討伐!砦を守る飛竜!(3)

 谷間に近づくにつれ、空気は冷たく、肌を刺すような感覚があった。山間を吹き抜ける風は、遠くから獲物を狙う猛禽の視線を感じさせる。ワイバーンが潜む砦は目前だが、ハルトたちの足取りは重い。


「……行くぞ」

 ハルトが短く号令をかけると、みひろ、美玲、月奈、宗冬が静かに頷いた。


 視界の先には谷底を切り開いたような狭間が広がっている。両側を挟む崖の斜面は荒々しく、足を滑らせれば命の保証はない。


「これだけ狭ければ、さすがのワイバーンも飛び回るのは難しいでしょうね」

 美玲が視線を砦へ向けながら、周囲の地形を観察していた。


「その分、逃げ場も少ないけどな」

 宗冬が苦笑する。


「戦うなら……やるしかないね!」

 みひろは力強くアトラトルを握りしめた。


「まぁ、その前にちゃんと作戦を立ててからだな」

 ハルトは険しい崖を見上げ、目を細める。


 彼らは街で準備した弓やボウガン、投槍器アトラトルを手にしていたが、真正面からぶつかれば命の保証はない。それを十分理解していたからこそ、入念な準備が必要だった。


「月奈、様子を頼む」

 ハルトの声に、月奈が静かに頷く。


「了解」


 月奈は砦の陰に身を隠し、足音を立てぬよう谷底を進んだ。銀髪が風に流れ、目を細めて上空を仰ぐ。


「……いたわ」


 月奈の声は小さく、それでも十分に緊張感を含んでいた。


 谷の上空、砦の一角にワイバーンがいた。


 巨大な翼を広げ、岩壁に爪をかけている姿は、まさに神話の怪物そのものだった。暗い灰色の鱗が光を反射し、鉤爪がゆっくりと岩肌を引っ掻いている音が響く。


「……でけぇ」

 宗冬がぼそりと呟いた。


「これが……ワイバーンか」

 ハルトも思わず息を呑む。


「空飛ぶマンモスって言ってたの、間違いじゃないかもね」

 美玲が冷静に分析を加えるが、表情は硬い。


「よし、地上に降ろそう」

 ハルトが目を細め、指示を出す。


「宗冬、タウントで誘導してくれ」


「了解」


 宗冬は大剣を握りしめ、一歩前に出る。谷間の静寂を切り裂くように、彼がスキルを発動させた。


「タウント!」


 周囲にうっすらと魔法陣が浮かび上がると、ワイバーンが反応し、鋭い視線を下へと向けた。


「来るぞ!」

 ハルトが叫ぶ。


 ワイバーンは大きく翼を広げ、空を舞い降りてきた。その巨体が降下するたびに、岩の破片が舞い上がる。


「みひろ、頼む!」

 ハルトの合図に、みひろがアトラトルを手に槍をセットする。


「行くよっ!」


 十文字槍が風を切り、一直線に飛ぶ。空中で反射する陽光が閃き、ワイバーンの喉元を狙った。


「……っ!」


 しかし、ワイバーンは空中で大きく翼を翻し、槍は紙一重で鱗を掠める。


「惜しい!」

 ハルトが悔しげに声を上げるが、みひろは冷静だった。


「大丈夫、戻ってきて!」


 アポートを発動し、槍が反転するようにひゅんっと音を立てて戻ってくる。その刃がワイバーンの翼の付け根をかすめ、鱗の隙間に突き刺さった。


「効いた!」


 ワイバーンが苦痛の咆哮を上げ、翼をバタつかせて体勢を崩す。


「よし、もう一度行くよ!」


 みひろは槍をキャッチするとひゅん、と回転させる。再びアトラトルを構え、今度は胸元を狙って槍を放つ。


「次は避けさせない!」


 槍が放たれると、ワイバーンは再び空中で体をひねる。しかし、その動きが逆に仇となった。アポートで戻ってきた槍が回避の軌道上に飛び込み、ワイバーンの胸を鋭く貫いた。


「ぐおおおっ!」


