第2話 餌付け。そして絆される粟田さん
「シャワーありがと」
「……随分長かったですね」
「女の子は髪のお手入れが大変なんです〜」
風呂場から出てきた粟田さんは俺のジャージで身を包んでおり、なんだか良くない気分になりそうになる。
作ったばかりのホットココアの湯気のように邪なものが思い浮かんだが、その考えを霧散させる。その後、粟田さんにホットココアを手渡した。
「はい、温かいうちに飲んでください。アイスも特別に一つだけあげますよ」
「……そこまで気をつかわなくてよかったのに」
「俺が飲みたくて作っただけです。いらないなら俺が飲みます。あ〜、ビターアイス食いながら飲むホットココアうっま〜」
「むぅ……! 私にもちょーだいっ!!」
粟田さんは机を隔てて座り、ホットココアが入ったカップを両手で持ち、フーフーと少し冷ました後に飲む。
すると瞠目させ、キラキラした目で俺にこう言ってきた。
「やば! めっちゃ美味しいんだけど!!」
「それはよかった。不味いと言われたら追い出してましたね」
「怖〜……」
少し苦めのチョコアイスを買ったため、ホットココアの甘さとアイスの苦さのハーモニー、さらに暖かさと冷たさで最高の気分だ。
粟田さんもそんな俺を見様見真似をし、美味しさに悶えているらしい。
「もう食べ終えちゃった……。ジーっ」
「ここからは追加料金が発生します」
「えっ、払ったらもう一回くれんの!?」
「いや、アイスがもうないんで勘弁してください」
「なぁんだ、ちぇ〜っ」
「……人様の家でご馳走になってる客人の態度じゃなくてびっくりだ」
仕方ないので、昨日趣味で作ったクッキーを取り出し、皿に盛って粟田さんに献上する。
彼女は「太っちゃう〜♡」と幸せそうに頬張っていたので、どうやらご機嫌取りは成功したらしい。
俺はため息を吐きながらもう一度キッチンに立ち、ポットでお湯を沸かして紅茶を作る。
深夜にクッキーと出されたら多分なんらかの罪に問われるだろう。飯テロ罪とか。
「あ〜最高すぎなんだけど〜〜♡」
「はいはい、よかったですね」
「……ってかさ、あんたなんでずっと敬語なの?」
「まぁ、スクールカースト最上位の粟田さんが相手ですから。最下位に近い俺は敬語じゃなきゃしばかれるかなぁと」
「いちいち気にしてんのふつーにムリなんだけど。私気にしてないから、敬語なくしてよ。もっとフランクにさ」
若干怒りながらそう言われたので、大人しく従うことにしよう。
「……そうか、わかった。フランクね……。よろしくぅ〜☆」
「ぶはっ! なんか違う気がするけどイイ!! これからそれで行こ!!」
「金輪際やらないが?」
フランク(笑)を続けていたら、おそらく俺の高校生活は黒歴史と化してしまうだろう。だからこれっきりで終わりである。
甘いものを食べて夜ご飯を作る気もないため、俺は筆記道具を取り出して勉強をすることにした。
「ん? 勉強すんの?」
「期末テストも近いしな。傘もジャージも明日返してもらえればいいから、粟田さんは好きなタイミングで帰っていいし、好きなだけいていいぞ」
「ありがと。……ってかさ、聞かないわけ? なんであんなとこに一人でいたかとか」
「こういう場合、大抵聞かれたくないと思うから聞かないようにしてたんだよ」
「優しいんだね。あっ、そこ間違ってる」
「え、マジか」
カッコつけてたら即座に勉強の間違いを指摘され、なんだか腑に落ちない。粟田さんはどうやら勉強もできるらしい。
やはり「天は二物を与えず」とかいう言葉はまやかしだったみたいだ。
「勉強しながらでいいから聞いてよ」
「いいぞ」
「……パパと喧嘩してさ、家出てきたの。パパはママのことが大好きだったけど、病気で亡くなってからおかしくなったんだ。完璧で超人だったママを私に重ねて、私に対して完璧を求めてさぁ……。今日はいよいよ結婚相手まで勝手に決めようとしてきたんだよ? 終わってない?」
「それは……終わってるな」
粟田さんは頬杖をつき、紅茶を入れたカップの縁をなぞりながら話している。時折漏れ出るため息から、心底嫌がっていることが伝わってきた。
彼女の力になれるかはわからないが、俺も思っていることを言わせてもらうことにしよう。
「まぁ、粟田さんは絶対に間違ってないな」
「うん? いきなりどうしたの」
「子供は親の駒じゃない。親じゃないからよくわからんが、親ってのは子供のしたいこと、やりたいことを全力で応援するもんだろ。間違った道に進もうとしてたら正すだろうが、粟田さんの親父は間違い以前にお前の気持ちを蔑ろにしてる」
「うん……」
「粟田さんは胸を張ってやりたいことをやればいいと思う。……俺の本音をただ言っただけだが、気に障ることがあったらごめん」
シャーペンを動かすのをやめ、顔を上げて目の前にいる粟田さんを見たのだが、目を細めて笑っている彼女の顔が目に入る。
目尻にはうっすら光るものが見えた気がしたが、俺のジャージで拭ってそれをごまかした。
「はぁ〜〜。なんかスッキリした! えへへ、真剣に考えてくれてありがとね、冴木」
「っ」
そう呼ばれながらの彼女の笑みで、自分の心臓がどくんと跳ね上がった。
美少女の笑顔はやはり恐ろしいものた。
「別に。元気が出たなら何よりだ」
「……ねぇ冴木、もう少しここにいていい?」
「さっき言っただろ? 好きなタイミングで帰っていいし、好きなだけいていいぞ」
「そっか。うん、ありがとう。本当に、ありがとね」
その後、俺たちは会話をすることはなかったのだが、不思議と居心地が良いと感じた。
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