意志の勝利 ~ガチ右翼大学生、上位存在が支配する異世界にてチートスキルなしで最底辺種族から成り上がる~

@arabesuku

極右の青年異世界へ行く

第一戦闘 あっけないもの

大阪ミナミ 道頓堀

歓楽街として有名なこの地域は、大阪名物グリコサインがあることもあって時間曜日関係なく、ひっきりなしに観光客が訪れ、戎橋を渡っていると様々な国の言語が聞こえてくる。英語から韓国語に中国語、東南アジアの言語やヒンディー語をはじめとするインド系の言葉まで、正に人種のサラダボウルといった具合だ。

立ち飲み屋一つとっても外国人観光客にとっては興味をそそられるのか、端っこに構えた小さな店であってもなじみ深い企業ロゴの入ったビール瓶を片手に、顔を毛の生え際まで真っ赤にしてへべれけになっている白人観光客の集団や、自撮り棒片手にvlogを撮りながらお通しをこれ見よがしにカメラの前で頬張るアジア人で溢れており、日本人を探す方が難しいぐらいだ。


そんな賑やかな歓楽街の一角に構えた比較的小さな大衆酒場...今日来た"外国人の御客様"は少々タチが悪かった。


「ちょっともう...すいませんホンマにお客さんおられるんで動画撮影とかはちょっと...」

「オーウニホンゴワカラナイ、ニホンゴワカラナイ」


一人はスマホを持ち、顔を隠して嫌がる女性店員の顔面を覗き込むようにしてしつこく撮影するチビの黒人の男。

大学生アルバイトらしき店員は嫌悪感を隠すことなくなんとか画角から逃れようと顔を背けたり手で隠したりするが、チビはやめようとしない。そのうえ客でごった返しているためキッチンに戻ることも出来ず、立ち往生したまま嫌がらせを受け続けている。

打ち上げらしき大学生の集団が"おいやめとけや"などとチビにたいしてちょくちょく声を掛けてはいるものの、悲しきかな日本人の性...マナーを兼ね備えた者ほど拳を振り上げたり、カメラを無理やり遮ったりといった実力行使に出られないのだ。弱腰な学生に幾ら声を掛けられようと知ったことじゃないといった具合で、チビはとうとう顔を隠す手を掴んで無理やり顔を写そうとし始めた。


「movie... no camera!no!」


流石に居ても立っても居られないといった具合で立ち上がったのは、店員のすぐ近くに座ってことの成り行きを見ていた、日雇い帰りらしき小汚いはげた中年男性だ。手を掴んでいたチビを押し飛ばすと、そのまま店の外に連れ出そうと近づいていくが...そう、不届き者はもう一人いたのだ。


「Yooooo what do you doing dude!」

「おわあっ!?」


真っ黒い、肉付きの良い腕が伸びてきたかが早いか、中年男性はまるで身に着けているジーンズ生地の作業服が風に吹かれるのと同じように軽々と吹っ飛び、大学生グループのつまみを盛大に吹っ飛ばす。騒然とする店内、女性店員は泣きそうになりながらバックヤードに逃れることが出来たものの、店は営業どころではない状況だ。


「huh? are you racist? you racist huh?」

「な、なんやねんお前ぇ...」


男性に突き飛ばされたチビはその間に起き上がると、男性に詰め寄る腕の主...キャップを被ったドレッドヘアの黒人大男の後ろからスマホを向け下卑た高笑いを響かせている。幾ら肉体労働で身体を鳴らしているとはいえ、自分が対峙する黒人大男が2m近い身長と自分の倍はありそうなガタイの良さとあっては、悔しくも意気消沈させられるほかない。


「最近ああいうの増えたよなあ...」

「ホンマ、行儀悪い奴が旅行こんとって欲しいワ」


騒然とする店内の端っこで隠れるように枝豆をつまむ常連の二人組は、もううんざりだという風に言葉を交わし合うのであった。

最近、道頓堀ではこの手の配信者の来訪が増えている。

主に東アジア圏に代表される、自分より体格が小さく、モラルの高い国民性を持つ国に来ては、あの手この手で店員や客に迷惑をかけ、その上指摘されれば自身の"人種"、そして外国人という"マイノリティ"を盾に詭弁を弄し、レイシストとレッテル張りして正当化する。勿論こういった行動は国籍問わずほとんどの人々から顰蹙を買うが、なんのひねりもないご都合主義の異世界転生物語が流行る世知辛いご時世においては心の荒んだ者共がエンターテイメントとして楽しんでいるらしく、一定の数字が取れてしまうのだ。

こうしてこの国は観光客というだけでペコペコして、お人好しのまま、ゆっくりゆっくり治安が悪化していって、先進国としての明るい未来が閉ざされていくのだろうか...

