第二戦闘 イケすかないゴッデス

「ってええええっ...あれっ?」


腹部を刺された痛みというのは尋常ではない。その上ナイフを抜いては出血多量で死ぬので触ることも出来ない。痛みに苦しんでいるうちに手放せたはずの意識が何故かハッキリと戻ってくる。自身の回復力に恨み節を垂れようとしたそのとき気がつく。脇腹の痛みが無くなるどころか、刺されたことが勘違いであったかと思うほど綺麗さっぱり切創が消えていることに。


「まっぶしっ...なんや...これ...」


そして、自分が真っ白い空間にいることに。床と空間の境目すら分からないほどの明るさ、フラッシュバンを食らったような目の痛さに思わず目を瞑る。


「あ、起きてんじゃん笑える」


そんな折に耳に飛び込んで響く声。意識を手放す直前に聞いたあの声色だ。

完全に目を開くとその明るさから針を刺されたかのように痛いので恐る恐る、ほんの少しばかり瞼を持ち上げる。

そこには、この空間に広がる痛いぐらいの白とは違い、濃厚で甘いミルクのような優しい色合いの白に染められた衣を着た、淡い青眼の少女が立っていた。

彼女の肌にはシミひとつ、シワひとつなく、幼さと純粋さを携えたいたずらっぽい笑みには白金色の後光すら見えるほどだ。


「え、天使...?」

「ぶっ!w」


思わず口に出た言葉に、"天使"はその格好からは想像できないほど俗っぽく吹き出す。


「この状況で女口説く余裕あるの笑えるんだけど」「は?違」「流石にきもいわw」「はあああっ!?」


パンパン!と手を叩きながら第一印象を述べた東条の言葉をお世辞か口説き文句と認定し笑う"天使"。慌てて東条は否定するが、それさえも図星の表明に思えたのか、彼女は一方的に気持ち悪がり始める。


「ちゃうちゃうちゃう!もうほんまにマジ状況がッ...俺ドツかれ...まずお前誰やねん!」

「あーはいはい。召喚された地球ホモサピって大体話通じないんだよねー...まあもう慣れたけど」


心外、困惑、怒り、疑問...色々な感情と考察がとめどなく溢れ、何から訴えるべきか判断がつかない。

そんな様子を見た"天使"ははあ、とため息をつくと目の前にいる"地球出身のホモ・サピエンス"略して"地球ホモサピ"を見下ろしながらパチンと指を鳴らす。


「はいどーぞ」

「あぁっ!?」


訴えの途中頭上に下る衝撃。見ればファンタジーで見がちな硬いライ麦パンと牛乳、そしてサラミが落ちてきていた。


「アタシは女神ヘルネス。取り敢えずそれ食べて落ち着いてくれる?」「...」「何よ」


話を遮られ不愉快そうにしていた東条だが、やがて降ってきた品目を見て表情を和らげ、ぽかんとした顔でヘルネスを見つめる。確かに食事はありがたいのだが―――


「朝飯食うてきたから腹減ってへんワ」

「笑える、アンタ実は余裕でしょ」


ーーーーー


「じゃあ、俺はやっぱ死んでもうてんな」

「そうよ。てかめっちゃ普通に受け入れるじゃん笑える」

「まぁ〜な。俺も色んなやつ半殺しにしてきたし自分がやられてもしゃあがあれへんわ」


ヘルネスと名乗った天使改め女神は、東条に彼がやはり死んでしまったこと、現世には戻れないこと。そして魂を彼女が捕まえ、ここに召喚されたことを教えた。先ほどと打って変わって彼がうろたえる様子は一切ない。死や痛みへの恐怖は刺されたその時に散々感じたし、"向こう側の世界"に来てしまった今となっては死後の世界への不安もない。東条の心の中あるのは"まあ、そうされても仕方があらへんか"という諦念に近い悟りのみだ。


「んで...召喚した理由はなんなん?流石に話し相手とかやったらちと困るで」

「笑える!違うわよ。あんた正に自閉症って感じの喋り方だし頼むわけないでしょ」

「お前まじエグすぎ...」


普通に予想される役回りを挙げてみただけなのに、とんでもない角度から強度の高いテクニカル罵倒が飛んできては思わず音を上げる東条。この女神、神は神でも疫病神なんかなんじゃないだろうか?


