第4話 店長との会話

 少女二人はブラウニーを平らげ、カフェオレも飲み干すと長居はせずに店を出て行った。会計を済ませる時に、友美が「いつも値引きありがとう」と店長夫妻に小声で礼を言っていた。由香里もぴょこぴょこと何度もお辞儀をしていた。

 可愛い少女たちだな、とその光景を見た悠真は思った。


 ふいに、カウンターの向こうの店長と目が合った。気を紛らわせるために、ちょっと質問をしてみた。

「こちらのお店の名前、上流豆ウエルズ亭ってやっぱりSF作家のH・Gウェルズが由来なんですか?」

「……いえ、違うんです。SFはSFでも火星人襲来の騒ぎを起こしたオーソン・ウェルズが由来なんです。あの、第三の男に出演した……ウィーンはカフェ文化がありますから」

 店長はハッとしたような表情の後、申し訳なさそうに答えた。悠真は再び不思議な感覚を覚えた。店長の反応が、まるで少女二人の会話を聞いた時の自分の空想を見透かしているように思えたからだ。もちろん自分が少し動揺しているからそう感じただけという事もある。

 そもそも、なぜ自分は動揺しているのか。悠真は自問した。それは……奇跡が起こってほしかったからに他ならないからではないか……。

 ああ、俺は晴夏の事が好きだったのか……。交流が途絶えて十年以上たった今になって、自分は失恋したのだと自覚した。今はどこにいるのか分からない相手に。

 

 今になってどうするのだ。時間の流れというものには手も足も出ないのに。悠真はそう思うとため息をついた。ただ、クルミ入りブラウニーをもう一度味わいたくなった。あの頃と同じ物は、探せばあるかもしれない。確か、先代のレシピを引き継いで作られていると聞いた。

「すみません、ブラウニーなんですけど、持ち帰りできますか」

「できますよ」

「あ、じゃあお願いします」

「じゃあ、みちる、お持ちかえりに」

「はい、お包みします」

 にこやかにみちるは返事をした。


 ブラウニーの包みを渡され、会計後に店長がふと口を開いた。

「ブラウニー余分にひとつ、おまけしておきました。せっかくの常連さんですから。またお越しください」

 その心遣いが悠真には温かく感じられた。空想は再び悠真の頭の中で転がる。この店長は本当に悠真の心の動きが分かっていたのではないか?と。おまけをくれたのはせめてもの慰めにではないのかと。

 店を後にした悠真は、自分の空想に思わず吹き出した。俺はこんなにも空想好きだったのか、と。


                      終 

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どこまでも今どこに 肥後妙子 @higotaeko

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