彼らの頭にそんなネガティブな考えが溜息とともによぎった時、酒場の扉が壊れる程の勢いで開け放たれる。


「おい、なにしよんねや」


あまりの爆音にやいやい騒いでいた客は一斉に静まり、そしてドカドカと店に入って来た連中の恰好を見てギョッと一様に顔を顰める。

上下迷彩の特攻服に、金色の"菊"の刺繍。国威発揚だとか八紘一宇だとか、歴史の教科書でしか見ないような、厳めしい単語が散りばめられた決意文で彩られた背中。

彼らはどこからどう見ても右翼、それもゴリゴリの街宣右翼、行動右翼であったからだ。


「クソ外人が静かに飲めやゴルァ!」


黒シャツに太いチェーンネックレスをぶら下げた男を先頭に、連中はまっすぐチビと大男の方に向かって行きあっという間に二人を取り囲むと、なんの躊躇もなくチビからスマホを取り上げ地面に叩きつけて破壊する。


「Yo what the fuck dude!?」

「やかましいんじゃおら!殺したろかいボケ!」


当然烈火のごとく怒るチビを、迷彩柄の一人が先ほどの中年男性の比じゃない力で突飛ばせば、もう一人がニヤケが消えたチビの顔面を蹴り上げる。そして二人がかりで"Agh!"と短い呻き声を挙げて転がるチビの上に馬乗りになって顔面を酒やらツマミやらで滅茶苦茶になった汚い床に押し付ける。チビは早口でなにやらまくし立てているが、抑えている二人はそれに被せるように日本語で罵倒の限りを尽くしている。


「This punk ass JAP! Do you need another bomb?ナガサキヒロシマ?」


こうもされては大男も黙ってられない。チビの上に馬乗りになっている二人にタックルをかましチビを救出すると、ポケットからスマホを取り出して今度は大男の方が懲りずにカメラを回し始める。そのうえいっそ清々しいまでの人格を疑う発言...迷彩柄の男たちの眉間に一斉にしわが寄る。


「こいつ...!!!」「お前覚悟せえよオラ」「 get the fuck out, COME ON!」

「はーい取り敢えずこっち来ましょうね~、はいすいません通りますよ~」

「えぐいえぐいえぐい」「えてかなにあれ、自衛隊?」「なんのコスプレやねんあれ」「怖すぎるやろ...」


と、ここまでの流れを見ていた他の御客たち、そして店員らは皆スッキリしたとか、助けてくれてありがたいとかよりも、その迷彩柄のあまりに躊躇のない暴力性にドン引きしていた。むしろ迷惑な黒人二人組と同じ穴のムジナを見るかのような目で睨みつけている者さえいる。

鼻息を荒くして喧嘩を買いドカドカ店の外へ白黒つけに出ていく大男とチビのすぐ後ろについて行く迷彩柄の連中は、そんな顰蹙の目線など知ったことじゃないといった具合に適当な愛想を振りまき、嵐のように退店していくのであった。


―――――――――――――


「Okay, okay okay...please man...I'm sorry bro...I'm sorry」


十数分後。

威勢の良かったチビは道頓堀橋の下で"いい面構え"になっていた。

大男の方は店に乗り込んだ連中よりも5割増しでガタイのいい連中に取り囲まれて木刀やら鉄パイプやらでボコボコにされており、既にピクリとも動かない。

チビは大男の腕っぷしがバックにあったからこそ迷惑千万を働けていたらしく、彼が使い物にならなくなった以上、鼻から口からダラダラ流れる血を両手で押さえながら情けない声で命乞いをするほかなかった。


「Yeah you should say sorry motherfucker! GET THE FUCK OUT FROM OUR COUNTRY PUSSY ASS NIGGER!」

