砂漠都市の水争い(2)
灼熱の太陽が砂丘を照らし、地平線の彼方まで続く砂の海に幻影のような揺らめきが浮かぶ。ハルトたちは砂漠国家の案内人ジャリムの指導を受けながら、次のミッションに向けて動き出していた。
「近くに枯れたオアシスがある。盗賊団がそこを拠点にしているが、地下にまだ水脈が残っているかもしれない」
ジャリムは険しい顔で地図を指差しながら説明する。
「もしその水脈を利用できるなら、砂漠都市アクレイドの未来が変わるかもしれない。しかし、相手は容易に水源を明け渡すとは思えない」
その言葉を聞いたハルトは真剣な表情で応じた。
「交渉か、最悪の場合は戦闘か……どちらにしても、平和的な解決策を見つけたい」
美玲は静かに頷きながら、「盗賊団の動機にもよるわね。ただの略奪者か、それとも水を必要とする別の理由があるのか……」と考え込む。
みひろが拳を突き上げ、「よし、みんなで力を合わせて解決しよう!」と声を上げると、ハルトの肩を叩いた。その笑顔にはいつもの元気と信頼が込められている。
美玲は手元のメモを整理しつつ、「まずは現地の地質と水脈の調査ね。灌漑技術を応用するなら、実地の情報が不可欠だわ」と冷静に言葉を重ねる。
ハルトたちはジャリムの案内で、盗賊団の拠点とされる枯れたオアシスへと向かうことになった。
砂漠は想像以上に過酷だった。炎天下の太陽が容赦なく砂を焼き付け、気温は信じられないほどに上昇している。肌にまとわりつく乾いた熱風は、喉を締めつけるような錯覚すら覚えさせる。足元の砂は歩くたびに崩れ、まるで進むたびにエネルギーを奪われていくようだった。
ハルトたちは、ジャリムの指導通りにゆっくりと一定のリズムを保ちながら歩き続ける。
「……これが砂漠のリアルってやつか」
ハルトがポツリと呟く。背中を流れる汗が、彼の声に重さを加えていた。
「異世界の砂漠だからって甘く見てたけど……現実と大差ないね」
みひろが額の汗を拭きながら苦笑する。いつもの元気な彼女も、砂漠の試練には苦戦しているようだ。
「水分補給は定期的にしなさい」
美玲が冷静な声で呼びかける。手には計画的に分配された水筒を持ち、みんなに配りながら歩いていた。彼女の完璧な計算と指揮のおかげで、消耗しきる前に補給ができている。
「ありがとう、美玲ちゃん。まるでお母さんみたい」
みひろが冗談めかして言うと、美玲は少しだけ表情を緩めた。
「当たり前よ。管理ができなければ、砂漠では生き残れないもの」
そのやりとりを少し後ろから見守っていた月奈が、ふと立ち止まった。彼女の視線は、延々と続く砂の海を越えた地平線の彼方に向けられている。
「……あともう少し。この先に目的地のオアシスがあるはず」
淡々とした声だが、その裏には確かな決意が感じられる。彼女の言葉がどこか希望を灯し、ハルトたちの疲労感をわずかに和らげた。
ジャリムが立ち止まり、全員に向けて短く声を上げる。
「ここから先は危険地帯だ。奴ら――盗賊団の連中は、オアシスの周囲に見張りを立てている。動きひとつで気配を察知されるだろう。油断すれば、命は保証できない」
その言葉に、緊張感が一気に高まる。一同の間に重たい空気が漂う中、ジャリムはさらに続けた。
「ここか……」
ハルトは遠目にテントを見ながら呟いた。その目は警戒心に満ちている。
ジャリムが低い声で言う。
「盗賊たちは力を誇示しているが、実際は彼らも水不足で困窮しているはずだ。ただ、それが交渉材料になるかどうかは分からない」
ハルトは考えを巡らせた。
「交渉が可能なら、それが一番だ。俺たちが水脈を調べて、使える状態にできるなら、争いを避けられるかもしれない」
「それにしても、彼らがすぐに話を聞いてくれる保証はないわ」
美玲はオアシスの様子を観察しながら冷静に意見を述べる。
「戦闘に備える準備もしておくべきね」
月奈は視線を遠くに向けたまま呟く。
「まずは接触してみましょう。彼らの本心を探るべきよ」
砂丘を越え、オアシスの入り口にたどり着いたハルトたちは、一息つく間もなく緊張感を抱えたまま、盗賊団の本拠地へと足を踏み入れた。緑がほとんど消えかけたオアシスの中、複数のテントが並び、粗雑な武装をした盗賊団員たちが目を光らせている。
彼らの視線が一行を鋭く射抜く中、ジャリムが小声で警告する。
「ここからは一言一句が命取りになる。リーダーに直接話を通すんだ。部下たちは疑り深いし、戦闘を厭わない連中ばかりだ」
ハルトは唾を飲み込みながら頷く。後ろで宗冬が大剣の柄を握りしめ、静かに周囲を警戒していた。みひろや美玲も緊張で表情が引き締まり、月奈は無言で前方を見つめている。
やがて、一行の前に盗賊団のリーダーが現れた。大柄で、日に焼けた肌と精悍な顔つき。鋭い目つきの奥には、どこか疲労の色が浮かんでいる。彼は一行をじっと見据え、低い声で問いかけた。
「何者だ」
その一言には威圧感があり、周囲の部下たちがさらに剣を握る手に力を込める。その時、ジャリムが前に進み出て、落ち着いた声で言った。
「……ケルスか? ケルス・サーハだな?」
その名を聞いたリーダーは一瞬動きを止め、目を細めてジャリムを見つめ返した。
「その声……ジャリムか?ずいぶんと久しぶりだな」
「間違いない。俺だよ、ケルス」
ジャリムは小さく微笑みながら、穏やかに答えた。
「昔、一緒に砂漠を駆けた仲間が、こんなところで盗賊のリーダーをやっているとはな」
ケルスは苦笑し、肩をすくめた。
「今の時代じゃ、生き延びるためにはやれることをやるしかない。それに、俺たちがただの盗賊だと思うなら、それは誤解だ。俺たちはこの砂漠で生きる術を知っている者たちだ」
「知っているさ。だからこそ話がしたい」
ジャリムの声には昔を懐かしむような響きがあった。
「ケルス、お前なら分かるはずだ。このまま争いが続けば、オアシスそのものが失われる。俺たちは水脈を探してこの地を救おうとしているんだ」
そのやりとりに、ハルトたちは驚きつつも緊張を緩めずに様子を見守る。ケルスは一行を見回し、低い声で問いかけた。
「で、この若者たちは?」
ジャリムが答える。
「特別な知識と技術を持っている。お前が話を聞いて損することはないはずだ」
ケルスはジャリムの言葉にしばらく考え込むような表情を浮かべた後、手を上げた。彼の合図で部下たちは武器を下ろし、緊張感がほんのわずかに薄れる。
「……話だけは聞いてやる。ただし、俺たちの条件もある。それを呑むかどうかはお前たち次第だ」
ハルトたちは重い空気の中で頷いた。交渉が始まるが、薄氷の上を歩くような状況が続く。オアシスの水脈調査と盗賊団との共存案――その実現が、この砂漠地帯の未来を大きく左右することになる。
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