討伐!砦を守る飛竜!(2)

 谷間を吹き抜ける冷たい風が、枯れ草をわずかに揺らした。石畳の残骸が点々と続く古びた道を、ハルトたちは慎重に進んでいく。


「なんか、いかにも出そうな雰囲気だよね……」

みひろが身をすくめながら周囲を見渡す。


「見つかって火を吹かれたらひとたまりもないわよ。無駄に音を立てないで」

美玲が低く注意を促した。


「わかってるけどさ、こんなに静かだと余計に緊張するってば」

 みひろは肩をすくめたが、その声は小さく抑えられていた。


目指す砦は、目の前の谷間にぽつんと佇んでいる。石造りの壁はところどころ崩れ、長い時間を経ていることを物語っていた。苔むした門は半ば朽ちかけており、周囲の地面には人の気配はなかった。


「砦っていうより、廃墟だな。」

 宗冬がつぶやきながら、ゆっくりと歩を進めた。


「だけど、ここに怪物が潜んでいるって話よ」

 美玲が地図を確認しつつ、砦を指さす。

「この谷間が巣になっている可能性が高いわ」


「それなら、まずは外から様子を見てみよう」

 ハルトが一行を制して、砦の手前にある岩陰に身を潜める。


「うん。正面から入るよりも、遠くから観察した方がいい」

 月奈が静かに同意した。


 岩陰からそっと砦の上空を覗く。しばらくは何も見えなかったが、不意に遠くの空を横切る影が目に入った。


「いた」

 月奈が冷静に告げる。


「どこ?」

 みひろが身を乗り出そうとするが、美玲に肩を引かれた。


「動かないで。見つかるわよ」


 目を凝らすと、大きな翼が空を切る音が微かに聞こえる。山肌を沿うように飛翔するワイバーンが、砦の屋根に舞い降りた。


「……でっかい。」ハルトが息を呑む。


「思った以上ね」

 美玲も目を細める。

「翼を広げたら10メートルは軽く超えてるわ。」


「まるで空飛ぶマンモスじゃねぇか」

 宗冬が苦笑しながら呟く。


「空飛ぶマンモス……言いえて妙ね」


「問題は、どうやってあれを仕留めるか……だよな」

 ハルトが岩陰からそっと身を引いた。


「今の装備じゃ無理よ」

 美玲が首を横に振る。

「近づけば炎に焼かれるし、遠距離から狙う武器もない。少なくとも弓かボウガン、それに盾は必要ね」


「盾?」

 みひろが首をかしげる。


「火を吐かれるなら、防御手段は欠かせないでしょ」

 美玲は当然と言わんばかりに答える。


「私の盾じゃ小さすぎるしね」

 美玲は腕を組んで砦を睨む。

「怪物退治にはそれ専用の装備が必要ってわけ。ギリシャ神話に出てくるメデューサ退治の話、知ってる?」


「メデューサって、あの蛇の髪の怪物? 目が合うと石になるってやつでしょ?」


「ええ。英雄ペルセウスは、直接目を合わせたら石にされるから、鏡のように磨かれた盾を使って間接的にメデューサを見たの。盾に映った姿を見ながら近づいて、討ち取ったってわけ」