「もー、すっとぼけないでよね。どうせ予想出来てるんでしょ?転生よ、て・ん・せ・い!」

「おはあ!待ってましたァ!リゼロみたいな感じかいな!?」

「どっちかってゆーとノゲノラみたいな感じね」


東条があんまりにも悩む素振りを見せるので、痺れを切らしたようにヘルネスがビッと人差し指を立てて答え合わせをする。

もし違っていたらと思うとまた煽られそうなので言わなかったが、彼もまた一人の男子。男は何歳になっても未知なる世界への冒険が大好きなものだ。まさか自分が数多の小説の主人公がされたように転生させられることになるとは!

とりあえず自分が知っている作品をあげてみるが、ヘルネスが言うにはどっちかと言えばノゲノラに近いらしい。サイコロ振って国土の取り合いでもするんだろうか?


「ノゲノラみたいな感じて...どんな感じの世界なんや?」

「そーうーねー、えーっと。」


せっかく女神という圧倒的上位存在と話せる機会なのだ。これから行く世界のことは詳しく聞いておきたいものである。

ヘルネスは東条に質問されると少々真面目な顔つきになっては中空に指を伸ばし、光が込められた指を滑らせて五芒星を書くと、linuxコンピューターにログインした時のように未知の言語で延々と書かれた文字列が溢れ出し、彼女がタッチパネルを操作するようにその文字列をタップしたりスワイプしたりして進めていくと、やがて地球に似た惑星の3dホログラムとともに、転生先の情報をまとめたであろうスクリプトが添えられた画面が現れ、彼女はそれを見て説明を始める。


「アンタが行く星は...ガルテッドと呼ばれてるわ。魔法やスキルが発達してる分科学は中世レベルかそれ未満。政治や経済体制もそんな感じよ」

「マジで異世界って感じやな」


特に特筆するべきことはない中世ファンタジー世界。ヘルネスは明言しなかったが恐らく魔物や魔族といった異種族も多く存在することだろう。


「で、アンタらホモサピは最底辺なのよね~、笑える~」

「マジでノゲノラって感じやな。全然笑えへんわ」


そう彼女が言うと惑星を表現していたホログラムがチンパンジーに切り替わり、大きバツ印がつけられる。

なるほど...そういった意味でノゲノラのようだと表現していたのか。これなら納得だ。


「どーも俺が知っている異世界転生ものよりかは厳しいものになりそうやな...てか人間がチンパン扱いなの普通に腹立つねんけど...で、俺に魔王でも倒せっちゅうんかい」

「魔王は極東に引きこもって久しいわ」

「ほなゲームでもやって失地回復か?」

「アンタにそんな才能ないでしょ」

「配信でもしよか」

「ダメダメ、3秒でbanよ」

「それともハーレム」「ぶっw」「は出来へんねやろ!オノレの顔面の出来の悪さぐらい知っとるわいボケがッ」


転生先が分かったところでその目的を問うてみるが、どれもハズレハズレ。ダメ元で自身の願望が入った予想を述べてみるが、ヘルネスの汚言症の発作が出そうなのでやけくそ気味にその可能性を自ら否定しておく。ああ悲しきかな...


「ほなよ、どないせえっちゅうねん」「別に何もしないでいいわよ」「は?」


予想外な返事に拍子抜けて素っ頓狂な声を上げる東条。が、ヘルネスが少し慌て気味に両掌を掲げて訂正する。


「あ、やっぱ何もしないはダメ。なんか面白いことやって生きてちょうだい。そうじゃなきゃ鑑賞会が盛り上がらないわ」

「はぁ〜?話が全然見えへんワ、どーいうことやねんそれ」


やっぱりよく分からないとお手上げな様子でそう告げる東条に、"まあこれだけでは分からないわよね"と彼女は告げ、今度こそしっかりとした説明を始める。その説明は概ね以下の通りであった。

彼女ら女神たちは、数千年、あるいは数万年という悠久の寿命を冥界へ向かう死者の魂が流れる川のほとりに建てられた城で過ごす。

彼女ら本来の仕事は、現世...いわゆる地球のある宇宙で星系間戦争などが起こって死者が激増した際に川が氾濫を起こさないよう治水工事に勤しみ、堤防を管理することである。

しかしながらここ数十万年は先代女神たちが行った大規模治水工事のせいである程度の宇宙戦争が起きても魂が氾濫することはなく、ただ川の流れを眺めて寿命を迎える者さえ出る始末であった。そう、彼女らは凄まじく"暇"であったのだ。

