討伐!砦を守る飛竜!(1)
「さて、これから新たなVRミッションを発表します」
カツン。教壇で鬼塚先生がヒールを鳴らした瞬間、教室はピタリと静まり返る。彼女の冷静な声には不思議と全員を従わせる力があった。
黒板に浮かぶディスプレイに『砦の怪物討伐』とだけ表示される。何の変哲もない文字が、ハルトたちにとっては新たな冒険の合図だった。
「今回からは、学院のシミュレータに新しい要素が導入されます。名付けて『マクガフィン』。現実には存在しない物体や法則がミッション内で付与される仕組みです」
生徒たちは一斉にざわめき、どよめきが教室中に広がる。
「ついに来たな!」
期待と興奮が渦巻く中、席を立ち上がりそうになる生徒までいた。
「どんなのが来るんだろうな!」
「魔法とかドラゴンとか!?」
「前に先輩が言ってた無限に湧く宝箱とかもマクガフィンらしいぜ!」
生徒たちは口々に憶測を飛ばし、教室はまるでお祭り前夜のような賑わいに包まれていた。
「静かに」
鬼塚先生がヒールを軽く鳴らし、その一言だけで教室は一瞬にして静まり返る。
「次のミッションに集中しなさい。期待は構わないけど、気を抜くと火傷するわよ。」
その言葉に、生徒たちはゴクリと息を呑んだ。
それでも、抑えきれない期待がまだ教室の空気に漂っていた。
「マクガフィンは二種類。ひとつはミッションの敵、もうひとつは『スキル』として班員のうち二名に付与されます。」
鬼塚先生が説明を続ける中、前方にはハルトの他に数名の生徒が集まっていた。各班の班長格が呼び出され、今回のミッションの詳細を事前に知らされるらしい。
「スキルって、どんなのがもらえるんですか?」
質問したのはスポーツ万能でハルトたちとは別の班の班長を務めるリーダータイプの生徒だ。短髪で日焼けした肌が特徴的で、常に前のめりな姿勢が目立つ。
鬼塚先生は軽く頷き、「班ごとにランダムで決まるわ。どんなスキルが付与されるかはミッション開始時までわからない。ただし、今回は事前に伝えておくわね。」
教壇に立つ鬼塚先生の前には、ハルトを含めた班長たちが並ぶ。前列には、腕を組んで自信ありげに頷く体格のいい男子や、静かに先生の話を聞く真面目そうな女子の姿があった。
ハルトの隣には、気だるそうに目を細める長髪の男子がいる。後方では、眼鏡を押さえながらメモを取る秀才タイプの生徒もいた。
「さて、スキルが付与された班員を発表します。」
鬼塚先生は手元のリストを確認しながら、一人ずつ名を告げた。
「
ハルトは少し驚きつつ、納得したように頷いた。
「……なるほど、そうくるか」
〇
ハルトが自分の席に戻ると、みひろと宗冬が机に寄りかかりながら待っていた。
「で、どうだった?」
みひろが身を乗り出してくる。
「みひろと宗冬がスキルをもらったらしい。」
ハルトが簡潔にそう伝えた。
「え、私!?」
みひろが驚き、ハルトの隣で小さく飛び跳ねた。
「俺か……?」
宗冬はいつもの落ち着いた態度のまま、少し首をかしげる。
「みひろ、良かったな!」
ハルトが笑いかけると、みひろは胸を張る。
「当然でしょ!やっぱり異世界モノはスキルがなきゃね!」
みひろは勢いよく立ち上がり、無邪気に喜びを爆発させた。
「とにかく、今回は二人に頼ることになるかもな」
ハルトは笑って言ったが、その視線は自然と美玲と月奈にも向けられた。
美玲は少し離れた席に座り、長い黒髪を指で弄びながら、ハルトたちのやり取りを聞いていた。彼女の横顔は淡々としているが、微かに視線を逸らすしぐさには興味が隠せていないようだった。
「スキルね……便利そうだけど、過信は禁物よ。」
