第十話

「本題なのだけれど、エリエスには二週間後の舞踏会でランのパートナーとして出席してほしいのよ」


 実際その後ネルフィナ様は全ての給仕をランヴァルド様に任せていた。彼の方も慣れているようで堂に入ったポット捌きを見せてくれた。


「私その日はどうしても他の人をパートナーとして伴いたくって……ランは家に置いていければ良かったのだけれど」


 ほら男ってかさばるじゃない。


 続けられたネルフィナ様の言葉に少し親近感を覚えた。


「ランにはランで招待状が来ているし、流石に一人で会場を歩かせると無愛想の灰色頭でも釣れるものは釣れるのよ」


 無愛想……? 疑問に思いヴァル様を見やるが臙脂の瞳が穏やかに弧を描く最中だった。

 慌てて顔を俯かせたので片眼を眇めてランヴァルド様を睨め付けるネルフィナ様の顔はみることがなかった。


「話を戻すけど、私のためにも是非出席してほしいわ。ここ数年は身長差が大きすぎて、連れ立って歩くとあまりにも不格好なの」


 確かに令嬢の中でも小柄なネルフィナ様と上背のあるランヴァルド様では、エスコートひとつとっても大変だろう。ここまで身長差があるとヒール程度ではどうしようもない。


「そこで、エリエス。あなたの出番よ!」


 その言葉と共にネルフィナ様は前のめりに私に近付き立ち上がらせる。


「庭園にいらっしゃるときも思ったけど、あなた姿勢がとっても良いわ! 運動はお好き?」


「いえ、あまり動きませんが……弟が乗馬が得意なので、骨格が似ているのかもしれません」


「天性のものね! それは結構!!」


 気づけば手を取られ、ネルフィナ様を中心にくるりくるりとコンパスのように回転していた。庭園の花が万華鏡のように移ろっていく中で、真正面の妖精だけは姿を変えずきらめいている。


「こんなに振り回しても何ともないでしょう?」


「私は大丈夫ですが……ネルフィナ様こそお加減は……」


「正直限界よ! ここからどうやって止まるの!? ラン、どうにかなさい!」


「こんなことだろうと思ってたよ!」


 声がかけられた途端、回転始まってから傍に控えていたランヴァルド様が私たちの手を解き、ゆっくりと勢いを殺していく。


「エリス……この通りこの娘は儚げなのは見た目だけなので近付いてきたらまず距離を取ってください……いつもであればもう少し猫をかぶっているのですが、今日はそれもありません」


「だって久し振りに友達ができそうなのよ! しかも美人!」


「美しいのは否定しませんが、いい加減席に戻りなさい。紅茶が冷めますよ」


 良いですか、目が合ったらさりげなく逸らすのですよ、とネルフィナ様講座をランヴァルド様に施されているが、こちらはそれどころではない。


(今、私のことを美しいと……)


 容姿に関する褒め言葉など、弟かカレンから言われるくらいで正直耐性がない。


「ぬるいくらいが美味しいのよ! それでエリエス、どうか引き受けてくれないかしら」


 月色の瞳が揺れる。眉根を寄せた悩ましげな顔で頼まれるともう駄目だった。


「私でよろしければお相手を務めさせていただきます」


「嬉しいわ、エリエス!」


 途端、百合の花が開いたような笑みがこぼれる。知らず、ほっと息をついてしまった。


(もしかして私、容姿のいい人に弱いのかもしれない)


 この調子で怪しげな壺を持ってこられても頷いてしまうかもしれない。


「無理な申し出を申し訳ありません。話が一段落したらパルフェを持ってくるようにお願いしているのでそろそろ来ると思いますよ」


 ネルフィナも大回転で疲れて足腰が立たなくなっているでしょうし、安全が確保されました。


 白銀の妖精を珍獣か何かのように扱うランヴァルド様には、流石に乾いた笑いしか出なかった。




 帰りの馬車でネルフィナはクッションを抱きしめ思わずといった調子で吹き出していた。


「もう限界! カフェでのランヴァルドったら! あの人今年でいくつになるのだったかしら」


 ランヴァルド・ザスマンは本来あのような男ではない。

 熊のような身体の上に鷲のように冷然とした顔が付いているので遠巻きにされることが多く、馴染みの者以外との人付き合いが薄い。身内と見做したものには甘いが、他のものにはそうではない。それがランヴァルドである。

 出逢って幾ばくもない少女に対するあの態度。正に青天の霹靂である。


「なんであんなに天然なのかしら! おじさまに似てしまったの?」


 傍目から見れば明らかなのに、当人たちにその自覚が全くない。


「爪の先程あった罪悪感が薄れそうだわ」


 ランヴァルドは一切気にしていなかったが、この年になっての婚約解消は少し気が咎めていたのだ。新しい縁談を用意するにしても年の釣り合いのとれた令嬢たちは既に婚約がまとまっている。


「まったくキーファったら。ほんと私を飽きさせない人」


 最初はなんの話を持ち込んできたのかと思ったが、こんな風に転がるなら大歓迎である。

 月女神を思わせる優美な笑みを浮かべた女を乗せたまま、馬車は進む。

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