故に彼女らは娯楽を求めたのだ。といっても現世や先程述べたガルテッドで起こることなど見飽きたので、彼女らは冥界へと流れ込む川の中に手を突っ込んでめぼしい魂を拾い上げ、様々な並行宇宙や異世界に転生させ、その人生をブロードキャスト..."配信"として観察することでエンターテイメントとしたのである。

面白い瞬間があれば動画を編集するようにしてその時空を切り抜き複製して保存する。それを更に複製し、鑑賞会で放映することで人生最高の瞬間切り抜きを楽しむ。

そしてその人物が異世界で死ねば、その人生の記録を配信アーカイブとして残し、暇になったときに再生し懐かしむのだ。

そう、彼女らは死者の魂を暇つぶしに転生させているのである。


「ってことだから、面白みのある人生を送って欲しいのよねー。切り抜きも出るしアーカイブにも残るからさ」

「俺は切り抜き屋の金ズルにされるVtuberか!いやどっちかっちゅうとトゥルーマン・ショーか。」

「いちいちうるさいわねー!あんたらホモサピの魂なんてアタシたちのおもちゃでしかないの!こうして懇切丁寧に説明してもらえるだけ有難いと思いなさいよね」

「かーっ!神って揃いも揃ってこんな感じなん!?俺来年から初詣行くんやめよ!」


関西人特有のしつこい徹底的なツッコミに思わず人間を見下したような発言を繰り出すヘルメス。しかしながら人間だってIQが20違えば会話が不可能と言われるのだから、神という絶対的上位存在からすれば人間の生き死になんてその程度の扱いなのは頷ける話だ。

とはいえど屈辱的なのは変わらないので、東条はこの憤りを全国の寺社へのとばっちりとして処理することにしたのだった。


「ま、そゆことだから、そろそろ行こっか」


漫才もほどほどに、ヘルメスは開いていたホログラムを閉じると、遠近感が消えうせそうになる真っ白い床へ手をかざす。

さすれば様々な幾何学模様で構成された青白い光を放つ魔法陣が出現し、その中心部分の空間が靄がかかったかのように歪み始める。恐らくワームホールのような状態...彼女が魔力を注げば異世界への扉ががっちゃんと立ちどころに開くのだろう。

東条もこれを見ればいよいよかと身体に力が入り、先ほどまでの緊張の解けたおちゃらけた雰囲気が消えていく。

さあ、全くもって突拍子もない、想像だにしなかった冒険と、まだ見ぬ仲間、厳しくも雄大な異世界が俺を待って―――


「あっ大事なこと忘れてた」


はっと忘れ物に気が付いたようにヘルネスがパンッと手を叩くと放射状に広がっていた魔法陣が一気に中心点へ引っ込む。そのせいですまし顔で中心部へ歩み寄っていた東条はバナナの皮でも踏んだみたいな勢いでひっくり返り手付かずになっていた牛乳瓶を蹴っ飛ばす。吉本新喜劇みたいな見事なズッコケ、関西人の血は争えない。


「なにすんねんボケェッ!」

「ごめんごめん...戦争がめっきり減った地球出身の転生者を送る以上、すぐ死なないよう、あと面白味を増すために女神あたしたち謹製スキルを一つプレゼントすることにしてるの」


到着する前から怪我していては世話ない話だと憤慨する東条にてへぺろっと後頭部に右手をやりながら謝るヘルネス。そして転生の議を中断した理由を説明し始める。

理由はまさにオーソドックス、ありきたり!あの世界中を巻き込んだ絶滅戦争から80年近く経ち、正に今この小説を読んでいる聡明な読者の方々のような、虚弱で甘えん坊で軟弱な現代のもやしっ子じゃ試される大地なんぞ比にならないほど厳しい異世界に耐えられるはずがないということで、ヘルネス達女神が作りあげた特別なスキルを与えてほっぽり出す手筈になっているのだ。

