青柳美空の日常

オタクの過ごし方

 オタクの休日は朝がとてつもなく早い。

 イベント、コンサート、舞台。

 最低でも1ヶ月に1回はこの予定がどこかに入る。

 イベント限定のグッズを購入するために早起きをして、最高にカワイイ状態で推しに会いたい発見してほしいためにパウダールームで顔面を完成させる。お金に余裕があったら、ヘアメイクだってプロにしてもらいたい。まぁ、学生でお金ないからセルフで頑張るけど……。

 ということを朝からアイドルオタクの友人に語られている──青柳あおやぎ美空みくでございます。

 その愛がすごいと言わざるを得ない。


 まあ私も友人とは違うしてるので、人のこと言えないけど……。

 中学生で中学生は、あまり見たことないから友人には話したことはないかな……?


「美空はこの中で推しっていないの?」


「……特にいないですね」


 私は雑誌に載ってるアイドルを軽く見てから、少し考えて答えた。

 私の話はちょっと中学生にはハードルが高くて、可能性が大いにある。

 だから、その話はあえてしない。

 友人たちの話は聞き役にまわって、話題になったもの、好きなものを徹底的に調べる。そして、皆と話を合わせる。

 だって、そのほうが楽しい学校生活を送れると思いません?


「じゃあさ、今度握手会行かない?」


「えっ」


 友人の手にはそのアイドルグループのCDがいつの間にかあった。前から握手会の説明は受けていた。

 握手会とはメンバーとファンがふれあえる大切なイベント。CD1枚につき握手会に参加できる券握手券が1枚封入されている。握手券1枚でメンバーと数秒間握手することができる。


「これ、前回のシングルだけど、来月にNEWシングル出るからそのときに一緒に握手会行こうよ!」


 握手券を抜いた抜け殻前作のCDを使って布教し始める友人。このアイドルグループについて調べたけど、皆と話を合わせるために知ってるだけであって興味はあまり持てなかった。


「握手会の前のミニライブあるんだけど、それを見れば絶対誰かの推しになるからさ」


 目を輝かせて、圧をかけられる私。いつもアイドルの話をニコニコして聞いてたから、私が興味を持ってくれてると勘違いしてます。


「そ、そうですね。……行こうかしら」


 圧に弱い私。空気を壊さない私、エラい。


 「そのCD貸すね。約束だよ」ともうすぐ授業が始めるので自席に戻る友人。


 来月行こうと思ってたが1つ行けなくなったな。

 ふと隣の席を見ると、私のを知ってるヤツが必死で笑いを堪えてる。

 私は『何笑ってるんですか』と彼に速攻でLINEを送る。


『圧に負けてるのがウケる』


『助けてくださいよ』


『急に俺が話しかけたら、あのアイドルオタクに睨まれるから勘弁』


『意気地なし』


『みんなからと慕われてる人が暴言を吐くとは由々しきこと』


 思ってないことをいけしゃあしゃあと……。

 私は彼を横目で鋭く睨んだ。


『ところで、昨日行きたい美術館があるって言ってたけど……どこ?』


 マズイと思ったのか、話題を変えてきた。

 彼は、私の推し活を唯一知ってるクラスメート。


 私が友達に秘密にしてる推し活とは──。家族の影響で幼少時代から巡っていたため、今も好きで色々なところ1人で巡っている。

 友達を誘ってもいいのですが、微妙な顔をされるのが目に見えているので、友達を誘ったことはありません。──彼を除いては。


 私は、行きたい美術館のURLを彼に送った。


『うわぁ~渋谷ダンジョンじゃん。絶対青柳さん、迷子になるじゃん』


 私の推し活を知ってる彼は、人を小馬鹿にするようなスタンプも追加で送ってきた。


『渋谷で美味しい町中華教えてあげようと思いましたが、絶〜〜〜〜対教えません』


 私は怒りを込めてLINEを打つ。


『その場所も青柳さん、1人で辿り着くの難しくない?』


 ぐぬぬ、私の弱点―─=迷子になりやすいことも、この男は知っている。

 ──山口やまぐちみなとは煽りLINEを送り続ける。


『そんなに馬鹿にするなら、1人で行きますから結構です』


『悪い、悪い。町中華、俺も気になるから一緒に行こう』


 隣を見ると申し訳なさそうにしているが、少しニヤけた顔もしている山口くん。


『山口くんはどっか行きたいところないのですか?』


 怒りを抑えてから、山口くんにも行きたいところはないのか聞いた。

 自分の推し活だけ付き合ってもらうのは、申し訳ないからだ。


『渋谷ダンジョンしたい』


『……どういうことですか?渋谷にお宝でも眠ってるのですか?それとも、何か冒険にでも行くのですか?』


 予想斜めすぎる答えに困惑する私。


『ウケる。そうじゃなくて、渋谷駅が工事しすぎて複雑だから、今どうなってるか確かめたい』


 私の発言に肩を震わせて笑ってる山口くん。


『さすが。普通の人とは目線が違いますね』


 皮肉を混ぜて、嫌味たらっしく返事をする。


 彼も推し活があり、それは。──彼はなのである。


 クラス替えの自己紹介のときに自分は鉄オタだと公言する強者。私と言えばそんな強者ではないので、読書と当たり障りのないことを言った。まぁ、色々な本を読んでいたり、図書委員もやってたりするので間違ってはないけど……。


『じゃあ、今度の日曜日は渋谷駅に集合で。よろしくお願いします、山口くん』


『OK』


 教室では「おはよう」や「バイバイ」の最低限の会話しかしない私たち。

 もし、私たちが教室で喋ったら、接点がないので恐らくクラスで目立ってしまう。お互いあまり目立ちたくないから、専ら会話するのは学校外か教室内でもLINEでしてる。


 数ヶ月前まではクラスメートと休日を過ごすとは思わなかったな。まして、一緒に推し活してるなんて……。


それも数ヶ月前の

『山口くん、私を東博とうはくに連れてって!』


 このひとことから彼と私の推し活するための奇妙な推付き合いおつきあいが始まった。

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