第9話 弔い(佐倉透視点)


「佐倉、お前、戻って来たのか……」


 リーダーは生きていた。右腕は切り落とされたようで根元から下を包帯で覆っているが、それでも生きていた。傍らには上皇もいる。こちらも『破砕』の岩盤で全身を強打した影響か至る所に血が滲んではいるが、リーダーよりも軽症であるらしかった。思わず地面にへたりこんでしまう。


「お前、逃げろと言っただろうが! なんで戻ってきやがった!」

「柳瀬、落ち着きなさい。佐倉、ミノタウロスはどうなったのです?」

「討伐されました」

「は? 救助隊の到着にはまだ早いだろうが。一体誰が倒したんだよ」

「それは、この子です」

「はあ? ……うお! 何だお前、何時からそこに居た!?」


 どうやらリーダーも上皇も、この子の存在に気が付かなかったらしい。


「あ、どうも」

「いやいやいや、どうもじゃねえよ! どんな状況だよ、これ!」

「リーダー、彼女は紛れも無く私の恩人です。失礼な態度は取らないでもらえます?」

「そうですよ、柳瀬。探索者同士で言い争っている時間は無いでしょう。何はともあれ現状の確認です」

「……クソ、俺が悪いのか?」


 何だか不満そうなリーダーは無視して、状況の確認を進める。


「……本当に無事だったんですね」

「ああ、片腕を落として、出血多量で動けなくなった時点で、お前を追いかける方を優先したんだろうな。ポーションと止血で何とか生きてはいるが、この様だよ」

「私は情けないことに、全てが終わるまでずっと気絶していましたよ。……本当に申し訳ない」

「謝らないでください。私は、逃がしてもらえました。それに、逃げることしかできませんでした」


 そう伝えると上皇は薄く笑った。途端に十歳も老け込んでしまったみたいな、疲れ切った笑みだった。


「佐倉、本当にミノタウロスは討伐されたん?」

「はい。死骸も残っています。後で確認しに行きましょう。それで……」

「ああ、会いに行ってくれ」


 バラバラの死体の山が置かれた場所とは少し離した位置に、よっちゃんとクマさんの遺体は置かれていた。

 上半身と下半身が分かれていたよっちゃんは、身体が揃えて置かれている。その横には全身が焼け焦げ、所々から黄色いリンパ液を垂らすクマさんの遺体も。胸元のアーマーが大きく引き裂かれ、赤黒く変色した肌が見えている。きっとこの傷が止めだったのだろう。


「また若者を先に死なせてしまった。また生き恥をさらしてしまった。情けない……」

「馬鹿が、生きていることを悔やむんじゃねえよ。生きちまってるんだから、仕方が無いだろ。また、育てるんだよ。コイツらから学んだことも加えて、余すことなく下の世代のヤツに伝えるんだ」

「そうだなあ、……ああ、本当にそうだ」


 仲間の死体を目の辺りにしても、言葉一つ上手く紡げなかった。いろんな感情が喉の奥で渋滞している。だからせめて、絶対に忘れないようにしようと思った。唇を噛み締めて、二人の遺体を見下ろす。途端に、肉が焼けるような臭いが、強くなった気がした。

 隣に女の子がしゃがみ込む。色素の薄い、赤色の瞳が印象的だった。大学時代に何度も触れた実験用マウスと同じ、アルビノの色。凪いだ湖面みたいに感情の揺らぎが少ない静かな視線が、二人に向けられている。そして彼女は傷をジッと観察した後、聞き取れないくらいの小声で何かを呟いて、静かに手を合わせた。ひっそりと瞳を閉じた静謐な横顔は、ぼおっと視線を引き付けるような引力を持っている。私もリーダーも上皇も、黙って彼女が祈り終わるのを眺めていた。






「救助隊が来たみたいです」


 外套のフードを被り直した女の子の頭がピクリと揺れ動き、視線を木々の向こう側に投げかける。そうか、『感覚強化』を持っているのか。それで、いち早く人の気配を感じ取ったんだと思う。

 しばらくすると女の子が指示したのと同じ方向から、探索者の一団が歩いてくるのが見えた。先頭に居るのは、たぶんだけど団長だと思う。その姿を見た途端、不意にまた涙腺が緩んだ。これではいけないと思い直し、汚れた袖もとでくちゃくちゃと目元を拭いてから、立ち上がって団長に合図を送る。


「……生きてたか。よくやった。誇りに思うぞ」

「団長、米原と熊谷が」

「分かっている。配信は確認した」


 槍を杖のように突きたてて状況を報告しようとしたリーダーを、団長は押しとどめる。すぐに隊列から治癒術師が飛び出し、まだ僅かに血の滲むリーダーの腕が切り落とされた肩口を治療し始める。

 それから団長は引き連れてきた倒竜会の団員に指示をだして、それに従って探索者たちは動き始める。現場の保存と魔物除けの結界の設置、探索者の遺体の保護と、あのミノタウロスの屍の確認。一通り命令を出し終えると、団長は改めて向かい合う。


「お前らにはいろいろと聞きたいことがあるわけだが、帰ってからでいい。ただまあ、取り合えず一つだけ」

「何でしょうか?」

「お前らの恩人は、何処に行った?」

「…………え?」


 そう問われて初めて気が付いた。あの特徴的な白髪の女の子が居ない。……え、本当に居ない。


「私の横に座ってたと思いますけど」

「いや、俺がここに到着してから、件の探索者の姿は一度も感知していない。……その様子じゃ、斥候に出ている訳でもないんだな」

「……逃げた、と考えて間違いないでしょうな」


 上皇の返答に、団長は頭を抱える。「報告義務を知らんのか」、と至極もっともな小言も漏れる。


「まあ、団長。あまり表に出たくない探索者だって、一定数居る訳ですから。相手は俺たちの命を救ってくれた恩人である訳です。何とか穏便に済ませられませんか?」

「穏便と言われても、お前らな」


 その時、ちょうど良く団員の一人がこちらに向けて歩いてくる。手に持っているのは重電の切れた、撮影用ドローン。高性能な撮影備品が、情けなく泥で汚れている。


「撮影許可、取ってないだろ?」

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