異世界都市の経済を救え!(2)
商人ギルドは「あんた達には感謝するよ。取引相手を増やし、保険でリスクを減らし、ガラス工芸を売り込み、さらには下水道整備や衛生教育で疫病対策まで…こんな多面的な改革、夢にも思わなかった!」と大喜び。
美玲が補足する。
「水路清掃や公衆衛生の徹底で疫病を抑えれば、生産人口が安定します。芸術祭を開き、工芸品のブランド化も可能です。芸術祭やブランド戦略で都市の評判が上がれば、遠方からも好奇心を持った商人が来るでしょう。そうやって交易ネットワークを再び広げるの」
ハルトたちが異世界都市『ヴェネツィーラ』の商業再生に向けて活躍しているその傍らで、
いつもなら、彼は大剣を担ぎ、敵対する勢力からキャラバンを守ったり、治安維持で活躍できる。だが、今回のミッションは経済の再建。剣を振るう出番もなければ、力任せに問題を解決できる場面もない。
港の一角、木箱が積まれた倉庫の影で、宗冬は密かに息をつく。目を凝らせば、ハルトが商人と笑顔で話し、みひろが異文化的なアイデアを飛ばし、美玲と月奈が複雑な帳簿と文字解読で問題をクリアしているのが分かる。
三人が有能に立ち回る中で、ハルトは不思議な人たらしの才能を発揮し、NPCたちを自然と前向きな気持ちにさせている。
少し前に鬼塚先生から聞いた評価基準を思い出す。
今回の実習では、単なる戦闘力ではなく、対人交渉や計画立案、サポートスキルが求められると言っていた。ハルトは対人交渉面でNPCとの橋渡しをしたし、みひろや美玲、月奈が知識と技術で都市再生策を提示した。
宗冬は唇をかみしめた。クラスメイトたちに比べ、自分は何をすればいいのか分からない。この世界で剣を手に戦えば、少なくとも害意を持つ者から守ることはできる。でも、今のところ、この商業都市に外敵はいない。防衛するべき船団も、襲撃してくる海賊の気配もない。
ただ、時間と取引と知恵で都市を立て直す課題があるだけ。武力など必要ない状況なのだ。
「俺は、何ができるんだろうな……」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いてみる。
ハルトたちは商人たちと交渉し、金融制度を取り入れ、衛生対策を施し、ブランド戦略を描いていく。その画面越しには、鬼塚教官が微細にチームの行動をモニタリングし、スキル評価が進行しているはずだ。対人交渉スキル、知識応用スキル、商業や資源管理スキルなど、宗冬には実感しにくい要素が多い。
彼は、力と根性で困難を突破してきたタイプだ。荒野での護衛ミッションや、盗賊の襲撃を撃退する場面なら、この腕力を余すことなく振るえた。
しかし、今は経済の話、通商の話、帳簿の話……自分の得意分野がまるで関係ない。周囲で輝く仲間たちの背中が遠く感じる。
ふと、遠目にみひろが笑顔でハルトを振り返るのが見えた。彼女は興奮気味に何かを説明し、ハルトも優しく頷いている。美玲は静かに手元のメモを整理し、月奈は落ち着いた表情でNPCに説明を加えている。完璧なチームプレイ——そこに自分が割り込む隙はあるだろうか?