 ワイバーンがよろめきながら低空へと高度を落とす。


「ハルト、月奈、援護するわよ!」


「任せろ!」

 ハルトはボウガンを肩に構え、照準を合わせた。


「了解」

 月奈が静かに頷き、ボウガンの引き金に指をかけた。


「今だ!」


 二人が同時にボウガンを放ち、ワイバーンの口元を狙う。一本は顎に、もう一本は口腔の中に突き刺さった。


「いい感じ……!」


 ワイバーンは口から火を吹こうとしたが、痛みによって中断する。


「今よ!」


 美玲が長弓を構え、ワイバーンの目を狙って放つ。

 弓から放たれた矢が一直線に飛び、ワイバーンの左目に命中する。


「グルアアア!」


 ワイバーンは激しく翼を打ち鳴らし、苦しみながら飛び回った。


「目は潰したけど……まだ動けるみたいね」

 美玲が弓を引き絞りながら冷静に分析する。


「ここで飛び続けられたら、こっちが持たないぞ」

 宗冬が大剣を肩に担ぎ、低く構えた。


「なら、もう一押しだ」

 ハルトが腰に差していた短い棒を取り出す。その先には、簡素なハンコがついている。

「みひろ、これで頼む!」


「 あ、そのハンコ棒!任せて!」


みひろの顔がパッと明るくなる。


「これで直接ワイバーンに印をつける。アポートで引きずり下ろすぞ」


「はは、やっぱりやるんだね。面白そうじゃん!」

みひろは十文字槍を脇に置き、ハンコ付きの棒を受け取ると、不敵な笑みを浮かべた。


「でも、直接当てるって……どうやって?」

 宗冬が疑問を口にした瞬間、みひろは軽くアトラトルを振る。


「もちろん、投げるんだよ!」


 美玲が半ば呆れたように肩をすくめる。


「行くよ!」


みひろが棒を構え、谷を見下ろす。ワイバーンは旋回しながら距離を詰めてきていた。


「宗冬、タウントを!」

「おう、任せろ!」


 宗冬が剣を高く掲げ、もう一度タウントを発動する。魔法陣が足元に広がり、ワイバーンがそれに反応したかのように急降下してくる。


「今だ!」


 みひろが棒をアトラトルにセットし、思いきり振るった。棒が風を切りながら回転し、ワイバーンの翼へと飛んでいく。


「……当たれっ!」


 棒がワイバーンの脇腹に命中し、印がくっきりと刻まれた。


「よし! ハンコ成功!」

 みひろが満足げに頷く。


「お前、本当にやるな……!」

 宗冬が目を丸くする。


「次はアポートね!」


 みひろが印に手をかざすと、印が輝き、ワイバーンの巨体がぐいっと引き寄せられる。


「グルアアアア!」


 ワイバーンが重力に抗えず、崖に激突しながら地面に落下した。


「やった!」

 みひろが拳を突き上げる。


「まだ……動いてる!」

 宗冬が大剣を構えながらワイバーンを睨む。翼を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。


「美玲!」

 ハルトが叫ぶ。


「今よ!」


 美玲が冷静な声で指示を飛ばすと、すでに準備していた投網を肩に担いだ。


「月奈、こっちを手伝って!」


「了解」


 月奈が美玲の隣に立ち、二人で大きな投網を広げる。ワイバーンが体を起こしかけた瞬間、美玲が声を張り上げた。


「投げるわよ、せーの!」


 二人の腕が同時に振るわれ、網が弧を描いてワイバーンに覆いかぶさった。


「ぐるぁっ!」


 ワイバーンが網を振りほどこうと暴れるが、網の端が崩れた岩に絡まり、動きが封じられる。翼が網に巻き込まれ、体を起こすことも難しくなった。


「よし、翼を押さえた!」

 ハルトがボウガンを構え直す。


