砂漠都市の水争い (1)

 東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院の実習室は、いつものように緊張感に包まれていた。シミュレータブースに並ぶ学生たちは、それぞれのサイバースーツを調整しながら、今回の新ミッションに備えている。


 火星車ひぐるまハルトは、モニター越しに説明を続ける鬼塚冴子先生の声に耳を傾けていた。


「今回のミッションは、砂漠の異世界都市『アクレイド』における水源問題の解決よ。地下水が枯渇し、部族間の争いが激化している状況を収めることが目標。戦闘だけではなく、対話と技術の応用が求められるわ」


 鬼塚先生は、ハルトたちを見渡しながら続ける。


「砂漠地帯での生活は過酷よ。適応するための知識を学びつつ、最善の解決策を見つけなさい。現地では水源を巡る盗賊団の活動も確認されているわ。準備はいい?」


「砂漠かあ……暑そうだな」

 ハルトが額の汗を拭うような仕草をすると、隣にいた長住みひろが笑顔で肩を叩いた。


「でも異世界の砂漠文化とか、ちょっと楽しみじゃない?何かすごい発見があるかも!」

 赤茶色の髪が弾むように揺れ、彼女の興奮が伝わってくる。


 一方、藤原美玲は腕を組み、真剣な顔で考え込んでいた。

「灌漑システムを構築するにしても、現地の地形や技術力を調査しなきゃね」


「……水源と水路の確保が鍵になるかも」

 御船月奈が静かに口を開く。その冷静な声にハルトは頷いた。





  シミュレータが稼働し、時間加速モードが作動すると同時に、ハルトたちの視界はぐにゃりと歪み、瞬きひとつの間に景色が変わった。


 そこは広大な砂漠が広がる異世界だった。太陽は容赦なく降り注ぎ、砂丘が波のように連なり、熱気が立ち上っている。


「うわ……これ、マジで灼熱地獄じゃん」

 みひろが額の汗をぬぐいながら、興奮と驚きが入り混じった声をあげる。彼女の赤茶色の髪が灼熱の風で揺れていた。


「想像以上に過酷な環境ね」

 美玲は整えた黒髪を手で押さえつつ、遠くの砂丘を眺めている。その端正な顔には緊張感が漂っていた。


「ここが砂漠国家『アクレイド』か。想像していたよりも人影が少ないな……」

 ハルトは汗が額から流れるのを拭いながら、辺りを見渡した。どこか荒廃した雰囲気が漂い、町の入口とおぼしき石造りの門の周囲にも人の気配はほとんどない。


「この暑さ、現実だったら生き残るのも難しい」

 月奈が静かに呟き、足元の砂をつま先で払いながら周囲を観察していた。彼女の涼しげな銀髪は砂漠の光を反射し、かえって鮮やかに映えていた。


 そんな彼らのもとに、一人の男が現れた。日焼けした肌にターバンとマントをまとい、腰には短剣を差している。まさに砂漠の民といった風貌だ。男は鋭い目つきでハルトたちを一瞥すると、低い声で口を開いた。


「お前たちが学院から派遣された特使か」


「そうです。問題解決のために派遣されました」

 ハルトがやや緊張しながら答えると、男は一瞬だけ険しい表情を和らげた。


 美玲が一瞬、ハルトに目くばせをする。


(今回はNPCのナビゲーターがいるのね)


 ハルトはうなずきを返した。


(そうみたいだな)


