第10話:レッスン有料化と今後の予定

「ではこうしましょう。今年度からレッスンは有料とする。私が次のリサイタルで演奏する楽曲の中から数曲を編曲してもらうことで一年分のレッスン料を相殺する。これでどうかな?」

「ということは先生のレッスンを受けられるのはあと一年ということですか?」

「ノンノン。来年度もタケオ君に編曲してもらえば続けられるじゃない。ギブアンドテイクよ」


 木下先生は悪い顔をして笑みを湛えた。すでにプロ級の腕であるのにレッスンを続ける必要があるのかと疑問に思うかもしれないが、課題曲が作曲された意図や、当時の作曲家の心情、時代背景やお国柄などを教えてもらって、それを演奏に反映させるというのがレッスン内容になるのだ。


 ミスタッチなく正確に弾けるようになるのはレッスン前に自習で済ませておく事柄で、楽譜だけでは読み取れない情報をもとに、演奏の完成度を上げていくのである。


 木下先生から新たに四曲の編曲依頼を受けた武夫は、余計なこと言っちゃったなぁ、と思いながら帰宅の途に就くのであった。


――とりあえず明日一日と来週の土日を編曲作業に充てよう。


 もちろんたった二日で四曲もの編曲作業が終わることはない。一曲一週間、四曲でおおよそ一か月を武夫は目安として考えている。


 帰宅した武夫は、小一のときに叔父から譲り受けたアコースティックギターを鳴らしながら、自室のベッドに座って物思いにふけっている。


――そろそろ英語とピアノの練習時間を削るか。


 武夫の平日のルーティーンは以下である。


 6時半起床→英語勉強→7時45分朝食&登校→14時半下校→遊び→17時帰宅→ピアノ→18時半から19時夕食→ピアノ(半分は妹へのレクチャー)&ギター21時まで→就寝。


 土曜日は午後からピアノ教室、その後は臨機応変。日曜日も臨機応変であるが、ピアノを長時間集中的に弾きまくて体力もつけておこうと頑張っている。週一くらいであれば疲れるまでピアノを弾いても後に残らない。というか、この練習は疲れてからが練習の本番だと思っている。


 これは将来、長時間のコンサートに出演することになっても耐えられるようにするための新たに取り入れた訓練である。なお、土日に遊びの時間は取っていない。


 ピアノを約二時間、ギターを一時間、英語を一時間半。これを、ピアノを一時間半(妹へのレクチャー込み)、ギターを一時間、英語を三十分に短縮して、余った一時間半を中高の英語以外の教科書の勉強に充てる。


 遊びの時間は削れない。友達との付き合いもあるし、体を適度に鍛える意味もある。リア充を目指すには友達にガリ勉野郎と思われてはダメなのだ。


 英語に関しては単語や慣用句を覚える勉強はもう終わっているし、文法もほとんど理解できる。今は英語放送のラジオ視聴とか、古本屋で買った英語の小説とか本を読む時間に充てているのだ。一日三十分の読書でも英語力は伸びていくだろう。


 ピアノに関しては、技術の習得から感性を磨く練習に移行しているから、より集中力を増して一回一回を大切にすれば、一日一時間もあれば充分だと思う。ギターに関してはプロ級ピアノほど力を入れているわけではないから、今の練習時間で充分だろう。


――あとは空いた時間に受験勉強を進めて小学生のうちに大学入試を突破できるだけの学力を得られるように頑張ろう。



「お兄ちゃん、ピアノ教えて!」


 ドアの向こうから上の妹の元気な声が聞こえてきた。バタフライ効果の結果だろうが、上の妹の顔ももちろん前世と違うし、下の妹に至っては、顔どころか性別から違っている。


 性格ももちろん違っていて、上の妹は前世では大人しい方だったが、今世では活発で人見知りしない性格になっていた。前世の弟は母に甘えてばかりの甘えん坊な男の子だったが、今世ではマイペースな性格で、女の子なのに平気で一人でお留守番できるし、末っ子のせいか両親に甘やかされることがよくあるのに、それを煩わしがることがよくあった。


 そして上の妹は、お兄ちゃん大好きっ娘であり、武夫のことをものすごく尊敬しているようだ。


「よし、今日も頑張ろうね」


 ドアを開けて部屋を出た武夫は、目をキラキラさせている妹の頭をなでるのだった。

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