも行ってきたらどうだ? 前みたいにさ。ガルも楽しみにしてたぞ」
サシバは笑った。
そして、心のなかでは「そんな訳あるか」と思う。
サシバは、自分はガルにたいへんなセクシャルハラスメントを仕掛けてきたのだから嫌われているだろうと思っていた。
むしろ、そう思われるように頑張ったのだから、嫌われていなければ努力が水の泡だ。
「でもあいつにはお似合いの人がいるからなあ」
「お前より?」
「俺より。銃砲店のバンジって奴さ。彼はきっと優しいから……恋仲とはいかずとも、きっと良き親友になってくれる」
台車は、ガラガラと。
車輪を揺らしながら回しながら。
とうとうギルドに帰ってくると、警察が大勢やってきていて、何かがあったらしいことがわかった。
「どうしたんすか。もしかしてなにか大事? おおごとって言えば俺のちんちんめちゃくちゃ大きいですけどもしかしてそれと関係あったりしない? するわけないか、だって俺あんたらにちんちんみせたことないもんね。じゃあいったい何の騒ぎなんだいって思った時、真っ先に考えることと言えばここはギルドなんだから、加盟店で万引きか強盗でもあったのかな、みたいな。そんな感じなんだけど、どう? 俺の名推理は当たってる? 俺は別に地動説を知らないわけでも軍医だった訳でもないけどさ。でもあんたの格好からあんたが警察だってわかるぜ。元軍人だ。立ち方がじつに軍人らしい。足の開き方は、海軍か? 海軍から警察なんて実に珍しいけど、そんな事はとうでも良くて、なにがあったの?」
「君は……」
「サシバ・ガンツル・C・チドリです」
「チドリ……〝死相〟かっ!」
「海兵さんにまで知れ渡ってるのォ〜……?」
俺ここでは〝渡り鳥〟で通ってるからよろちくび、とサシバはイタズラみたいに笑う。
「んで、なにが?」
「ジャーネンバ元陸軍中尉が組合長を殺そうとして、それを庇った銃砲店の青年が重傷を負ったんだ。……ジャーネンバ元陸軍中尉は、あなたと同じブラスクエア侵攻に行っていた人では……!?」
「よく知ってんね」
他の警察が「ああくそ! はやく救護に行かなければ彼が死ぬぞ!」と苛立たしそうに叫ぶ。
「まかせろよ」
サシバは笑っていた。
警察や野次馬の波を掻き分けて、背負っていた銃を前に回し。射撃の姿勢をとる。
警官はサシバがここからジャーネンバ元陸軍中尉を狙撃しようとする意図を察し「無理だ」と言う。
が、サシバは聞かない。
いや、聞こえていない。
過集中。
必要最低限の情報しか入らない。
あるいは、情報の取捨選択。
必要最低限の情報しかいらない。
口径──7.62ミリ。銃身長──610ミリ。有効射程は500ヤードほど。
此処からターゲットまでは800ヤードほど。
このクソデカギルド内には障害物も沢山ある。
ターゲットは動き生きている。
元軍人。
動きも機敏で隙がないように思える。
──ありえない。
隙のない人間などありえない。
撃つ。2発。
初速、秒速848メートルの弾丸は、ターゲットの両脚を撃ち抜いた。
「おお」
と双眼鏡を持っていた暇な刑事が感嘆の声を上げた。
サシバは笑っていた。
顔面のヒビは大きく広がり、赤い光が地面を照らしていたが──笑っていた。
「ジャーネンバさん!」
すたすた、と。
そういう擬音が似合う速度で近寄っていく。
「チドリ上等兵……!?」
「今日は結婚記念日ではありませんでしたかな!?」
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