宗冬は焦りと劣等感を抱えて、斜陽に包まれた倉庫裏で拳を握る。いつか戦闘ミッションが来れば、また自分の居場所があるはずだ。
だが、そう考える自分が、あまりにも単純な男に思えてくる。「剣や力以外で、俺が役立てることはないのか?」と自問する。
「俺だって、何かできるはずだ……」
そう思いながら、宗冬は遠くで交渉を続ける仲間たちを見据える。今は役立てなくても、仲間を理解し、彼らから学び、いずれ自分の道を見つければいい。静かな決意が、その胸の奥で静かに燃え始めていた。
シミュレータの時間加速システムが作動し、数週間分の変化が一気に構築される。
港湾には新たな船が発着し、保険付きの契約で商人たちは大胆な交易を再開。ガラス工芸品は芸術祭で評判になり、来訪した異国の商人が「こんな美しいグラスは初めてだ」と目を丸くする。
美玲が提案した衛生対策で疫病が沈静化し、市場を行き交う人々の表情には明るさが戻っていた。
この光景を見て、みひろは身を乗り出し、「見て見て、すごくいい感じ!」とハルトに伝える。彼女はまるで自分のことのように喜んでいる。美玲は満足げな笑みを浮かべ、月奈は穏やかな眼差しで成果を確認している。
ハルトは心が温かくなる。仲間たちの知恵と努力が、この異世界の都市を活気づけたのだ。それがたとえAIによってシミュレーションされた『異世界』内ミッションであったとしても。
〇
シミュレータからの帰還は、いつも不思議な感覚を伴う。ハルトたちがサイバースーツを脱ぎ、狭いブースから出ると、異世界シミュレータ実習室が現実の輪郭を取り戻した。硬い床、白い壁、近未来風のパネル群――だが、外はもうすっかり夕方で、西日が差し込む廊下には長い影が伸びていた。
「ああ、疲れた……でも充実感あるね!」
みひろはぐっと伸びをしながら、ハルトに無邪気な笑みを向けた。
彼女はさっきまでの異世界シミュレータ内での狂騒を楽しんだらしく、まだ興奮が冷めていないようだ。
美玲は髪を整え、「今回の結果、鬼塚先生からどう評価されるかしら」と小声でつぶやく。
月奈は無言で微笑むだけだった。
廊下は淡いオレンジ色の光に包まれている。学生たちは既に多くが帰り支度を始め、実習室前のロビーは閑散としてきた。
そのとき、宗冬は視界の片隅に奇妙な人物を捉えた。いつも見慣れた学院の用務員風の服装だが、どこかぎこちない様子に見える。目元以外を布で覆うスカーフを巻き、顔を隠している。
「……あの人、見たことあったっけ?」
宗冬は眉をひそめる。シミュレータ室方面へと向かう廊下を、その人物はゆっくり歩いていたが、足取りが妙に落ち着かない。左右を頻繁に気にしているようにも見える。
何かおかしい、と宗冬の直感が告げる。宗冬は一歩前に出て、その人物に声をかけようとした。
「すみません、そちらの方――」
その瞬間、用務員風の人物はびくりと肩を震わせた。まるで図星を突かれたような反応だ。宗冬が近づく前に、相手は踵を返して逃げ出した。
「おい、待ってくれ!」
宗冬が一歩踏み出すと、相手は小走りに廊下を引き返す。足元がもつれそうになりながら、消火器ケースの横をすり抜け、曲がり角へと急いで逃げていく。その背中にはやはり違和感がある。学院の用務員が、こんなに挙動不審な動きをするはずがない。
追いかけるべきか、宗冬は一瞬迷った。だが、武器もないし、今は奇妙な相手を追い詰める理由も確定していない。
万が一無理に追いかけてトラブルになれば、責任を負うのは自分だろう。ここは現実だ。異世界じゃない。学院は関係者以外は簡単に出入りできないはず。
心拍がわずかに上がる。宗冬は結局人物を追わず、曲がり角の先に誰もいないことを確認した。
「どうしたんだ、宗冬?」
背後からハルトが首を傾げて近づいてくる。みひろと美玲、月奈も怪訝そうに視線を注いでいる。
「いや、さっき用務員みたいな恰好をした奴が、シミュレータ室に向かおうとしてたんだけど、呼びかけたら逃げて行ったんだ。」
宗冬はハルトたちに申し訳なさそうに言う。
「先生に報告しておこうか……」
ハルトは思案げに眉を寄せる。
みひろは大きな声で「え!? なんだろう! 不審者!? それともスパイかなあ、気になるなあ!」と言った。
美玲と月奈は訝しげにしている。
この学院には何かが隠されているのかもしれない。
宗冬は空を仰ぎ見るように、天井の照明を見つめた。己の力を発揮できる時をじっと待つ、その気持ちが胸中でかすかな焔となって揺らめいていた。
ハルトは不審者の件とは別に、宗冬が少し寂しそうな顔をしているのにも気づいていた。宗冬は今回は活躍できず戸惑っているようだった。
でもハルトは分かっている。宗冬もまた、このチームになくてはならない存在だと。もし別の困難があれば、宗冬は迷わず飛び込み、皆を守る力になってくれるだろう。
「……今回はみんな、ほんと頑張ったよな」
(俺が取り立てて特別じゃなくても、これでいいんだ。みんなで前に進めたなら)
廊下にはもう夕方の柔らかな光が満ちている。西日が窓ガラスを透過し、床にオレンジ色の帯が浮かび上がる。その光の中、ハルトはゆっくりと歩き出す。これから先、どんなミッションが待ち受けているのか、想像もつかない。次は政治的駆け引き、あるいは異文化交流、もしかすると再び剣や魔法が絡む激しい戦闘かもしれない。
明日も学院の生活は続く。
ハルトは自然と微笑を浮かべ、「よし、帰ろうかな」と小さく呟く。彼が歩むその先には、まだ誰も見たことのない新たな異世界ミッションと学びの日々が待っている。
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