ソシャゲ転生 〜転生したらソシャゲによく似た世界にいたので、エンジョイ勢として仲間と楽しむつもり〜

マネキ・猫二郎

【Tutorial】初回限定!星3確定10連ガチャ!

 車に撥ねられた次の瞬間には、俺は見知らぬ部屋で、見知らぬ女性を前に立ち尽くしていた。部屋は広々としていて天井が高い。高級感のある家具が置かれていて、まるで美術館のようにも思えた。実際、目の前にいる女性は絵画の世界から飛び出してきたかの如く容姿で、美しくも荘厳な印象を抱く。


 「…えっ?」


 突飛な状況に、つい疑問符がでる。


 「初めまして、私はドゥーム。あなたは?」


 透き通った声。その心地良さに脳みそがぽーっとして、何も考えられなくなった。だというのに、口は勝手に自分の名を名乗る。まるでそうしないと、時間が進まないように思えたからだ。


 「疾風のハヤテ」

 「ユニークで素敵な名前ですね。…では次に規約を読んで頂いて、宜しければ『同意』と書かれた横にあるしかくチェックをつけてください」


 彼女がそう言うと、空中に紙の束が現れる。ゆっくりと降下する束を両掌で受け止め、ペラペラと捲る。捲るだけで内容には一切目を通していない。そうやって捲っていくと、最後のページに先程女性が言っていた『同意』という文字と横には□があった。□を人差し指でタップすると赤い✓が現れる。と同時に、『スタート』という文字が浮かび上がった。


 ──俺はその文字に考えなしに触れた。


 「それでは『疾風のハヤテ』さん! 命と願いを懸けたゲーム、是非お楽しみくださいっ!」


 〜チュートリアル〜


 「──どこだよ、ここ」


 広大な草原。快晴の青空の下、そよ風が草木を揺らし、俺の頬を撫でる。何の疑問も持たなくて良いのならば、今にでも寝っ転がって日向ぼっこをしたい。それくらい気持ちのいい場所…のはずなのだが。


 第一、俺は事故で死んだはず。


 第二、さっきまでの美術館のような場所と、そこに居た女性は、一体何だったのか。そこで思考が働かなかったのは何故か。他にも、名前を聞かれた時にゲームでよく使うプレイヤー名を答えたこと。長文が並べ立てられた利用規約に全く目を通さずにチェックしたこと。あの女性が最後に放った「命と願いを懸けたゲーム」という言葉。


 第三、俺はこの草原を全くもって知らん。

 第四、この草原に点々といるスライムの如くプニプニは何ぞ。


 まあ、これらの情報から大まかに推測するならば、これはいわゆる……


 「異世界転生ってかぁ?」


 もちろん引っかかる所もあるが、そんな細かい一つ一つの疑問に思考を巡らせる暇もなく、新たにイベントが起こる。目の前に、それも空中に文字が表示される。


 俺は目の前に表示された文字列を読む。


 『〜チュートリアル①〜 スライムを倒そう』


 やっぱり点々といるプニプニはスライムだったらしい。


 「スライムつったって、俺は武器も……ってうぉ!?」


 その瞬間、光の輪っかが現れ、俺の身体を囲んだまま頭から足へと通り抜けてゆく。と同時に、服装もみるみる変わってゆき、いかにも駆け出し冒険者という言葉が似合うような姿になっていた。左腰には重たい剣が着いていた。動きにくい。


 「このドスで倒せと……」


 剣を鞘から抜き、両手で握る。もちろん本物の剣など持ったことが無いから手に馴染まないし、まずこれが本物かすら分からない。俺は溜息を吐いた。──意味の分からない状況に独り。立て続けに起こる現象と、それらに抱く疑問。その疑問を引きづりつつ指示されたことを、これまた疑問を抱きながら行わなければならないこと。激しく気疲れをする。


 そして何よりも……

 「誰もいねぇの、怖ぇなあ」


 ポヨヨンと呑気に跳ね回るスライムまで重たい脚を運ぶ。向こうも動き回っている訳だから、辿り着いた頃には脚はパンパンだった。かわいくて剣を抜く気にはなれない。が、さらに一歩進んだ瞬間、スライムは大きく跳ね上がり、こちらへ体当たりをしてきた。


 「ぎゃっ」


 俺はよろけて尻もちを着いたが無傷であった。やはりスライムは最弱モンスターらしい。


 再び溜息を吐き、重たい腰を起こして立ち上がる。スライムはこちらを睨みつけながらもどこか震えているようだった。俺は剣を鞘から抜き、両手で握って振りかぶる。


 「悪ぃ、こうしないとどうも話が進まねぇみたいなん……」


 その瞬間だった。


 背後から飛んできた何かが右頬を掠める。掠めたものは地面に突き刺さった。俺はそれを見て、思わず自身の頬に触れる。手には赤黒い液体が付いていた。


 頬を掠めたのは矢で、そして俺は察する──『誰かに命を狙われている』。


 あちらこちらを乱雑に見回す。とはいえ周りは草原だ。隠れるような場所もないはず! とにかく動かなければ格好の的だ。俺は駆け出した。が、腰に携わった剣が邪魔で走りにくい。何にせよこれじゃ体力もすぐ尽きる。


 「さっきから何なんだよぉ!」


 俺は立ち止まり、剣を鞘から抜く。


 訳の分からない状況の連続のせいで、募っていた苛立ち。そして、逃げないといけない状況で、走りにくいという更なる苛立ち。俺は剣を大きく振りかぶり……ぶん投げた。


 「これで走りやすく! あっ…!」


 ぶん投げた剣はクルクルと弧を描きながら、意図せず可愛らしいスライ厶を切り裂いた。

「わりい!」


 『〜チュートリアル①〜 スライムを倒そう ─CLEAR─』


 再び宙に文字が表示される。意図せずクリアしたチュートリアルに喜ぶ間もない。それどころか視界が塞がれて邪魔くさい。早く消えてくれ!


 矢を避けることだけを目的に、縦横無尽に草を踏みしめ続けた。


 先程から吹いている風が、髪を靡かせ、時折目に染みて視界を悪くする。


 勝利条件は相手の矢が尽きるまで逃げ続ける。相手が矢を際限なく放てるならば俺は死ぬ。敵の場所は分からない。矢が全方向から襲い掛かってくるからだ。複数人いるのか? とはいえ誰の姿も見当たらない。それに、複数人いたとしてこの命中率の低さは一体。


 十数秒してやっと、チュートリアルの文字は消えた。しかし、視界が開けたと思った次の瞬間には、


 『〜チュートリアル②〜 魔法スキルを使ってみよう』


 「だあぁぁぁぁ! 使うから早く消えやがれ」

 『「メル・トゥウィンド」と唱えてみよう』

 こうなりゃヤケクソだ。「メル・トゥウィンド!」


 唱えた瞬間、先程から顔に吹きつける追い風に、押し流されるようにして、身体が宙に浮いて吹き飛んだ。浮いている最中、文字が現れる。


『〜チュートリアル②〜 魔法スキルを使ってみよう ─CLEAR─』


 「何も解決しねぇ!」


 文字が切り替わり、表が現れる。表には一〜三十一まで数字があり、その下には何やらアイテムらしいアイコンが表示されていた。


 『生存ログインボーナス 一日目 「風晶石×50」』


 スタンプが押されるようにして獲得した印がついた。


 「この状況でログボかよ!」

 『三十秒経過、スキルを解除します』

 「……もう勝手にしてくれ」


 途端、風が止んだのか、身体は落下運動を始める。


 そうだ、これは悪い夢だ。きっと地面に叩きつけられた途端、目が覚めるんだ。


 叫び声も上げず、ただ重力に身を任せていた。いつの間にか矢の猛襲は途絶えていた。

 そして……


 ポヨヨン。


 何か柔らかい感触が背中に伝わる。弾力によって跳ね除けられ、身体は原っぱを転がる。


 体を起こして見ると、そこには今にも消えそうなスライムがいた。


 どうやら俺の命を救ったのはスライムらしい。スライムは俺からの意図せぬ攻撃(二回目)により、塵となり、風と共に流れていった。


 もう何も考えたくなくて、考える気力が無くて、呆然と風の行方を伺うように遠くを見つめていた。というのに、それを邪魔するかの如く、また文字が宙に現れる。


 『【初回限定!星5確定10連ガチャ】』

 「……ガ、チャ?」

 『今回は特別なチケットをお渡しします』


 すると、虹色のチケットが空から落ちてくる。


 『さあ! 強力な仲間と武器を手に入れましょう!』

 「仲間?」


 チケットを両手で受け止める。チケットの右下には『消費』と書かれた枠があり、恐らくコレを押すとガチャが引ける。


 引くとどうなる? 中身の話ではなく、今後の俺の未来についてだ。

 緊張しながら人差し指をチケットに翳す。


 大体仲間って、人? 人はそこらに湧いて出てこないぞ。母親から産まれるんだ。産まれて、自我を持って、沢山の人と関わって、仲良くしたい奴と仲間になるんだ。


 分からない。押していいものなのか。


 「…………あ痛」


 背中に何かが当たり、勢いで『消費』をタップしてしまう。


 「あ」


 さらにストンと、背中の真ん中辺りに軽い衝撃が加わる。振り返ると……「またお前か、って」


 矢が突き刺さったスライムがいた。スライムはやはり塵となって風に運ばれていった。


 しかしそれを見届ける余裕など到底なかった。スライムに刺さった矢、恐らくそれは先程から俺を狙うモノと同じだ。もしスライムが背後から体当たりしなければ、今頃心臓を撃ち抜かれていたかもしれない。


 俺は振り向いて、駆け出そうとした。


 草むらには十個の魔法陣が並べられ、俺の周りを囲んでいる。時間がないため駆け出すと、魔法陣は態勢を崩さずに着いてきた。


 白い魔法陣が五つ、金色の魔法陣が四つ、そして虹色の魔法陣が一つ。


 まず最初に白い魔法陣から武器や綺麗な石ころが現れる。もちろん拾う余裕はないため、それらは地面に転がったまま。次に金色の魔法陣からは数枚のカードが現れる。カードはひとまとまりになり、身につけていた革製のポシェットの中へ、自動で収められていった。


 ──そして最後に虹色の魔法陣。


 神々しい光の柱が、快晴の空に向かって放たれる。青みがかっていて、まるで天国から流れる滝のようだった。光の柱は一瞬で霧散し、その発生源には美少女が現れた。


 俺は美少女に、「今誰かからどこからか狙われていて、助けてくれぇ!」と情けない声を荒らげつつ、とにかく遠くへと走り続けた。


 すると美少女も俺を追うようにして走り出す。


 「どーいう状況っすか! 何から逃げてるんっすか! ガチャはもっと落ち着いた所で、落ち着いた心を持って引いてくださいよ!って矢が飛んできたぁ! バカ! 召喚者のバカ!」


 彼女もまた涙目である。……追われる者が一人増えただけだった。


 「うぉいバカ召喚者! カードと武器は持ってるっすか!」

 「カード?」


 そういえば先程、四枚カードを手に入れた。武器は既に背後かつ遠くである。


 「ああ! 持ってる!」

 「ならそのカードを私に装備してくださいっす!」

 「どうすりゃいい!」

 「それも分かんないっすかポンコツ召喚者! カードを手に取るっす!」


 俺はポシェットからカードを一枚取り出す。


 「カードの最下部の欄に、アナタとワタシの名前が書いてあるはずっす!」


 カードには上から、カードの名前、カードのイラスト、カードの能力、そして彼女の言う通り、俺の名前と彼女の名前が書いてあった。彼女は「マチルダ」というらしい。


 「そこでワタシの名前をタップしてください! そしたら装備完了っす!」


 俺は言われるがままにカードをタップし、他の三つのカードらも同じようにタップした。


 「防御アップのカードが三枚も! よぉし! 自信がついたっす! これで何発か食らっても耐えられる!」


 マチルダは立ち止まり、魔法を唱えた。

 「シール・ドゥオータ!」


 彼女が唱えると水の壁のようなものが俺らを囲む。


 「私、物理防御力は低いんっすよ」

 「なるほど」


 「にしても何なんすか。見えない敵に狙われてますケド。何やらかしたんすか」

 「何もやらかしてねーし、何なら俺はビギナーだよ。この世界に来たばっか」


 「はえー、だからカードの使い方も知らないんすね。この世界、チュートリアル雑っすからね〜」

「マチルダもこの世界について知ってんのか?」


 「んまあ、そりゃおいおい話すとして……どうします。この盾もあんま長く持たないっす」


 「もっかい出すんじゃダメなのか?」

 「クールタイムがあるんで、護身系の魔法はもうないし……召喚者様の能力は?」


 「風に吹き飛ばされる能力なら」


 「それオンリー?」

 「それオンリー」


 「んじゃもーそれで逃げましょう」

 「でも三十秒で効果が切れるから、大した距離進まんし落下で死にかける」


 「クソじゃないすか」

 「クソですよ全く」


 「逃げ場ないし、死にますよ、このままだと」

 「何もせずに死ぬのも癪だな」

 「っすよね」


 水の壁の中、俺らは同時に溜息を吐いて、声を揃えて言う。


 「「やれることを滅茶苦茶やるしかねぇ」ないっすね」


 ──いつの間にか、どこからか湧いていた勇気は、独りじゃないからだろうか。

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