「宗冬、網の上から杭を打ち込んで!」


「任せろ!」


 宗冬が大剣を逆手に持ち替え、網を貫くように杭代わりに岩場へ突き刺した。ワイバーンが反発するが、投網がさらに絡みつき、動きがますます鈍くなる。


「あと少し!」


 みひろが槍を構え直し、ワイバーンの動きを観察する。


「みひろ、槍で止めを刺せるか?」


「やってみる!」


 みひろがアトラトルに槍をセットし、大きく振るう。槍は一直線に飛び、ワイバーンの胸元に突き刺さった。


「アポート!」


 槍が戻り、もう一度。再び槍を投げると、今度はワイバーンの喉を貫いた。


「……終わり、かな?」


 みひろが槍を引き寄せながら静かに呟いた。ワイバーンはもがきながらも、やがて動かなくなった。


「討伐……完了ね」

 美玲が弓を下ろし、深く息をついた。


「これでミッションは終了だ」

 ハルトが仲間たちを見回し、静かに微笑んだ。


 ワイバーンの巨体は、夕陽に照らされながら静かに横たわっていた。



 砦の奥は静かだった。

 戦いの余韻が谷に響き渡り、遠くで風が細く鳴いている。


「……入ってみようか」

 ハルトが慎重に先を促し、崩れた砦の入口を踏みしめる。


 中は荒れ果てていたが、長い間ここが住処であったことを物語るかのように、地面には動物の骨が散らばっていた。瓦礫の隙間から冷たい光が差し込み、薄暗い空間をぼんやりと照らしている。


「何もないように見えるけど……」

 みひろが周囲を見渡しながら進む。


 その時、美玲が足を止めた。


「……あれ」


 彼女の視線の先には、砦の奥に佇む大きな石のくぼみがあった。その中央に、ひとつだけ、静かに横たわるものがある。


「卵……?」

 ハルトが近づき、息を呑む。


 砦の薄暗い空間にぽつんと置かれたそれは、ワイバーンの卵だった。淡い灰色に光沢を帯びた表面が、砦の冷気を受けて静かに冷たく輝いている。


「ワイバーン……これを守ってたんだね」

 みひろの声が小さく響く。普段の陽気な彼女からは想像できないほど、静かで優しい声だった。


「親だったのか……」

 宗冬がぼそりと呟き、帽子を軽く外して胸にあてる。


「卵を守るために、砦に巣を作ったのね」

 美玲が穏やかに言った。いつもの冷静な彼女の表情も、今はわずかに曇っている。


 ハルトは卵のそばにしゃがみ込み、そっと手を伸ばした。指先が触れると、思ったよりも暖かかった。


「生きてる……」


「……どうするの?」

 月奈がそっと尋ねる。


「現実に持って帰ることもできないしな」


 ハルトはしばらく卵を見つめていたが、やがて小さく首を振った。


「ここに置いていこう。ワイバーンはもういないけど、この谷なら他の獣が手を出すことはないはずだ」


「そうね。それが一番かもしれないわ」

 美玲が小さく微笑んだ。


 みひろは槍を肩に担ぎ直しながら、卵に向かって小さく手を振った。


「元気に生まれておいでよ。私たちが相手だったら、ちゃんと手加減するからさ」


「手加減するのかよ……」

 宗冬が思わず苦笑するが、その口調に険しさはなかった。


「きっと大丈夫」

 月奈が柔らかく微笑んだ。銀髪が夕陽を受けて淡く輝く。


「さ、行こう」

 ハルトが立ち上がり、卵に一度だけ視線を向けた後、砦を後にした。


 谷間に夕陽が沈みかけている。ハルトたちの背後で、静かに卵が佇んでいた。

遠くで風が囁き、どこか優しい音を運んできた。

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