ちなみに上記の罵倒に関する反論に関しては、是非とも靖国に祀られている方々の前で自らの強かさを示すことで成し遂げて頂きたい。


「あぁ~はいはいはい、"チート"ってやつやな」

「で、どれにする?筋力無限とか?それともアンタ、日本大好きだしジエイタイ召喚できるようにする?あっ、最近追加した無限回復スキルとかーーー」

「いや要らへん!」「え?」


ヘルネスの説明にコクコクと頷き、やっぱり現実でもあるんやな...と呟く東条。

だがヘルネスが再びホログラムを開き、並み居るチートスキルの一覧表を出し始めたタイミングで待ったをかけ、どのスキルも要らないと言い放つ。顔を顰めるヘルネスに対して、東条はドンッと自分の胸を叩き高らかに宣言する。


「日本男児と生まれたなら、ズッコイ武器チート使わずエルフやろうがドワーフやろうがこの鉄拳でイワしたるんが筋やろがい!」

「えー...いやぁ...早死にされても困るんだけど...」


その勇ましい反応にもヘルネスは冷ややかである。

それもそうだ。自分の目の前にいるのは矮小で弱弱しい、簡単に殺すことが出来る人間だ。これから召喚される世界の"状況"を鑑みてもチートスキルなしでほっぽり出すのは猛獣の檻の中に赤ん坊を放り込むようなもんである。


だが、ヘルネスはどこか確信に近いものを感じていた。

"この男なら、チートスキルなしで私たちに面白いものを見せてくれるのではないか?"という、夢見るにも無謀すぎる希望を―――


そもそもこの向こう見ずな右翼学生は、起訴されれば有罪率99%、インターネットの普及により一度逮捕され、実名報道でもされようものなら永久に情報が残り、まともな仕事に就くことすら出来なくなる、誰もが失敗を恐れる現代の日本社会で「外国人排斥のため殺人をも厭わぬ数多の暴力事件を起こし」ながら「真面目な苦学生として大学に通う男を演じきっていた」のだ。

そのうえ自衛隊をはじめとする軍事組織に入っていたわけでも、かといって他国でPMCをしていたわけでもない、格闘技や武道を習ったこともない...ただただストリートファイトで己の拳をたったの数年で鍛えただけの男であるのに、一切容赦なく人の頭に金属バットを振り下ろせるのだ。

人を殴り殺す覚悟と、それを支えて余りある実力...その二つを武器にして、彼は暴力団や怪しい半グレが裏で跋扈する右翼団体の中に、大学生という表の身分を保持しながら自ら食い込んでいったという事実がある。

それは規律厳格な現代社会では到底評価されることではないが、混乱を極める乱世の時代には英雄の資質であるといえる。


気が付けばヘルネスは、タッチパネルを弄る手を止めていた。


「...転生者たる貴方に、どうか溢れんばかりの幸福と苦難がありますように。"護岸の女神"ヘルネス・アーキ・メルスフィリが、貴方の旅路を心より祝福申し上げます。」


静かに閉じられる画面、再び展開される魔法陣、形式ばった、だが思いやりと格式に満ちた送迎の挨拶...もう、二人が延々と漫才を続けることはない。東条も今回は転ぶことなく魔法陣の中心点までたどり着くと、たんっと地面を確かめるように足踏みし、その時を待つ。


「おいヘルネス」

「何よ!今集中してるから話しかけないでちょーだい!」


光が東条の身体を包んだかと思うと、彼の身体はつま先から徐々に透き通っていく。そして徐々に夢から覚めるかのようにして、この白い世界から意識が抜け落ちていくのを感じる。

時間にして一時間足らずの女神ヘルネスとの邂逅。次会うときは東条が死んだ時だ。

そう考えると少し名残惜しくて...今でも何故こんなことを口走ったか分からないが―――拳を彼女の方に突き出し、こう叫んでいた。


「日本人のこと、人間のこと、嘗めんなよ!」


綺麗に固めたオールバックの先まで青白い光に包み込まれたとき、巨大な光の柱が天空を貫き、そして魔法陣はその光の柱に吸い込まれるようにして消えていく...そこに残るは、あの痛いほどに白い部屋であった。

ヘルネスはふぅ、と深いため息を一つついたのち、割れた牛乳瓶と食べかけのライ麦パン、齧られた跡のついたサラミを消滅させれば、その白い部屋を後にせんと歩き始める。


「ほんっと、超生意気なうえに身の程知らずで笑えるヤツ!さあて、これから、じっくりと見させてもらうわよ...女神に喧嘩売った地球ホモサピの実力ってのをね!」


少なからぬ期待を、その小ぶりな胸に渦巻かせながら。

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