第八話
自室でエリスへの手紙の文面を推敲する。
威圧的にならないように、控えめがすぎる彼女が遠慮してしまわないように。
(なんというかどつぼに嵌まっている気がする)
自分はこんな人間ではなかったはずだ。
確かに身内相手にはそれなりに相好を崩すが、会ったばかりの、それも八つも年の離れた少女相手に出先で声をかけるなど今までしてこなかった。
(エルクの姉だからだろうか)
エルクは久々に己の心の内に入ってきた少年だった。愛想がないが大層優秀で、所属する部署を決めかねているところをキーファが拾ってきた。
こいつも愛想が無いが、お前と違って恐ろしく口が回るぞ、と。
事実今まで自分のところに回るまで一呼吸置かれていた書類がすぐに来るようになった。遠巻きにされていた己と周囲に対する潤滑油としてほんとよくやってくれている。
姉のエリスは一見すると自分が無いように見えるが、内心で思うことが多くありそのことと現実のギャップで苦しんでいるように見える。
木立から舞った花びらのように、風にまかれ己の手から遠ざかっていくようで。せめてこれ以上距離を離されぬようにと距離を詰めたくなってしまう。
どれも知り合って間もない己の勝手な憶測だ。
そろそろ手紙に戻ろうと思考を切り替えようとすると、足音が近づいてくる。この分だと態と音を立てているようだ。
「ランがレディに手紙! キーファから聞いてはいたけどほんとに楽しいことになってるわ!」
扉へのノックも無しにランヴァルドの部屋が開け放たれた。
その矮躯でどうやってこの重いドアをけたたましく開けられるのだろうか。個人的な見立てではキーファが手解きした乗馬で身体のバネの使い方を学んだと見える。
ネルフィナが部屋の中をくるりくるりと軽やかに踊っている。足音もなく跳ね回るので妖精のようだ。
「真っ赤な便箋を握りしめて、皺になってしまうわ! エリエス嬢に渡すなら菫色のものにしておきなさい、朴念仁!!」
「筒抜けなのは覚悟してたけど本当に勘弁してくれないかな! 君、年々姉上たちに似てきてるよ!」
熊のような己の体格に見合った声で吠えてやってもちっとも気にした様子は無い。
銀の髪に月色の瞳。片手の間ほどでも見つめられればどんな貴公子もたじろがずにはいられないほどの美貌。
なのだが、それこそ赤ん坊の頃からこの子供はきらきらしっぱなしなのでもう慣れた。夜空の月が、野に咲く花がいくら美しかろうと人は慣れるのだ。
「でも実際その色は止めた方がよくってよ。あなたの瞳の色に近くて意味深長だし、エリエス嬢は自分の御髪の色はお得意ではないようですし」
ネルフィナは一頻り跳ねて満足したのか、臙脂と紺で固めたランヴァルドの部屋に不釣り合いなパステルな色合いのクッションを抱えてソファに腰掛けた。
言わずもがなネルフィナによって持ち込まれたものだ。せめていないときは箱に入れるなどして仕舞っておいてほしいのだが、メイドが掃除のついでにソファに戻しているのを見て諦めた。
「元々エルクに宛てる手紙用に買っていた便箋だよ。菫色のものは……買い置きがない」
引き出しの中の便箋入れにはキーファに使う蒲公英色やネルフィナ用の妖精の絵が描かれたものはあったが、お目当てのものは無かった。
「でしたら妥協などせず用意なさってくださいまし、ミスターロマンティック。エリエス嬢は大輪より小ぶりな花がお好きとのこと。手紙には活かせないでしょうが、クマのぬいぐるみよりもウサギ。青空より星空を好みますわ。参考になさいませ」
「詳しすぎて怖いよ。君が普段開いてるお茶会でどんな情報が行き交ってるんだよ」
「お茶会は乙女の趣味と実益でしてよ! 星空の下までエスコートができましたら褒めて差し上げますわ」
一体いつからこんなじゃじゃ馬に育ってしまったのか。五つ辺りまでは人見知りをする子だったのだが、三人の姉たちと引き合わせた辺りで全てが狂った気がする。
とにかく文面だけでも仕上げてしまいたい。季節のパルフェがある内に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます