第4話 孤高の戦士の覚悟
影蜘蛛の糸が光を反射し、森の薄暗がりの中で不気味な輝きを放っていた。アルスは剣を握り直し、その目を鋭く細める。巨大な影蜘蛛は地を這うように動きながら、その複数の眼でアルスを観察しているようだった。
「この糸……さっきのとは比べ物にならない強さだな」
アルスは吐き捨てるように呟きながら、蜘蛛の吐いた糸が地面を焼くように毒性を帯びていることを確認した。触れるだけで命を危険に晒す代物だ。
「アルスおじさん、大丈夫?」
木の陰からマルタの声が響いた。アルスは振り返らずに短く返事をする。
「おじさんじゃないと言ってるだろ。それより、黙って隠れてろ」
「でも……」
マルタが顔を覗かせようとした瞬間、影蜘蛛が大きく身を震わせると同時に、鋭い糸を複数方向に吐き出した。そのうち一本が、マルタのいる木の方向へ向かう。
「危ない! 伏せろ!」
アルスは咄嗟に走り出し、マルタの前に割り込む。次の瞬間、糸がアルスの腕に直撃し、激しい痛みが走った。鋭く固い糸が皮膚を裂き、その毒が一気に体内へと流れ込む感覚がした。
「アルスおじさん!」
マルタが駆け寄り、アルスの傷を見て顔を青ざめる。糸が触れた部分は赤黒く変色し、毒が広がりつつあることを示していた。
「下がれ、マルタ……」
「そんな! アルスおじさん、血が出てるし、毒が……どうしよう!」
慌てるマルタに対し、アルスは表情を歪めながらも短く言った。
「うるさい……大したことない」
そう言いながらも、その声はやや苦しそうだった。アルスは剣を地面に突き立てて体を支え、傷口に手を当てた。
「見てろ。これぐらい、どうにかなる」
アルスが目を閉じ、低い声で呪文を唱え始めた。手のひらに淡い光が宿り、その光が傷口を包み込む。光が広がるにつれ、赤黒く変色した皮膚が元の色を取り戻していく。毒が浄化され、痛みも徐々に和らいでいくのを感じた。
「魔法……治癒の魔法だ!」
マルタが驚きの声を上げたが、アルスはそれに答えず、淡々と傷を処理し終えると剣を再び手に取った。
「この程度の毒で死ぬほど、俺は弱くない」
「でも! 痛かったでしょ? 無理しないで!」
マルタは涙ぐんだ目でアルスを見上げた。その純粋な心配の色に、アルスは一瞬だけ表情を柔らげたが、すぐに元の険しい顔に戻した。
「俺がやらなきゃ、お前はもっと酷い目に遭う。それだけだ」
アルスは再び影蜘蛛に向き直った。巨大な魔獣はわずかに動きを止め、アルスの動きを伺うようにしている。
「待たせたな、次は終わりだ」
アルスは剣を構え直し、今度は自ら影蜘蛛へと踏み込んだ。魔獣はその動きを察知し、再び毒の糸を吐き出す。しかし、アルスは糸が来る方向を正確に見極め、鋭い動きでそれを回避する。
「糸の毒性を高める代わりに、動きが鈍っている……隙だらけだ」
アルスは冷静に影蜘蛛の動きを観察し、その巨体の隙間に狙いを定めた。そして――。
「これで終わりだ」
アルスは剣を高く振り上げ、一気に影蜘蛛の体の中央を貫いた。その甲殻は硬かったが、アルスの剣は魔力を帯びており、力強く突き破った。影蜘蛛が苦しげに叫び声を上げ、その巨体が地面に崩れ落ちる。
「うわっ……倒したの?」
木の陰から顔を出したマルタが、驚きと感動の入り混じった声を上げる。アルスは息を整えながら振り返り、短く言った。
「当然だ」
影蜘蛛の体はしばらく痙攣していたが、やがて完全に動かなくなった。その巨体からは、毒の糸が徐々に収縮し始めている。
「やった……アルスおじさん、すごい!」
マルタが駆け寄り、満面の笑みでアルスを見上げる。アルスは彼女の様子をちらりと見て、無愛想に答えた。
「当たり前だ。こんなの、仕事の一つに過ぎない」
「でも、傷……大丈夫なの?」
「問題ない」
アルスは短く答えると、剣をしまいながら影蜘蛛の死骸を確認した。その表情はいつも通り冷静で、どこか淡々としていたが、その背中にはどこか達成感が漂っているように見えた。
「さあ、帰るぞ」
「うん!」
こうして、森を支配していた影蜘蛛はその命を落とし、アルスとマルタは新たな一歩を踏み出す準備を整えた――。
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孤独なオッサンと、無邪気な少女のスローライフ冒険譚 Mr.Six @0710nari
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