「私はジャリム。この地でバシャーリー……砂漠の案内人を務めている。ここへ来た以上、お前たちにはこの砂漠での現実を知ってもらわねばならん」


 ジャリムはゆっくりと砂の上に膝をつき、近くの岩陰を指差した。

「ここでは数年前から地下水が枯渇し、部族間で争いが絶えない。だが最近では、盗賊団が主要な水源を占拠し、住民たちは飢えと渇きに苦しんでいる」


 その話に、ハルトたちは思わず顔を見合わせた。


「水を奪われた住民たちはどうやって生活しているんですか?」

 ハルトの問いに、ジャリムは低く息を吐いた。


「生活なんてものはほとんど存在しない。ただ、生き延びるための手段を模索しているだけだ。私たちはあらゆる手を尽くしているが、それも限界が近い」


 案内人が厳しい口調で言い放った言葉は、乾いた砂漠の風とともに重く耳に響いた。

一瞬の静寂。ハルトたちはその厳しさに息を呑んだ。


「……そんな」

 みひろがぽつりとつぶやく。いつも明るい彼女の表情が曇り、赤茶色の瞳が揺れる。異世界の文化や風景に胸を躍らせていた彼女にとって、この言葉は衝撃的だったのだろう。


「生き延びるための手段……そんな状況に追い込まれているなんて」

 美玲は眉をひそめ、理知的な声で問いかけるように言った。その目には同情だけでなく、問題を解決しようとする意志が見え隠れしている。


「でも、具体的にはどんな問題があるの? 水源の枯渇だけじゃないはずよね?」


 案内人は美玲をちらりと見やり、肩を落としながら答えた。

「その通り。水源の問題だけではない。食料不足、盗賊団の脅威、そして……それらの困難によって人々の希望が失われつつある、ということだ」


「希望を失うのが一番つらい……」

 月奈が静かに言葉を紡ぐ。その青い瞳はどこか遠くを見つめるようで、彼女自身もまた過去に似た思いを抱えたことがあるのだろうか。冷静さを保ちながらも、その声には深い憂いがにじんでいた。


「……でも、何とかできるかもしれない」

 ハルトが口を開いた。その声には迷いとともに、かすかな決意が混じっている。


「俺たちがこの世界に来たのは、こういう状況を変えるためなんだろう? 生き延びる手段だけじゃなくて、生活を取り戻す方法を探せばいい」


「ハルトくん……」

 みひろが彼を見上げ、少し驚いたような表情を浮かべる。その口元にはかすかな笑みが戻りかけている。


「でもどうやって?」

 美玲が即座に問い返す。

「この状況を抜け出すには、具体的な計画が必要よ。ただの情熱だけじゃどうにもならない。」


「だからこそ、案内人さんの知識やこの土地の人々の経験が必要だよね」


 ハルトは案内人に目を向けた。

「俺たちは、ただの外部から来た人間だ。だけど、現代の知識や技術を持ち込めば、何か変えられるかもしれない。ジャリムさん、教えてくれますか? この土地で生き延びるために、今一番必要なことは何でしょう?」


 その言葉に、案内人はじっとハルトを見つめた。

「お前たち、本気でこの問題に向き合うつもりか?」

 低く、しかし興味深げな声だった。


「もちろん」

 ハルトは軽く拳を握り、笑顔を見せた。

「俺たちは学院で鍛えられてきた。少なくとも、何もしないで諦めるつもりはないよ」


 案内人は深く息を吐くと、静かに頷いた。

「ならば、ついてこい。お前たちに、この地で本当に必要なものを教えてやる」


 そして、厳しい砂漠の風に吹かれながら、彼らは新たな一歩を踏み出した。

「まず、お前たちは砂漠で生き延びる術を学ぶ必要がある。この環境で動き回るのは命を削る行為だからな」

 ジャリムの声に従い、ハルトたちは基礎訓練を受けることになった。


「砂漠では無駄に体力を消耗しない歩き方が重要だ」

 ジャリムは砂地に足を踏みしめながら説明を続ける。


「早歩きは厳禁。一定のリズムを保ち、足を引きずらず、体重移動を意識して歩け。そうすることで、水分の消耗を最小限に抑えられる」


 美玲はノートを取り出し、真剣な表情でメモを取り始めた。

「体重移動……これも生存の知恵なのね。意識してやってみるわ」


 みひろはその横で、砂地に足を踏み入れながら、「まさに砂漠での冒険って感じ!こういうの、ちょっと楽しいかも!」と笑顔を見せる。


「楽しいって……まあ、らしいけどね」

 ハルトはみひろの無邪気な態度に、少しだけ緊張が和らぐのを感じていた。


 月奈は周囲を見渡しながら、「砂漠では情報収集も重要よ。無駄な移動を減らすためには、地形をしっかり把握する必要がある」と指摘した。


「そうだ。特に日中の暑い時間帯は直射日光を避け、日陰で休む。移動は朝早くか夕方にするのが基本だ。砂漠では時間の使い方が生死を分ける」


「へぇ、なんだか探検家みたいだね!こういうのも異世界探検の一環だよね!」


 みひろは笑顔でそう言いながら、水筒の水を一口含んだ。ハルトはその無邪気な様子に少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。


 一方で、美玲は冷静にノートを取り出し、ジャリムの話を記録している。


「日中の移動を控える理由は、体温調節に加えて水の蒸発を防ぐため、ということですね」


「正解だ。砂漠では水は財宝だ。手に入れることも難しいが、無駄に失うのはもっと愚かだ」


 ジャリムはさらに、簡易な避難所の作り方や、砂嵐が発生した際の対処法についても教えてくれた。ハルトたちはそれぞれの役割を分担しながら訓練を続けた。

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