ミュージアム好きな私は超絶方向音痴なため、鉄オタのクラスメートに頼りすぎてしまう

ローラ・ローランド

第一部

プロローグ


 ある日曜日の東京駅


「そもそもドクターイエローって何でイエローなの?」


 朝早くからドクターイエローが到着するのを待ってる私たち。周りには一眼レフカメラを持った中年のオジサンや小さな男の子を連れたファミリー層ばかり。若いカップルなんて誰もいない──私たちを除いては。


「イエローな理由は夜間でも目立つようにするためだよ。元々、新幹線の線路などを点検する保守作業車が黄色だったのが大きな要因だけどね」


「そうなんだ」


「それと……黄色の理由はもう一つあって……」


 彼は今か今かとドクターイエローが来るのを待っている。心なしか体が左右に揺れている。


「ドクターイエローはお客さんを乗せる新幹線ではないから、駅にとまっているときにお客さんが間違って乗らないために目立つ色にしているとも言われてるんだ」


「あんなに黄色かったら飛び乗る可能性は低いね」


 ハイテンションな彼とは真逆にローテーションな私。

 私は彼の話を聞き流しながら、スマホでドクターイエローの特集ページを見て呟く。流し読みしてると、ある記事が目に飛び込んできた。


「ねぇ、この記事にドクターイエローが引退するって書かれてるけど、これからどうやって安全点検するの」


 彼に見えるように自分のスマホを近づけた。


「それは……」


 彼は辺りをキョロキョロと見回した。お目当ての新幹線があったのか、遠くを指差した。


「あそこに「N700S」って書いてあるだろう」


 私は目を凝らす。確かに車体の側面に「N700S」と書かれてる。


「「N700S」の車両に専用の機器を取り付けて安全点検が行われる予定なんだ」


 自信満々に彼は答えた。


「わざわざ違う新幹線を走らせる必要がないってスゴイね」

 

 そりゃあ、世界で1日の利用者数多い駅ランキング1位〜23位まで日本が独占する電車大国なんだから、そういう技術も発達するよね。

 ……って、私、いつの間にか鉄道に詳しくなってるじゃん。


 私は自分の思考に驚愕した。

 しかし、よく考えると当然のことだ。

 毎日のように彼から大量に送られてくる鉄道動画。ほぼ全部見ているから、詳しくなるのは当たり前かも。鉄分の受動喫煙恐るべし。


 物思いにふけてると、彼は悲しそうな表情をしていることに気づいた。


「どうしたの」


「ドクターイエローなんだけど………。これからはドクターイエローのような検査の専用車両は導入されなくなるんだ」


 今日は二人で東京駅を満喫しようという計画のもと、1番はじめにドクターイエローに会いに来た。

引退情報を知ってる彼であっても、今後ドクターイエローに会えなくなるのはやはり悲しいらしい。

 私は悲しい雰囲気を変えるため、急いで話題を変えた。


「ねぇねぇ、「N700S」とそこの「N700A」ってどう違うの?」


 彼の腕を強引に引っ張って、「N700A」を指差した。

 目の前で停車している「N700A」を眺めても、全ての新幹線が同じように見えてしまう。見た感じ遠くにある「N700S」とあまり変わらない。何が変わったかイマイチ分からない。


「「N700S」は外観はあまり変わらないけど、わかりやすい点だと、車内が変わったことかな」


 さっきの表情とは違い、水を得た魚のように生き生きと嬉しそうに答える彼。


「今までは窓側しかコンセントがなかったんだけど、この「N700S」では全席にコンセントがついたんだ」


 やっぱり、鉄道のことになると学校にいるときより饒舌になる。


「へぇ~」


「あともう一つ面白い点があって、前まで次の停車駅に着く時に、車内メロディーが流れてから到着放送、そしてしばらくしてからホームに滑り込むが主流だったんだ」


 家族旅行で大阪に行った時の新幹線では、確かにそんな感じだったような気がする。


「……けど、この「N700S」は到着前に座席の上にある荷棚周りの照明が明るくなって、乗客に荷棚にある荷物への注意を促すようにする機能が加わったんだ」


「ってことは忘れ物が多いってこと?」


「普通の電車でも網棚に忘れることってよくあるだろう」


 確かに私も網棚に華道の花袋を忘れたことがある。


「「N700S」ってスゴいんだね」


「いやいや、ドクターイエローだってスゴいんだぞ。東京ー博多間を1泊2日の日程で往復運行して、10日に1回のペースで検査してるし……まぁ、最新検査機器を搭載できないから引退なんだよな。あはは」


「……」


「……それにそれだけじゃなくて……今の東海道新幹線って最高時速が285㌔で、ドクターイエローが時速270㌔なんだよ。……運行ダイヤの隙間を縫って走るのが難しいって理由も引退理由なんだよな。アハハ」


「……」


 乾いた笑いをしてる彼。

 私は、呆れてものも言えなくなった。

 人が違う話題にしたのに、自らドクターイエローの話に戻すって馬鹿なのか。自ら傷を抉るマゾなのか。

 

「ドクターイエローって引退したあと、どうするの?」


 もう、私は話題は変えることを諦めて、ドクターイエローの話を続けた。


「……2025年1月に引退するドクターイエローは名古屋にある「リニア・鉄道館」に保存・展示される予定らしいよ」


 力なく答える彼。


「だから、青柳あおやぎさん」


 彼は力強く私の名を呼び、私の肩を強く掴んだ。


「今日のドクターイエローの勇姿を、一緒に、見届けよう」


 いや、私はそこまで鉄オタじゃないし……。あなたの影響で鉄分の受動喫煙しているだけだし……。


「まだ、そこまで鉄道に思い入れないので……遠慮します」


 オタクは沼にハマると中々抜け出せなくなる。違う推し活をしている私にとっては鉄道沼はハマりたくはない。

 推し活資金は無限ではないのだから。


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