第8話 人型殺し2


『ブモオォォォ!』


 ミノタウロスの叫び声に呼応する様に、大気が脈動する。魔法系スキルを持たない私でも、振動する魔素が風景を歪ませていることが分かる。同時に『感覚強化』で鋭敏化した皮膚が、周囲の温度の急激な上昇を感じ取った。

 上級の『火魔法』。自分も含めた周囲一体を、まとめて焼き払うつもりなのだろう。

 ……上等だ。魔法系スキルはその他のスキルよりも扱いが難しい。魔法に意識を集中した瞬間を捕らえて、難なく『隠密』を発動する。近づければダメージは与えられる。勝負所だろう。

 ミノタウロスを中心に、炎の波が地を舐めるように広がって行く。おそらくまだ魔法は完成していない。広範囲、高威力の魔法の放つには、それだけ集中と溜が必要だ。ただ私にとっては前段階の炎と高熱だけでも十分に命取りになり得る。

 炎の海の中を、対火エンチャントされた外套を頼りに、『歩行』を使いながら、炎のムラを見極めて接近する。背中に回り込み、『震脚』と『跳躍』を同時発動。首後ろの脊髄めがけて『刺突』を放ち、そのまま首元を抉りとるように掻きまわす。

 辺りに展開していた炎が、途端に掻き消える。ミノタウロスの身体を蹴り飛ばしながら刺突を引き抜き、ミノタウロスから距離を取る。

 ……流石に無傷とは行かなかった。肌の火傷を癒すために回復と気付けのポーションをポーチから引き抜いて、一気に飲み干す。ミノタウロスはその間も地面に手をついて、血反吐を吐き出し続けている。だけどすぐに『超回復』の効果ですぐに傷口は塞がってしまう。

 再び立ち上がるミノタウロス。だけどその顔には既に戦意は欠片も見られない。そこから先は、一方的だった。ただやみくもに振り回される大剣を避けて、『隠密』で潜る。そうするとミノタウロスは半狂乱になって目元を守り、やみくもに『破砕』を放つ。それを避けながら関節や、首筋や、鳩尾や、胃なんかを機械的に『刺突』していく。ただの作業だ。幾らでも好きな時に『隠密』で潜れる。

 ……何だ、その化け物を見るような目は。化け物はお前だろう。みっともなく逃げ回りやがって、化け物の癖に。別に私はいたぶっている訳じゃない。こうしないと殺せないから、やっているだけだ。生き物を楽しんで殺す趣味なんて、あるはずが無いだろ。お前と違って。

 お前たちは殺すのが好きなんだろ? できるだけ苦しめて、生きたまま腹を食い千切ったりして。だから私も同じようにやっているだけじゃないか。なのになんでお前からそんな風に見られないといけないんだ? 嫌なんだったら早く手をどけろ。すぐにでもお前の眼球を潰してやる。そうしないんだったら私は、お前が根を上げるまで刺し続けるだけだ。


「…………」


 不意に我に返った。

ミノタウロスは全身穴だらけで、『超回復』が追いついていない。片腕は肘から先が千切れかけており、プラプラと揺れている。ただ地面に倒れれば次の瞬間には殺されるのが分かっているのか、血の吹き出す足で必死に耐えていた。みっともないけど、それでも生きようとしていた。

 ……何だか、酷く疲れてしまった。体も、心も。

 ミノタウロスのすぐ目の前で、『隠密』を解除する。先ほどまでは一切認識できなかった相手が急に目の前に現れる。ミノタウロスは反射的に片腕で握った大剣で切り付ける。『斬撃』のスキルは当然発動しておらず、まともに力も籠っていない振り下ろし。それに合わせて『震脚』を発動し丁寧に力を上半身に集め、『抜刀』でスティレットの刀身を加速する。まだ振り切り終わらない大剣の根元に当てる。


「『弾き返し』」


 大剣が後ろに跳ね上がる。それに引っ張られるようにミノタウロスの上半身も、大きくのけぞる。とっさにミノタウロスは大剣から手を離し、目元を腕で庇った。……そっか、そんなに傷ついてもまだ生きたいんだな。少し、本当に少しだけ尊敬して、哀れにも感じた。

 刀身の折れ曲がったスティレットを投げ捨てて、ミノタウロスの膝を踏んで『跳躍』する。『隠密』を掛けて仰け反った牛頭、その顎の下から『刺突』を通す。スティレットの刃先は口内を貫通し、狙い違わず脳を貫いた。

 痙攣しながらミノタウロスは倒れる。引き抜いたスティレットを、確認の為に眼球にも突き刺す。今度こそミノタウロスはピクリとも動かなかった。

 その死体を眺めながら、暫しぼおっとしてしまう。トントンと頭を叩いて情報を整理して、それでようやく動けなくなっていた探索者のことを思い出した。


 彼女は木の幹に体を預けたまま、黙って動かなくなったミノタウロスを眺めていた。幸い、『破砕』の礫や炎に巻かれてはいなかった。彼女の足元には私が渡した回復ポーションの空き瓶が転がっていた。多分だけど怪我の心配は無いだろう。


「大丈夫?」


 声を掛けると彼女はピクリと震える。ぼんやりと開かれていた目が、私を見上げる。煤塗れになっているだろう顔が何だか恥ずかしくなって、外套のフードをもう一度被る。


「えっと、大丈夫?」

「……全然、大丈夫じゃない」

「あー、そうだ、……ですよね。何があったか言えますか?」

「あの化け物に襲われて」

「はい」

「仲間が殺されて、」


 女の人は手で自分の身体を掻き抱いて、くたりと表情を歪ませる。


「わ、私、何も出来なくて。一人だけ、逃がされて……!」

「…………」


 ずっと押し込めていたものが噴き出したのだろう。彼女の瞳からぽろぽろと涙が零れる。ただそれは鬱屈とした涙では無かった。突然現れた理不尽に対して憤って、何より無力だった自分をなじる様な、抑えきれない激情が込められていた。凄い人なんだなと、素直にそう思った。


「探しに行きましょう」

「もう、手遅れよ……」

「それでも、ちゃんと見つけ出してあげないと、駄目です。仲間なんですから」

「…………」


 女の人は、もう何も言わずに立ち上がった。魔法職の杖で体を支えながら、自分の逃げてきた道を何も言わずに進もうとする。慌てて彼女を追いかけて、露払いの前衛に付く。


「ねえ、一つ聞いても良い?」

「なんですか?」

「どうやって『物理ダメージ無効』を突破したの?」

「ああ」


 その事か。一応私の飯の種ではあるのだけれど、隠す程のことでも無い。


「私、『隠密』が得意なんですよ」

「ええ、見ていれば何となくわかるけど、それがどうして?」

「えっと、スキルって少なからず発動者の意識に影響されるわけですよね? だから相手がそもそも認識できていない攻撃には、パッシブの防御スキルであっても発動できないのではないかと」

「いや、そんな話は聞いたことも無いんだけど……」

「でも実際問題すり抜けちゃうんです、『隠密』で」

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