第六話

 かつて、私は私に呪いをかけた。

 降りかかる理不尽の全ては私のせい。借金を理由にロベルとの婚約が結ばれたのも、ロベルの性格が私にとって受け入れがたいのも、自分の赤髪が気に入らないのも全部全部原因は私。

 世の中の辛いこと、苦しいことに理由が無いことの方が私には耐えられない。

 初めは、どうしようも無い現実も自分で乗り越えることができるという暗示だったはずだ。自分は特別で、降りかかる困難も自分なら乗り越えられるという幼さゆえの全能感。

 それがいつの間にか毒になって全身を回り出した。

 私が至らないから、このような現実に苛まれる。

 赤髪の魔女は、そんな呪いを今でも抱え続けている。




「朝……」


 夏の夜は寝苦しく、夢から追い出されるように起床した。寝汗を吸ったのか赤髪はいつもよりうねっている気がする。

 顔にかかっている分の髪だけ手ぐしで整えてやって、メイドのカレンに洗面のための水を持ってきてもらう。彼女は五年前から私付きのメイドとして務めてくれている。


「本日はいかがなされますか」


「手紙の返事も書いたし……公園に出かけたいわ」


 王都の公園は今コルネアの花のつぼみが鈴生りになっていることだろう。

 満開の花弁の美しさもさることながら白いつぼみの先端が薄く色づいている様を眺めるのが好ましく、この季節は観賞地に足を運ぶことが習慣になっていた。


「では御者に準備をさせます」


「お願いね」


 御者と言っても庭師も兼ねてもらっている。元々御者として雇ったが、草木いじりが趣味と話すので試しにタウンハウスの庭を任せてみれば中々どうして上手くこなす。通常の貴族であれば珍しい異国の低木や繊細な薔薇などが植えられているため修行を積んだ者でなければ管理が難しいが、当家にはそのような植物が植えられていなかったのも決め手だ。


(このタウンハウスも、以前所有していたものの管理が難しくなって郊外のものを購入したと聞いているし)


 一般的に爵位が高く血筋の尊いものほど王宮の近くに屋敷を構える。かつてのフェルナータ家も例に漏れず中々の屋敷を所持していたらしいが、見る影も無い。

 最も自分や弟はこの閑静で王都にしては大きな庭のある屋敷を気に入っているのだが。


「髪型とお召し物はいかがなさいますか」


「髪はいつも通り纏めて。服は去年おろしたラベンダー色のワンピースに手袋を合わせてちょうだい」


「かしこまりました」


 要望を伝えてしまえば、もうすることは無い。

 母付きのメイドであるカレンの母はおしゃべり好きでよく母との会話を楽しんでいるが、カレンは仕事中あまり口を開くことは無い。ただ……


「カレン。この髪型は?」


「お嬢様は御髪のボリュームを気にされているようなので。膨らみやすい上部の髪を編み込んで、ハーフアップにさせていただきました」


「あなたって人は……」


 簡単なやりとりの後、何事も無かったかのように髪を結い直される。簡素な結い紐で括られれば、いつも通りの髪型だ。

 このちょっとしたおふざけは、ある種のおきまりなのだ。


「日傘もお持ちください。先程出てきましたが、気温の割に日が眩しいです」


「ではそのように。エルクはもう出てしまった?」


「いえ、まだです。朝食はご一緒に召し上がれるかと」


 宮仕えの弟とは違い、あと一年足らずで学校を卒業してしまえば輿入れだ。残り少ない姉弟の時間を大切にしたくて食事はできるだけ一緒に取っている。


「午前に出かけたら、後は屋敷で過ごすから。カレンもゆっくりしてちょうだい。我が家は人手不足だからあなたに倒れられたら後が無いの」


「かしこまりました」

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