第9話 引越し開始

 輸送船を小惑星から引っこ抜くためのブースターは、ハードポイントが無いために船尾のフレームにワイヤーで固定した牽引式である。

ものすごく不安定極まりない代物ではあるが、計算上の推力は立派なものらしい。

計算上とかつけている段階で、実際は大したことなさそう。


「そんなこと言うとナヴィさんすねるから言わんけどさ。」


 喉乾くなぁ。実は、すごく緊張していたりする。

さっきから船体がミシミシ言ってるんだよね。

もげたりしないよね?

 たとえもげたとしても宇宙服を来ているし、大きい問題にはならないとは思うけどさ。

離れすぎたり有線が途切れたらスクーターは停止するように設定してあるらしいし。

 どうしても宇宙線の事故の描写で、定番の吸い出されるモブキャラなイメージがぬぐえない。

与圧してないので吸い出されないんだけどさ。

しっかり安全帯で手すりに固定しているので大丈夫だと信じたい。


 10分くらいかかった気がするけど、実際には数秒なんだろうな。

ミシリミシリ言ってた船の軋み音が無くなり、緩やかな加速Gに切り替わった。

ヘッドアップディスプレイにスクーターの後部映像を映し出すと、ゆっくりと小惑星から離れていく難破船が映った。

掘り返された岩とか塵とかがすごいことになってるな。


 何はともあれ引っこ抜き、成功である。


「やったぁ!」


 飛び跳ねて安全帯で引き戻されて落ち着いた。


 お疲れさん。と、寝てしまいたいところだけど、これから忙しいのである。

ブースターはほどなく推進剤を使い切って沈黙し、スクーターは遠隔操作でスロットルをOFFにする。


 手動で貨物室のハッチを開けると、牽引用ワイヤーを伝ってスクーターまで向かう。

固定用のフックを外して貨物室に戻ると、ワイヤーで固定しておく。

補給用のコネクターを刺しておくのは、減速時にも使うかもだし、最悪は脱出にも使うからだね。

ブースターの補給は後回しだ。


 続いて、前もって修理を進めていた連絡艇を使う。

相変わらず脚はもげているが、それ以外は無事なのは確認済みである。

もげた脚は固定の邪魔になるので、取り外してある。

現在は胴体着陸みたいな形で格納庫に固定しているんだ。


「持っててよかった船舶免許っと」


 アラートだらけのコンソールをスルーして、格納庫からゆっくり連絡艇をだし、相対距離を合わせる。

あとは牽引フックを左腕のテザーで拾って、連絡艇に固定する。


 せっかくとった資格が生きてくるが、天測を繰り返して大雑把な方位を確認しておく。

小惑星から抜いた角度の問題もあって、居住カプセルの方角に向かっていないので、修正した方角に牽引せねば。


 操縦席に戻ったら、方位を指定して微弱な推進を開始する。

さすが、スクーターとは基本的な推進力が違う。

ゆっくりとした加速だけど、順調に牽引が始まった。

これだけ牽引できるのであれば、ブースターは必要なさそうだね。


 ナヴィさんが言うには、最悪でもスクーターだけでも10日もあれば到着するかも?とのこと。

もちろん、そんなに時間かけてなんていられない。

連絡艇で引っ張れるのであれば、それに越したことはないな。

持ち込んだ推進剤も無限じゃないし。


 牽引と方角の修正が終わったら、今度は電力の確保だ。

非与圧格納庫へ移動して、三角帆を張るような要領で太陽光発電フィルムをいくつも張り、コネクタを電源ケーブルにつなげる。

船内で使う電力の他、牽引ケーブルを伝って連絡艇にも給電されるはず。

これで生命維持の最低限の電力が確保できたし、余剰分は居住区代わりの格納庫の救命カプセルに使う予定だ。


 すべての作業が終わった頃には20時間くらい経ってたよ。

微小重力下での作業ってすごい大変なんだ。

貨物室の床に加速Gは発生しないで、後ろ向きに引っ張っているせいで艦首側に向かって微量なGが発生しているからね。

船内での移動は、左腕に装着している射出用テザーでスパイダーマンごっこをするような感じになるんだけど、腕が引っこ抜けるかと思ったよ。

宇宙服の倍力機構ががサポートしてくれたけど、疲れたぁ。


 貨物室に設置した救急カプセル内に入って、宇宙服の補給を開始したのち、全身を清拭して栄養パウチを一気飲みするとすぐに寝てしまった。

明日も続きをしなきゃ。


 そんなあわただしい七日が過ぎて、そろそろ到着である。

ほぼ減速も終わり、ゆっくりと難破船が採掘用小惑星に近づいている。

居住カプセルは小さいので、こっちに停泊することにしたんだよね。


『おかえりなさい。』


 ここまで近づくと、短距離無線による通信が可能となる。

ミッションを無事にこなせたという安堵感で涙が出そうだよ。


「ただいまナヴィさん。」

『さぁ、固定しますよ?タイムスケジュールはびっしりです。』

「感動じゃない涙で前が見えなくなりそう。」


 もうね。重力無いと涙って流れないので目にたまるんだよね。

んで、瞬きで飛び散るんだ。

なんて脱線している場合じゃない。


 脱出計画は始まったので、いまさら止められないのです。

まずは小惑星に固定して、ためるにため込んだ資材を範裕します。

 今度はナヴィさんの指揮するドローン軍団がメインで作業をするので、ここじゃないところの作業をしなきゃね。


 名もない採掘作業者の少年は死んだことにするので、居住カプセルの改造も元に戻していく。

居住カプセルはエアロックが破損事故を起こし、中の人はリアルお星さまになった。

と言う筋書きである。

さすがにそれっぽい死体を用意するのは無理だったからね。

ナヴィさんには居住カプセルのログなどを加工してもらい、ここ数ヶ月の行動は何事もなかったようにしてもらってる。


 続いて拡大した採掘場も縮小化する。

使わないかもだが、非与圧貨物庫に採掘キットは積み込んで固定しておいた。


 難破船のメインスラスターはジェネレーターが死んでいるので動作しない。

だけど、各部の姿勢制御スラスターは搭載バッテリーによる低出力で動作することがわかっている。

作っておいた推進剤を積み込み、ナヴィさんが直接制御してやっと難破船がイカダくらいに動くことができるようになるんだ。


 予備のバッテリーも積み込んだし、張ってある発電用の帆も増設した。

そんな状態のほぼ廃船ともいえる船だが、居住カプセルよりはるかに住み心地がいいのは何とも言えないね。

どんな生活してたんだろうか自分。


 中型輸送船のこの貨物庫がぎっしりとなりそうなほどにため込んだジャンクパーツや、推進剤代わりに水タンクなどを積み込むと旅立ちの日が来た。

積み込みより、固定作業とその確認に時間かかったよ。

あとは小惑星から移動を開始し、時限式の仕掛けで居住カプセルが壊れるところを確認するだけなんだけです。


 忙しすぎて、居住カプセルがキラキラと破片をまき散らしながらクルクル回っているのを見たらすぐに寝ちゃった。

この体は極めて運動不足な子供なので労わって欲しい。


 さて、速やかに新しい隠れ家に移動しなきゃ。

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