視線を窓の外に向けたまま、美玲は肩を軽くすくめる。陽光が黒髪に差し込み、まるで絹のようにきらめいていた。
「珍しいな。てっきり『手元の装備で十分でしょ』って言うかと思ったよ」
ハルトが冗談めかして言うと、美玲は少しだけ口角を上げた。
「……まあね。でも、情報が揃わないうちは手札が多い方がいいでしょ。」
美玲の目が一瞬だけみひろを見つめる。楽しそうにはしゃぐ彼女の背中に、そっと応援の念を込めたようにも見えた。
月奈はその隣で静かに座っていた。銀髪が肩に滑り落ちるように流れ、伏せられた瞳が落ち着いた空気を漂わせている。
「きっと役立つわ」
控えめな声でそう言った月奈の言葉には、不思議と確信めいた響きがあった。
「月奈ちゃんがそう言うなら、なんだか安心するな!」
みひろが笑いながら月奈の肩を軽く叩く。
「根拠はないけどね」
月奈は静かに微笑んだまま目を閉じた。
ハルトは班の仲間たちの顔を見回しながら、次のミッションへの期待と不安を胸に抱いた。
(どんな怪物が待ち構えているのか分からないけど、このメンバーならきっと乗り越えられるはずだ。)
〇
シミュレータが低い電子音とともに起動し、視界が一瞬にして歪む。重力の感覚がふわりと浮き上がるように揺らぎ、次の瞬間、ハルトたちは足元からしっかりとした石畳の感触を覚えた。
目の前に広がっていたのは、まるで中世ヨーロッパを思わせる異世界風の街並みだった。瓦屋根の建物がずらりと並び、石造りの建物の壁は風雨に晒されて古びた風合いを漂わせている。市場らしき広場には露店が並び、雑多な品々が並ぶテーブルの間を、人々が忙しなく行き交っていた。
空は澄んだ青空が広がり、遠くには山並みが連なっている。
「ふぅ~!相変わらずリアルだね!」
みひろが両腕を大きく伸ばし、嬉しそうに街並みを見渡す。
「本当に異世界に来たみたいだな……」
宗冬は大剣を肩に担ぎながら、周囲を見渡して警戒する。
「……さて、まずは情報収集からね。」
美玲が先導するように歩き出すと、ハルトたちも後に続いた。
街を歩くにつれ、NPCたちが興味深げにこちらをちらりと見やる。だが、それ以上深く関わろうとする者はいない。異世界シミュレータにおいて、街の人々——NPCは生徒たちを旅人として認識している設定がなされているようだ。
「砦の怪物って、どんな姿なんだろうね?」
みひろが興味津々にあたりを見渡しながら言った。
「見れば分かるさ。敵が見えてから考えればいい」
宗冬は短く答えるが、わずかに額に汗が滲んでいる。
「まあ、そう焦らず。今回は情報収集もミッションのうちよ。」
美玲が露店の近くに立ち止まり、果物を並べる老人に声をかける。
「砦に巣食う怪物について、何か知っていることはありませんか?」
老人は顔を曇らせながら、ゆっくりと口を開いた。
「砦に住み着いたのは、ワイバーンだ。飛竜があんなところに巣を作るなんて、誰も思わなかったが……ここ最近は頻繁に街の家畜がやられてな。」
「ワイバーンか……」
美玲が顎に指を当てて考え込む。
「ワイバーンって、あの火を吐くドラゴンの仲間?」
みひろが少し不安げに尋ねると、美玲は首を振った。
「ワイバーンは……伝承の通りならドラゴンとは違って前足がなく、翼がそのまま腕の役割を果たしている飛竜よ。火を吐くかどうかは個体差があるけど……。まあ竜の一種なのはその通りね」
「まずは偵察が必要」
月奈が冷静にそう言った。
「確かに。実物を見ないことにはな」
宗冬も同意する。
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