「へぇ~。なるほどね!」

みひろは感心してうなずく。

「じゃあ、今回も飛竜の火を鏡で反射すればいいってこと?」


「う~ん、炎を反射は難しいけど、火炎を正面から受けずに済む方法を考えるってことよ」

 美玲は苦笑しながら、さらりと答えた。


「投げ槍やクロスボウで少しずつ削るしかないわね。」

 月奈が控えめに提案する。


「でも槍って、投げたら回収が面倒だし……何本も持ち歩くのはきつくない?」

 みひろが不満げに顔をしかめた。


「それについては、なんとかなるかもしれない」

 ハルトが微笑みながら答える。


「とりあえず、街に戻って装備を整えましょう」


「そうだな。あのワイバーン相手に手ぶらは無理がある」

 ハルトが立ち上がる。


「装備を揃えて、改めて作戦を立てよう」

 月奈が小さく頷いた。


 一行はワイバーンに気づかれぬよう静かにその場を後にし、街へと引き返していった。




 カフェと看板が出されていたものの、それは現代的なものとはかけ離れていた。


 石造りの外壁に、木製の扉が重々しく嵌め込まれたこの店は、一見すると普通の酒場のようだった。しかし、扉を押し開けると、中には香ばしい焙煎の香りが満ちていた。


「なんか、おしゃれじゃない?」

 みひろが店内を見回しながら言う。


 店内は薄暗く、壁際には蝋燭がぽつりぽつりと灯されている。天井の梁には乾燥させたハーブが吊るされ、煮詰めたワインのような香りが微かに漂っていた。丸い木のテーブルと椅子が整然と並び、長旅を終えたような商人風の客が静かに飲み物を楽しんでいる。


「いわゆるコーヒーハウスね。中世末期から近世初頭にかけて、商人や学者たちが集まって情報交換をする場所だったわ」

 美玲がテーブルに腰を下ろしながら説明する。


「へえ。そんな時代にもカフェってあったんだ」

 ハルトが感心したように隣の椅子を引く。


「酒場が騒がしすぎるのよ。だから知識人や商人は、こういう静かな場所で取引や話し合いをしていたの」

 月奈が窓際に座り、外の石畳の通りを見やる。


 宗冬は奥の席で椅子を引き、壁に背を預けた。


「で、ハルト。スキルの話って?」

 ジュース——果汁を薄めた飲料を片手に、宗冬が催促する。


「そうだったな」


ハルトは軽くストローを回しながら、全員を見渡した。


「まず、みひろのスキルは『アポート』。印をつけた物体を手元に引き寄せられる。槍でも石でも、一度投げたものを戻せる力だ」


「え、なにそれ……なんか地味。もっとドーンって感じの派手な魔法がよかったなあ。砦を水攻めにしちゃうとかさ」

 みひろが少し不満げに肩をすくめる。


「次に宗冬。『タウント』は特定の相手の注意を引くスキルだ。囮役として、敵の目を引きつけるって感じだな」


「ふーん……つまり俺が盾役ってことか」

 宗冬は腕を組んで思案する。


「飛竜相手なら役に立つはずよ」

 美玲がそっとフォークを置きながら口を開いた。


「まあ、敵が火を吐くワイバーンだからな……うまく使えばかなり有利になるかもしれない」

 ハルトが静かに言うと、月奈が小さく頷いた。


「スキル——『マクガフィン』の力に頼りすぎるのは、私はあまり賛成ではないけれど、確かに選択肢は増えるわね」


「じゃあ、あとは実戦で試してみよう!」

 みひろはすっかり乗り気だ。


 カフェの静けさの中、ハルトたちはそれぞれの役割を確認し、迫りくるミッションに向けて気持ちを引き締めた。

 外の通りでは、夕暮れの光が石畳を赤く染め始めていた。



 街の石畳を踏みしめながら、ハルト、美玲、月奈は市場へと足を向けていた。陽が傾き始めると、露店の灯りが薄暮の中で温かく揺れる。


「それにしても、ワイバーン相手に正面から戦うなんて、さすがに無謀よね」

 美玲がそう呟きながら、革の手袋を嵌め直す。


「罠を仕掛けて、地上に降ろしてからが本番でしょう。飛んでるうちは手出しできないわ」

 月奈は細い指先で店先のロングボウを撫でながら言った。


「それなら、弓と罠をメインで準備しよう。遠距離攻撃できる手段は多いほうがいい」

 ハルトは立ち並ぶ武具店を見渡しながら、美玲に目を向ける。「それで、美玲が言ってた大型動物の罠って、どんなものなんだ?」


美玲は「待ってました」と言わんばかりに、軽く微笑んで解説を始めた。


「まず、ワイバーンのサイズを考えると……大型哺乳類、宗冬くんも言っていたけど、マンモスを狩るのに使われた罠が参考になるわね。たとえば、杭の森。木の杭を大量に地面に立てておけば、大型動物は不用意に着地できないわ。飛竜が降りたら翼を傷つけるのが狙いよ」


