桃色のトイレ

星影瑠華

ざわめいていた。

とっかかりのないあの廊下で足を滑らせて、私たちは歩いていた。

私のそばに友達がいた。

一緒に古びた扉を押す。

あれ、あのこは…。

私はひとりぼっちだった。

足を踏み入れる。

そこは桃色の空間だった。

ピンク、じゃない。桃色。

差し込む光ゆえなのか、桃色のデザインなのかなんてわからない。

ただ、暖かい。

古びたトイレ。

でも、汚れた雰囲気はない。

回す蛇口。和式の便器。少し曇った鏡。

私は声を聞いていた。

少女の、楽しそうな、声。

私が入ってきたことを知っているのかな。

知らないのかな。

少女は流れるように話し続ける。

私はとりあえず、一つの個室に入った。

私は何をしにきたんだっけ。

気を抜いたら慣れない和式の便器に足を突っ込みそうだ。

ぼんやりとした頭の端で、少女の声が聞こえる。

楽しそうに、嬉しそうに。

聞き手なんて期待していないのかもしれない。

それでも、彼女は幸せそうだった。

ひとりぼっちなのに、寂しくないのかな。

私はこんな数分のひとりぼっちに泣きそうなのに。

胸が詰まって、息が苦しい。

私は鍵を開いて、個室をでた。

水の奥に溺れているような感覚があった。

早く、息をしないと、

早く、

水道の蛇口を捻った。

桃色の蛇口だった。

ああ、蛇口まで桃色なら、これはどこからか入ってきているおかしな光なんだろう。

私の指までもがいつのまにか桃色だった。

私は一つ閉まった個室の前で、声を出した。

「あなたの話面白かったよ。」

声が止まる。

面白いのは本当だった。

でも、それより、ひとりぼっちでも楽しそうな彼女が羨ましく思った。

1人で辛くないの。

私だったら辛いよ。

誰も話を聞いてくれない。

誰もいない。

すごいな。

そんな彼女に声をかけずにいられなかった、のかな。

無限に続く時間を切り裂いて、彼女が歌った。

「聞いてくれて、ありがとう。それならよかった。」

こちらの表情など伝わらないのに、私は彼女に微笑みかけた。

「うん。」

そして、私は重いドアを押す。

ざわめきが戻ってきた。

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桃色のトイレ 星影瑠華 @Ruka-ningen

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