第4話 契約
アンドロイドさんとの交渉は、小さなコンソールモニタ越しに行われた。
こちらのレスポンスが悪すぎる理由を説明したら、外部マイクとスピーカーを接続しての会話に切り替わった。
コンソールに汎用コネクタがついててよかったよ。
アンドロイドさんは下級貴族に家庭教師として雇われていたらしい。
未来な世界観なのに貴族いるのか。
貴族に代表される身分にステータスを持つ人々は、人間の使用人を雇うのを美徳としているらしい。
ロボットや機械で済むような仕事までわざわざ人間にさせるとか。
多くの人を従えるのが高貴な人の仕事である。と言うことらしい。
それが高貴とどう繋がるのかはわからないな。
いくら高貴な生まれの貴族とはいっても、下級貴族などはたくさんの人を従えるほどの資産は持ってなかったりする。
下級貴族だと領地をもたないか、非常に採算の悪い領地しかない場合が多いからだそうだ。
それでも見栄を張って数は少なくとも人を雇うものらしいが、中にはこっそりと機械知性を雇う場合があるのだとか。
機械知性は自我のないロボットとは異なり、ブレイクスルーに達して自我を持った人である。
一定レベルの文明圏では人権も保障されているとか。
自分以外に会ったことないから異種族とかわからなかったけどね。
その種族特性から、知識階級の仕事効率は一般的な人間の数十倍となるらしい。
そりゃ電卓と暗算勝負するようなものだもんね。
しかし、貴族の世界では自分と異なる種族を雇うのは恥ずかしいこととして認識されるのだそうだ。
貴族イコールその種族を導く優れた人物という方程式になるのだそうだ。
だから機械知性の使用人はこっそりと雇われて、契約終了後に速やかに帰国するんだそうな。
そんな中で、アンドロイドさん。名前は、ナヴィさんというらしい。
まさか型式番号に75とか入ってるんじゃないだろうな?
そのナヴィさんは下級貴族の子の教育を終わらせて、機械知性の共同体が支配している母国に帰る予定だったらしい。
人間が病院に行くように、機械知性だって定期的なメンテナンスが必要だ。
貴族の屋敷では人間のふりをしなきゃならなかったので、長期間メンテナンスが受けれず、帰国途中の長旅をメンテナンスで過ごす予定だったらしい。
そこを狙われて処分されたらしい。
「死人に口なしかぁ。」
結んだ守秘義務とかまるで信じてないんだな。
残量のバッテリーで記憶領域の防衛に努めたので、このように会話が出来る程度に無事だが、代わりにボディはダメっぽい。
解凍しようものなら崩壊しかねないので、このまま修復してほしいとのこと。
そこまで聞いてから、正直にこちらの現状を話した。隠してもしょうがないもんね。
ぶっちゃけ、ナヴィさんはコロニーにあるであろう機械知性共同体の窓口に届けるべきだろう。
それで彼女は救われるはず。
だけど、今の自分にはコロニーの位置もわからなければ身分証もないので入港も出来ない。
ナヴィさんはしばし黙考したのち、現在位置で元も近いコロニーの場合、自分を処分した犯罪組織が縄張りとしている可能性が高いと考えたようだ。
この場合、助けを求めに行こうものなら今度は物理的に破壊されかねないとのこと。
『契約しましょう。私があなたのサポートをしますので、お互いに安全な星系まで逃げ出しましょう。』
「そういうことなら喜んで!」
口約束ではあるものの、互助契約が結ばれた。
目的は二人で星系の脱出である。
それからはすべてが劇的に変わった。
おはようからお休みまでナヴィさんに管理してもらい生活している感じ。
教師をしていただけあって、ナヴィさんの知識は膨大だったし、人に教えるが凄く上手いんだ。
年齢を聞くのは失礼だと思うので聞かなかったんだけど、結構な人生経験があるんじゃないかな?
