第15話:セッションは楽しい

「いいねぇ。連弾しようか」


 永山先生が主旋律で加わってきた。しばらく演奏を続けた後、永山先生が奥さんに視線を送る。奥さんは頷き、主旋律をヴァイオリンで弾きはじめた。永山先生に伴奏を譲り、武夫は鍵盤ハーモニカを持ち出して奥さん奏でる主旋律に、主張しすぎないようにハモりを加えていく。


 少しして永山先生が奥さんに合図を送り、伴奏をジャズアレンジに変更してきた。奥さんが頷いて武夫に視線を送る。武夫は了解しましたと頷いて主旋律を引き継ぎ、コテコテにアレンジを加えた旋律を奏でていく。


 しばらくそのまま演奏していると、突然義和が部屋の隅にあるアップライトピアノで主旋律を被せてきた。彼はこの短時間でアレンジの雰囲気を掴み取ったようで、武夫はそのまま主旋律を譲り、テクニカルな伴奏を上乗せしていく。


 演奏はそのまま盛大なラスサビを迎え、しかしアウトロに入る手前で奥さんがメロディックで情熱的なヴァイオリンのアドリブソロをぶち込んで終わらせない。ヴァイオリンソロが終わっても永山先生は再度サビに戻り、曲を続けていく。


 ここからは武夫、永山先生、義和の順でアドリブソロを演奏し、最後はもう一回全員でサビを弾いたところでやっと演奏が終了したのだった。


「いやぁ、楽しいねぇ。でもまだまだこれからだ」


 永山先生はそう言って休む間もなく低音を奏ではじめる。カノンロックだ。武夫は仕方がないとばかりにギターを構え、これぞカノンロックの神髄と言わんばかりにメロディアックな高音を掻き鳴らしていく。


 クラシックからジャズ、ジャズからロックと一曲ごとにジャンルが変わっていくが、永山家はやはり音楽一家だった。我慢できないとばかりに奥さんがアドリブアレンジでヴァイオリンを掻き鳴らし、義和も鍵盤を連打して追随してくる。武夫はリズムギターに徹し、永山先生は渋くベースラインをピアノで弾き続けていた。


――ジャンルは関係ないんだなー。


「ちょっと休憩しよう」


 慣れない環境と、普段連続で何曲も演奏することがないためか、さすがに武夫もちょっと疲れていた。それでも水分を補給して五分も経つと回復する。永山先生はちょっとトイレと言って中座している。


――大のほうかな?


 なかなか戻らない永山先生に対し、すこし失礼な想像をしている武夫だったが、ギターを抱えているということもあって、椅子に腰かけたままであるが、手慰みで弦をはじきはじめた。


 すると興が乗ってくるというのが音楽好きのさがであろうか。弾いている曲はリリースされたばかりのコテコテのアイドルソング、松田聖子の「夏の扉」の主旋律のバキバキのメタルアレンジ。


 この曲、上の妹が大好きで、最近よくおねだりされるのだ。妹が歌い、ギターで伴奏することもあるが、メロディーのギターアレンジをよくおねだりされる。調子に乗ってバキバキのメタルアレンジにしたら少し不評だったのが、今弾いている曲だ。通常のギターアレンジはピアノアレンジもよくおねだりされている。


 武夫の熱の入った演奏に、奥さんは「ほとんど別物ね。でも嫌いじゃないわ」となぜか感心していたし、義和は「カッケー」と瞳をキラキラさせていた。


 ちなみに、武夫はアイドルソングもよく聞いていて、これはこれでアリだと思っている。音楽に貴賤は無いというのが彼のポリシーでもある。それに、クラスメイトとの話題についていけなくなるのもヤバいのだ。だから流行りの歌とかテレビ番組とニュースはチェックしている。それ以外のテレビはほとんど見ないが。


 ニュース繫がりで行くと、一九八〇年に大平総理が急死して鈴木内閣が発足したし、モスクワ五輪に日本は不参加だった。細かい事件事故はバタフライ効果で変化しているだろうが、今のところ武夫が覚えている大きなニュースでの変化はない。知っているアイドルや有名人はデビューしたし、彼の記憶に残っているテレビ番組は放映されている。デビュー時期や放映日時は違っているかもしれないが、そこまで細かいことを彼は覚えていなかった。


「おまたせ」


 ちょうど武夫が弾き終わったところで永山先生が戻ってきた。その後は一度クラシックに戻って永山先生と奥さんのデュオを聴かせてもらったり、義和のピアノソロを聴かされて感想を求められどう答えていいか困ったり、武夫が未来少年コナンのオープニング曲のロックアレンジをギターソロで披露したり、四人全員でルパンのテーマ曲のジャズアレンジをセッションしたりして過ごした。


 ちなみに、義和のピアノソロの出来栄えを「正直な感想を聴かせてくれと」懇願されて、祈るようなまなざしの彼に武夫はさんざん考えた挙句「うーん、微妙、かな?」と一言だけ答えて撃沈させていた。


 夕食後永山先生と二人きりになったタイミングで、彼は「義和は全国大会ではじめて入賞して天狗になっていたからな。うん、あの感想は良かったよ」と腹を抱えて笑いをこらえていた。オモロイ親子である。

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