第13話 小夜子2
「だからね、社会人でご年配の老人どもと上手くやって行くためにはね、麻雀か競馬は出来なくちゃ駄目なのよ。私はいい加減それを学んだわ」
「や、なんでその二つなの?」
「受けがいいからよ。あと単純に楽しい。唯もやってみれば?」
一通り料理は食べ終わって、ゆったりと話をする。
小夜子さんはもう生中を5杯は開けている。私はそろそろ打ち止めで、温かい烏龍茶を頼んだところだった。
「お金でお金を賭けるって感覚が、よくわからない。賭け事は多分性に合ってないよ。麻雀は難しそうだから、やりたくない」
「話題だけでも付いていければ、結構生きやすくなるわよ。割とマジで」
今日の小夜子さんはお酒の影響もあってか、表情がコロコロ変わって楽しそうだ。機嫌良さそうに体も揺らしていて、赤色のメッシュが豊かに波打っている。
不意に一つ、ずっと尋ねたかったことがあったのを思い出す。
「何で金髪止めちゃったの?」
6年前、ちょうど私がギルドに探索者として登録した時、小夜子さんは新入社員として今のギルドに配属されてきた。あの頃の小夜子さんは見た目も態度も今とはまるで違っていた。金髪で耳には幾つものピアス。言動はトゲトゲしくて誰も寄せ付けようとはしない。気だるげに受付カウンターで頬杖を付いている姿が印象的だった。
「……何であんたはそんなこと覚えてるのよ」
残ったジョッキの中身を飲み干して、小夜子さんは新しくグラスワインを注文する。
「まあ、あれよ。世間知らずの小娘の精一杯のぐれてますよアピールとでも言えばいいのかな、あれは」
「世間知らず? どういうこと?」
「いやに食いつきが良いわね。一応あれ、私の黒歴史何だけど」
「だって、カッコよくて好きだったから」
「…………」
ちょうどいいタイミングでワインが届く。小夜子さんはことさら平然としたような様子でワイングラスをクルクルと回している。だけどよく見れば耳が真っ赤に染まっていて、目も据わっている。
「それで、続きは?」
「いや聞くのかよ!」
「うん。聞きたいな。駄目?」
「……ああもう分かった。分かりましたよ」
頭をガシガシと乱暴に掻いてから、小夜子さんは話し始める。
「……お嬢様だったのよ、これでも。知ってた?」
「うん」
ギルド会館の中で探索者が話してたのを、聞いていたことがある。
「私が産まれた家は昔の華族ってやつの一つでね。お金も土地も沢山持っていて、代々高級官僚を排出してきて、名家とか呼ばれてた。……今思うと随分時代錯誤で、堅苦しい家だったよ。家の存続が何よりも大事で、そのためにお金も権力も幾らでも得ようとしている。家長である父親が一番偉くて、その次が隠居した祖父で、三番目に長男」
小夜子さんは指を折って数を数える。子供っぽい仕草が目に焼き付く。
「私ね、結構顔頑張っちゃったの。幸いにも勉強はできたし、……昔はさ、神童って呼ばれてたんだよ。少なくともボンクラだった長男よりもずっと出来は良かった。三年飛び級して、帝都大学に入学して。ダンジョン研究の権威だった教授の研究室で論文を書いて、大学に残らないかって誘ってもらったんだけど、官僚になる道を選んだ。小さい頃から『家の為に生きろ』って教えられて育てられたし、私自身それが当り前だと思っていた。一種の洗脳だね。沢山勉強して、官僚になって、家の名に恥じない働きをすることが当時の私の全てだったんだよ」
小夜子さんはそこまで語ると、ふっと皮肉そうな笑みを浮かべる。
「国家試験も通過して、中央への配属が決まった時に、急に私への結婚話が沸いてきた。それも当主だった父の肝いりでね。相手は十も年上の、ダンジョン用装備開発のベンチャー企業の社長でね。……私さ、ずっと女子校育ちなの。大学でもずっと勉強か研究しかしてなくて、学生時代の甘酸っぱい青春みたいなものとは無縁だったの。だから年上の婚約者なんて恐怖でしかなかった。しかも結婚したら仕事は辞めて家庭に入れとか、私の今までの努力は何だったの?
まあ要するに、体の良い厄介払いだったのよね。私は致命的に空気が読めていなかった。家の為になると思ってやってきたことは、父や、それから兄にとっては邪魔でしかなかった。幸いにも母と祖父は私に同情的でね。家から離籍することを条件に結婚話は立ち消えになったわ。ただしその頃には中央への配属の辞令は取り消されていて、代わりに地方都市の世見平のギルド会館への左遷が決まってたんだけどね。たぶん兄辺りが圧力を掛けたんでしょうね。
……ちょっと唯、聞いてるの? あんたが聞きたがったから話してるのに。あと少しだから最後までジッとしてなさい」
「……うぅ」
思った以上に重たい過去語りに、頭がクラクラした。そもそも何が聞きたくてこの話を始めたんだっけ? 聞いている内に話の軸が見えなくなる。
「金髪の話よ」
「それだ!」
「全く……。
それでまあ、当時はかなり自暴自棄になってね。一思いにグレてやろうと決心したわけよ。たださっきも言ったように、私は世間知らずでね。グレかたがいまいち分からなかったんだよね。だから取り敢えずヤンキー漫画とか、そういうのを読み漁って、考えて。……思い返せば漫画なんてまともに読んだの初めてだったから、結構楽しかったんだよね。それで、取り敢えず形から入ってみようと決意して行ったのが、あの金髪だったというわけ」
そこまで一気にしゃべって、小夜子さんは喉が渇いたのかワイングラスをグイッと煽る。ぷはぁ、と可愛い声を漏らした彼女は、なんだかとてもすっきりしたような表情を浮かべていた。
「まあそんな訳で当時の私は、産まれて初めてする非行というヤツの真っ最中だったわけ。今にして思えば随分と子供っぽかったし、職場の人にも受け持ちの探索者さんたちにも随分と迷惑を掛けたわね。……絶対付き合い難かったでしょ?」
「そうでもなかったよ? 少し怖かったのは確かだけど、一度引き受けたら結構親切に相談に乗ってくれてた。……凄く面倒臭そうだったけど」
「何事にも面倒臭そうに対応するのが、非行の流儀だと思ってたのよ!」
「やっぱり、なんだかんだで当時から真面目だったよね」
「そんな風に言うのは、あんただけよ」
そう言うと小夜子さんは、再び赤ワインをチビチビと飲み始めた。弛緩した雰囲気が流れる。安心したような、ちょっとだけ眠たいような。酒場の喧騒が、どこか遠くに聞こえる。
「……私さ、唯の担当じゃない?」
「そうだね」
「だからさ、あんたの事情とか結構知ってるんだよね、一方的に。だから、まあ、ちょっとすっきりしたよ」
「そっか」
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