幕間 いつかの昼休み

 昼休み、東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院の教室には、のんびりとした空気が流れていた。窓からは春の柔らかな陽光が射し、校庭の緑が淡い風に揺れている。午前中の講義や基礎訓練を終えた生徒たちは、思い思いに席でお弁当を広げたり、購買部へ走ったり。

 この学院では、実践的な技術習得の一環として「自分で弁当を作る」ことが推奨されている。調理スキルや衛生管理、栄養バランスへの理解を深めるためだ。だからハルトも、今日は自分で頑張って作った弁当を持参していた。


 火星車ひぐるまハルトはいつもの仲間たちと学院のラウンジに集まっている。


 ハルトは、やや緊張しつつ弁当箱の蓋を開ける。慣れないながらも、今朝早起きして作った卵焼き、唐揚げ、ほうれん草の胡麻和え、簡素な漬物が詰まっている。彩りは素朴だが、自分なりに工夫してみたつもりだ。


 「わー、それ、美味しそうじゃん!」

 隣から、長住みひろが弾けるような声を上げる。赤茶色の髪を軽くはねさせて、ハルトの弁当を覗き込むその瞳は、興味津々だ。


 「ハルトくん自作のお弁当? 卵焼き、ふわっとしてそう~。ねえ、一口ちょうだい!」


 「ふん、私のランチは栄養バランス完璧よ。」

 ツンとした声で加わるのは藤原美玲。彼女は自作弁当に玄米ご飯や色鮮やかな野菜、魚介を盛り込んでいる。


 「この学院では調理技術も評価されるし、現代日本の栄養学知識を応用するのが常識。私が作ったのはカロリー、ミネラル、ビタミンをしっかり考えた一品よ。」


 みひろが「うわ、ガチ健康志向だ。」と苦笑すれば、美玲は得意げに鼻を鳴らす。


 「……私も、サンドイッチを作ってきた。」


 御船月奈が控えめな声で包みを開く。薄くスライスしたパンに、レタス、トマト、そしてグリルしたチキン。シンプルながら清潔感があり、美しく整っている。


 「新鮮な野菜がいつでも手に入るのは、現代日本の食料流通のおかげ。こういう生のサラダが食べられるのはありがたい。……シミュレータ内の仮想食品に比べて。」


 ハルトは少し照れつつ自作弁当を見回す。みんなすごく手際が良くて見栄えも美しい。それに比べて自分のは、卵焼きは形が不揃いだし、唐揚げは衣が少し剥がれている。


 でも、みひろが「一口ちょうだい!」と嬉しそうだし、それだけで救われる気分だった。


 「いいよ、卵焼き、どうぞ。」


 ハルトが小さく切った卵焼きを楊枝で差し出すと、みひろはパクッと頬張る。


「うん、甘さ控えめだけど、出汁がほんのり効いてる!」


 美玲が「私にも味見させて?」と首をかしげる。「あなたのお弁当を試食するのも実践的知識になるはずだから。」と、言いつつ、その瞳は少し期待しているようだ。

 ハルトは卵焼きをもう一切れ渡す。美玲は上品に口にして、「なるほど、改善の余地はあるけど出汁の風味は悪くないわ。もう少しカルシウム成分を増やせば完璧かも。」


 月奈は何も言わず、サンドイッチをハルトへ少し差し出す。

「……よければ、試して。」

 その沈黙の誘いには微かな期待が込められている気がして、ハルトはドキリとする。


「じゃあいただきます」


 一口かじると、シャキッとしたレタスが口中に広がる。


「新鮮でおいしいな!こういう素材の味って、シミュレータ内では再現しきれなかったよね。」

 月奈は「でしょ?」と微笑む。


 ここで野牛宗冬が控えめに手を挙げる。


「俺も弁当あるんだけど…」


 宗冬は質実剛健な煮魚と海苔が乗せられた白米中心の弁当を見せる。力飯スタイルだが、女子たちは自分の味見や評価で盛り上がっていて、あまり反応しない。

 居心地悪そうな宗冬を見て、ハルトが「宗冬の煮魚も気になるな」と声をかける。

 「まじで?いいよ!」と宗冬は嬉しそうに焼き魚を少し分ける。


 ハルトが「うまい、煮加減がいいね」と褒めると、宗冬は照れた笑顔を見せた

「これ、家で煮込んだんだ。見た目は地味だけどな。」


 こうしてハルトは卵焼きや唐揚げをみひろや美玲、月奈に分け、彼女たちもおかずやサンドイッチをハルトに、そして最終的に宗冬とも少しだけ交換する形になる。いつの間にか「味見交換会」状態だ。


 「へへ、いろんな味が試せるなんて、なんだか贅沢じゃん!」みひろは満面の笑み。

 美玲は「いろんな栄養素を一度に摂取できるのは理想的ね」とすまし顔。

 月奈は静かに頷いているが、その目は満足そう。

 宗冬は「まあ、俺のも悪くなかったみたいでよかった」と安堵の表情だ。


 「で、ハルくん、どれが一番美味しかった?」みひろがズバリ切り込んだ。


 美玲も「そうね、はっきり言ってみなさいよ」と迫り、月奈は黙ってハルトを見つめる。


 ハルトは「え、えっと、全部美味しかったよ!」と苦笑いで切り抜けるしかなかった。


 「それじゃ不公平!」みひろが笑い、美玲は「ふん、ま、仕方ないわね」と笑みを浮かべ、月奈は微かに肩をすくめる。

 宗冬は「ハルトらしいな」と苦笑するが、和気あいあいとした空気にほっとしているようだった。


 結局、誰が一番かは決まらないが、それでもいい。こうして、手作り弁当を味わい合い、笑い合う時間は彼らの距離を少しずつ縮める。

 シミュレータ内では味気ない仮想食ばかりだったけれど、現実世界の素材や栄養、そして愛情が込められた弁当は、彼らの心を穏やかに満たしてくれる。


 窓の外で小鳥がさえずり、春風がテラスのカーテンを揺らす。そろそろ午後の授業が始まる時間だ。

 ハルトは心の中で(なんだか、いい昼休みだったな)と思いながら、弁当箱を片付けた。


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