「杭の森……うわ、聞くだけで痛そうだな」

 ハルトは苦笑しつつ、その理屈に納得する。


「それから、落とし穴も定番ね。マンモス狩りでは、地面を掘って落とし穴を作り、下に尖った木の杭を仕掛けていたの」


「うーん、穴掘りか……間に合うかな」


「それは難しいわね。でも、現代なら簡易的な投網を使うのも手よ。低空飛行してきたところを狙って、網で翼を封じるの」


「投網か……確かに翼が使えなくなれば、あとは落ちるだけか」


 ハルトは店先に置かれた大きな網を見つけ、頷いた。

「これなら、砦の入口あたりに張れそうだな」


「火を吐く竜相手だから、網を濡らしておけば燃えにくくなるかもしれないわね」

 美玲がさらりと補足する。


 月奈がボウガンを手に取り、静かに弦を引き絞る。しなやかな動きの中に鋭い緊張感が漂う。


「月奈はボウガンにするのか?」


「ええ、私にはこれが一番しっくりくる」

月奈はそう言って、ボウガンを丁寧に戻した。

「ワイバーンが降りてきたときに確実に仕留めるには、飛び道具が必要になるわ」


「じゃあ、弓とボウガンを揃えようか。ハルトはボウガン担当ね」


「了解。美玲は長弓でしょ?」


「ええ。狙い撃つのは得意だから、任せておいて。あとはアレが必要ね」




 郊外の広場は草原が広がり、遠くには谷間の砦が小さく見えた。夕陽が低く垂れ込み、空を朱に染めている。


 みひろと宗冬は、市場の外れにある訓練用の広場でスキルの練習をしていた。


「ふふん、見ててね!」

 みひろが十文字槍を軽々と構え、全身のバネを使って勢いよく投げ放つ。槍は真っ直ぐ飛び、15メートルほど先の杭に見事突き刺さった。


「アポート!」


 みひろが印を浮かび上がらせると、槍はひゅんっと音を立てて手元に引き戻される。

「ほら、簡単でしょ?」

 満足そうに槍をくるくると回しながら、みひろは得意げにハルトを振り返った。


 ハルトは感心しつつも眉をひそめる。

「いや……普通に15メートル投げるのがすごいんだけど?」


「えー? こんなの余裕だよ!」

 みひろは無邪気に笑うが、横で見ていた宗冬は苦笑いする。


「確かに、普通の人間なら槍を10メートルも飛ばせりゃ十分だしな」


「でもさ、これじゃワイバーン相手には射程が短くない? そこは、ちょっと不安があるんだよね……」


「その対策は考えてあるわ」

 美玲が差し出したのは、短い木製の杖のような道具だった。

「これを使えば投げ槍がより遠くまで飛ぶわ」


「え、何これ?」

 みひろは不思議そうに棒を回してみる。

「魔法の杖とかじゃなくて?」


投槍器アトラトルよ。槍の飛距離を倍以上に伸ばせる道具ね。古代では狩猟や戦いに使われたものよ」

 美玲が説明する。


 みひろがさっそく受け取り、槍をセットする。

「こうやって……投げればいいの?」


「そう。慣れれば30メートル以上の距離でも槍を飛ばせるわ」


 みひろは興奮しながら、アトラトルを使って槍を投げる。槍は勢いよく空を切り、さっきよりもさらに遠くへ飛んだ。


「おぉ!これならワイバーンにも届きそうだね!」


「ただし、精度を上げるには練習が必要ね」

 美玲が釘を刺す。


「練習あるのみ、ってわけね!」

 みひろが気合を入れ直したところで、宗冬が不安げに呟いた。


「……俺のタウントでワイバーンが降りてくるかどうか、それが問題なんだけどな」


「まぁ、そっちはやってみないとわかんないさ」

 ハルトが肩を叩いて励ました。


陽が落ち、影が長く伸びる中、三人は再び練習に励んだ。ワイバーン討伐の準備が、着々と整えられていく。

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