「I'M SORRY I'M SORRYYYYYY!!!AGHHHHHHH!!!」


だがそんな都合のいい命乞いなど聞いてもらえるはずもなく...先ほど店で日本人なら誰でも激怒して当然の単語を軽々しく投げつけられた迷彩柄の連中に寄って集って、何度目かの集団リンチに遭うのであった。


「せや!そこやっ!潰したれっ!うっはぁ~~~痛ったぁそ~!」


その様子をスマホで撮影しながら、時折興奮したように囃し立てる男が一人。

鼻の下から口元にかけて綺麗に手入れされたちょび髭を生やしているものの、見たところ青少年からようやっと青年になったという年齢で、染髪しない黒のオールバックをワックスで固め、細身な眼鏡をかけているもんだから、小さなインテリヤクザといった雰囲気さえある。

迷彩柄の特攻服を着こなしているが、他の連中と違って前はぴっちりボタンをかけておらず、下に着た黒シャツと、首にかけたぶっといチェーンネックレスがひときわ目立つ。

そう、男は先程いの一番にチビへ突っ込んでいった奴だ。彼は若い迷彩柄の連中のまとめ役のようだが、こういう雑用も好んで行うタイプのリーダーであるらしい。


「カメラマンがいっちゃん楽しそうにしとりますやん。」

「いや痛快やろマジでこれは!クッソ、俺ももっと殴りまくっといたらよかったワ」


煙草をふかしながらニヤケ目の男がリンチの輪から一旦外れてそう声を掛ける。あまりにそのリーダー格が一人でにぎやかだったからだ。

それに対してはきはきとした口調で切り返すまとめ役。スマホで撮影された見せしめ動画は"組織"の公式SNSアカウントに流される手筈になっており、早くも彼はどこを切り取ったら一番痛快な絵面になるか勘定し始めていた。


「やばいっす!戎橋んとこでパンジャービー共が暴れてるらしいっす!」


が、その楽しい"パーティータイム"も一時お預け、というより、"追加の料理が到着した"といった具合か。あまりにのたうち回るせいで自身が出した血反吐と吐しゃ物にまみれて見るも無残な姿になっている配信バカチビには目もくれず、彼らは走り込んできた仲間のタレコミに従い、次の獲物を求めて夜の歓楽街を走り始める。先頭は勿論、あの黒シャツだ。


「っしゃ、ぶっ殺したれ!行くぞお前ら!尊王攘夷じゃボケーっ!」

「マジ元気やなー」「行こや!」「っしゃッ!」


さて、随分遅くなったがここまで読んでくれた聡明なる読者の為に主人公のことを紹介しておこう。

政治結社『関西義烈塾』所属 行動隊特攻隊長 東条左之助である。


「だ・か・ら!」


彼は夜のミナミじゃ生半可なゴロツキは道を譲るほどの腕っぷしを誇る、暴力と右翼の象徴なのである。


「サークルの飲み会やらで帰り遅くなるときはゆーてって!ご飯勿体ないやろ~!?」

「...ねっむ...」


だがひとたび朝日が昇れば、彼はもう一つの顔に顔面を入れ替える..."サークルの先輩の飲みには付き合いつつも、大学に通う割と真面目な苦学生"東条左之助に。


「ちょっと聞いてん!?ご飯かてタダとちゃうねんからね~!?」

「もお分かったてかーちゃん!次からラインするて!」


そう、肝っ玉母ちゃんにはまだまだ逆らえない、サークルに大学の授業にと忙しい日々を送る、背伸びした20歳なりたての青年"ということになっている"のである。

彼に昼と夜、二つの顔があることもなにも珍しいことではない。その昔共産党が扇動して世の中を掻きまわした左派の学生運動だって、"逮捕されるまで息子が/娘が共産オルグに参加してるなんて知りませんでした"という親御さんだって少なくはなかった。

学生の政治活動というのはいつの時代も得てして、就職先やこれから関わる真っ当な人々―――つまり、学生運動は決して"表の世界"には露呈してはならない、学生たちの"裏の世界"であるのだ。それにゃあ右も左も関係ないというわけである。


