第十二話

 会場は年若い令息令嬢を中心に華やいでいた。王都の学校が夏期休暇中ということもあって、社交にはもってこいの季節なのだ。

 偶に見える壮年の方々は付き添いだろうか。穏やかな目で会場を見守っている。

 姉弟揃って背が高いので会場を見渡すとすぐに濃灰、金、白銀の三人を見つけることができた。

 向こうも少し高い位置にある頭を見つけるのが容易だったのかこちらに声をかけてきた。


「やあ! いい夜だね。エリエス嬢とはこないだぶりだ。変わりはないかな?」


「ご機嫌麗しゅう、ドワイト様。おかげさまで健やかに過ごしております」


 あまり格式張らないことを心がけ、挨拶を返す。それでも固くなってしまうのが私だが。


「エリエス、今日は本当にありがとう。ドレスも似合っているわ」


「こちらこそこのような機会をいただけて感謝しております。もったいないお言葉ですわ」


 小庭園でのネルフィナ様との約束の後、一緒にドレスをブティックに見に行ったのだ。

 貴族の夜会用のドレスはフルオーダーが基本だが、今回はネルフィナ様の伝手で発表前の吊しのドレスに手直しを加え、着ることになった。店頭用で設えられていたドレスは少し大きめだったため、サイズに関しても問題は無かった。


「まあ立ち話はこれくらいにして。踊ってきなよ、ご両人。丁度ホールにも空きが出てきてる」


 ドワイト様に促され、ランヴァルド様の手を取る。


「結局練習も打ち合わせも無くこの日が来てしまいましたね」


「幸い曲は馴染みのワルツです。気負わずに行きましょう」


 歓談している人々を抜け、ダンスホールでホールドを取る。


「……やはり身長の釣り合いがとれると、組みやすいですね」


「お互い少々背丈が大きいですものね」


 軽口の後、すべるように踊り出す。相手の呼吸を読みながら少しずつ、少しずつお互いの意図を通わせていく。


「上手いですね、エリス。意表を突かれました」


 穏やかな曲調と言うこともあり、そっと話しかけられる。


「お褒めいただいてありがとうございます。でも正直、踊るのは本当に久し振りなんです」


 商家出身のロベルは貴族位を持たないので社交界に出ることは無く、婚約者の私も必然的に踊る機会も無い。それだけに貴重な経験だった。


「様になっていて、そうとは思えませんよ。……言うチャンスを逃していましたが、今夜のあなたは一際に美しいです」


 意味を頭が理解した瞬間、全身が自分の髪色のように赤く染まった気がした。


「あ、足を踏んでしまいますので、からかわないでください……!」


「ただ事実を述べているだけなので、気になさらずに。その紺碧のドレスがあなたの美しさを引き立てているのは純然たる真実なので」


 言葉が火酒のようにまわる。床を踏んでいるかも定かで無くなり、血が上がる。


「いつものようにきちりとしたまとめ髪も、形のいい額や眉を見せてくれて素敵ですが、非対称に髪をおろすとそんな悩ましげな表情になるんですね」


 すまし顔のまま立て板に水で情熱的なことを言ってくる。

 自分にできる抗議は涙目になりながら繋がれた右手に力を込めることだけだった。


「ヴァル様、後でお話があります」


「ええ、構いませんよ」


 眉根の寄った彼の顔の端、耳先が赤く染まっているのを私だけが知っている。今はそのことでひとまず溜飲を下げた。

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