なにせ、授業とは関係ないようなことにも詳しいおかげで、現状のサバイバル生活の助けにもなっているしね。
『何か失礼な視線を感じます。』
ハンドボールくらいの端末がポンポンぶつかってくる。
どこぞのアニメの主人公が持ち歩くロボットみたいな端末は、ナヴィさんのコントロールする外部端末となる。
ナヴィさんの救急カプセルは、どんどん増設して電源や作業機械がぎっしりと詰め込まれている。
放熱板や太陽光発電フィルムも増設しているので、救急カプセル内は冷凍庫のような状態だ。
そんな状態なので、タブレットでのやり取りに不足を感じたナヴィさんは、端末を用意して家庭教師をしてくれている。
彼女は機械線品の修理にも精通しており、ドローンを改造して簡単な修理作業すら行える。
そうやって、ドローンにドローンを修理させて端末を増やすことで二人では足りない作業量を稼ぎ出してくれている。
手持ちのドローンじゃ出来ないような作業は、俺が映像を映しながらナヴィさんの指示に従って修理作業をすることもある。
おかげで、今では水ステーションへの氷運搬から、ゴミ漁りもナヴィさんのドローン軍団がしてくれていて、ひたすらお勉強に打ち込む日々である。
「命がけの受験勉強って、未来世界なのに夢も希望もないね。」
『ほっとくと夢も見れなくなりますけどね。』
「おっしゃる通りで。」
ナヴィさんに指摘されるまでもなく、こんな環境でただの子供が長生きできるとは思えない。
ナヴィさんが言うには、宇宙で長期の作業をする人はそれ相応の身体強化を行うらしい。
サイボーグとまではいわないけれど、ワクチン接種くらいの感覚で業務環境に合わせて対策をするのが普通らしい。
もちろん俺はそんな施術は受けていないんだよね。
命がかかっていると、驚くほど必死に勉強できるんだねぇ。
「でも、ドローンじゃ運びづらいものなんかはゴミ捨て場から持ってくるんだけどね。」
さすがの彼女の無線網でも片道2時間のゴミ捨て場までは届かない。
見つけた赤い救急キットを回収する。くらいはドローンでもできるけど、複雑な採掘を行って拾ってくるのは無理っぽい。
たまにはゴミ拾いも気休めになるし、喜んでやるけどさ。
修理された宇宙服のヘルムの内側にモニタ機能があって、ちょっとした移動時間でも勉強はしていたりする。
ナヴィさんの引いたスケジュールとしては、まずは偵察用ドローンをばらまいて最寄りの採掘コロニーを探索する。
見つけた採掘コロニーで、低ランクの資格をとって身分証を取得することが第一歩らしい。
辺境ともなると戸籍なんてあってないようなものになるらしい。
そういう所では身分証は船舶免許とか就業許可証などが身分証の代わりになるのだとか。
そんなわけで、何処で何をするとしても資格を取らなきゃならないようだ。
「なんか、就職難な学生の気分。」
『どこに住んでいる何某さん。から、何ができる何某さん。に変わっただけですよ。』
「すっごい合理的だ。」
あ、ついでに名前が無いのは不便と言うことで、自分の名前も付けたよ。
イチローと名付けました。
別に野球とか好きだったわけじゃないんだけどね。
なんとなく思いついたんだよ。
前世の記憶があっても名前なんて思い出せないんだけどさ。
なぜかスッと思いついたんだよね。
『苗字は必要ないので?』
「そもそもイチローってのが仮名みたいなもんだしなぁ。」
難しい言い回しとか表現方法は解らないけど、簡単な読み書きは出来るようになった。
続いて小型船舶の資格試験に向けて必死に勉強を続けている。
物覚えはそこまで良くはないらしい。
泣けるね。
五里霧中でもがいていたのが、ナヴィさんのおかげで道しるべが出来たように感じるんだ。
「もう少しセクシーな端末無かったの?」
『この曲線がセクシーでしょう?』
「曲線てか丸だねぇ。」
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