「じゃあ行ってくるワ~!」「んー!」


カラカラに乾いた喉にバターを塗っただけの焦げた食パンを押し込んで、パンくずをフローリングに払ってから彼はテキストやノート、筆箱にモバイル充電器を詰め込んだリュックサックを掴み、特攻服が誰にも見られることのない奥底に詰め込まれていることをそっと確認し背負うと、しつこい油汚れと格闘する母に聞こえるよう大きな声で出発の挨拶を交わして、玄関のカギを開ける。

スマホを見れば8時36分。ゆったり時間をかけて歩いてもいつも乗る電車の発車時刻に間に合う計算だ。こんなことならリビングの机に突っ伏してひと眠りすればよかったと人知れず舌打ち。結局喧嘩三昧で終電を逃して朝帰りだ。サークルの先輩に付き合わされたというカバーストーリーを起きたばかりの母親に伝えたのは日が昇り始めた6時前。幾ら顔を洗っても目頭をつまんでも瞼は重いままである。


「(あっかんマージで眠いワ。駅の自販機でZANE買お...)」


そんなこんなであっという間に着いた駅。定期的に聞こえてくる案内音声と改札の開閉音がいやに頭に響いてやかましい。こんな時はたっぷりのカフェインだ。エナジードリンクを一発、強炭酸と共に決め込んで、昼休みまでの厳しい戦いを乗り切ろうじゃないか。おっと定期入れどこやったっけ...

―――このような具合で、彼は内面の取り留めのない思考にどっぷりと漬かっていた。故に気が付けなかったのだ。自身の後ろからあからさまにパーソナルスペースを一切気にしない不審者二人が近づいてきていることに。


「お疲れ」

「あぇ?」


彼がもし、"夜の"東条左之助であったのなら、きっとなんなく帰り討ちに出来ていたのだろう。

自身の遊び呆け具合に呆れつつも毎日夕食を用意して待っててくれ、朝起きたら朝食を作ってくれる豪快だがどこか甘い母親と、寡黙で仕事人間な父親と、そして馴れ親しんだ道のりに見慣れた電車が停まる駅―――彼が生きていた昼の世界は、夜の世界と両立するにあまりに心地よ過ぎたのだ。


「っ...!ふっ...!?がっ...!?」


右脇腹に手をやれば真っ赤な鮮血。凄まじい勢いで床に血のしずくが落ちていく。

力が抜ける。拳が握れない。寒さが鋭さを増していく。


「ってぇえええ...!くっっっそ...!!!」

「はい、これがバカウヨの末路ですよー、調子乗りすぎっスお疲れ~っと...撮ったで」「おけ、行こ」「おい退け退け退け」


痛い、痛い、痛い!!!

どこの誰だ?昨日の馬鹿配信者?いや、声的にちげえか?

この野郎、俺のことを撮ってやがるな。クソッ、血が流れ過ぎて立ち上がれねえ。あの馬鹿配信者の復讐か、それともはたまた闇バイトって奴か?駄目だどうにも思考がまとまらねえ。


彼が思考を堂々巡りさせている間に、その二人組は手短にスマホに床に這いつくばう彼の痴態をレンズに納め、指紋が残らないよう拵えたのであろうゴム手袋を外して自身のパンツのポケットに詰め込みながら駅の外へと走り出すと、急ブレーキをかけて停車した黒いバンに乗り込んで消えていく。


「はッ、なに?」「えやばいどしたんあの子」「えっ、血やん怖!」「てかあれ刺されてへん?」「無理無理無理!」


彼の周りには丁度通勤ラッシュということもあって、駅を利用しようとしていた人が集まってくる。

昨日の夜酒場で邂逅したような、此方の利益にも不利益にも無関心で、だが自身の不利益にだけは鋭く反応する大衆が集まってくる。

ベットタウンの小さな駅で人がいきなり白昼堂々刺されたのだ。そりゃまあまたとない非日常、少し過ぎるぐらいの"エンターテイメント"である。

向けられるスマホの数は、先ほどよりも随分増えたようだ。


「動画撮ってへんと救急車呼ぶとかせーや...ガチ...」


アカン、ホンマ眠い...家で仮眠とっときゃよかったワ―――


「おー!この魂面白味あるじゃーん?!これにしよっと♪」


薄れゆく意識の中、"現世にいる"彼の耳が最後に掴んだのは、可憐な少女の声であったという。

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