第9話
9話
坂道を吹き抜ける風は少し冷たくなり、梨花は肩にかけられた遼のジャケットをぎゅっと掴んだ。夕焼けの名残が完全に消え、夜空にはいくつかの星が輝き始めている。山々のシルエットが空に浮かび上がり、遠くの海からは波の音がかすかに聞こえてきた。
「星、綺麗だね。」
梨花がふと呟く。その声に、遼は空を見上げながら短く答えた。
「ああ、綺麗だな。」
二人の足音が静かな坂道に響く。喫茶店のある町の明かりが小さく揺れて見えた。
「遼、ありがとね。」
梨花がジャケットを触りながら言った。その声は少し小さく、恥ずかしそうだった。
「何が?」
遼が振り返らずに聞き返す。その問いに、梨花は一瞬迷ったが、思い切って答えた。
「さっき、私の気持ち、ちゃんと聞いてくれたから。」
遼は足を止め、ゆっくりと梨花の方を振り返った。夜風が二人の間を通り抜け、梨花の髪をそっと揺らす。
「別に、大したことじゃねぇよ。」
遼はそっけなく言ったが、その声はどこか優しさを含んでいた。その反応に梨花は安心したように微笑む。
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喫茶店に近づくにつれ、風鈴の音が微かに聞こえ始めた。木造の扉が見え、店内から漏れる明かりが二人を迎えるように揺れている。
「帰ったら、また健たちにからかわれるかな。」
梨花が小さく笑いながら言うと、遼も微かに笑った。
「あいつら、口が軽すぎるんだよ。」
「でも、健と彩香ちゃん、仲良いよね。なんだかんだで羨ましいな。」
梨花がぽつりと言うと、遼は少しだけ真剣な表情を浮かべた。
「……お前は、そうなりたいのか?」
その問いに、梨花は一瞬戸惑いながらも答えた。
「どうかな。でも、そういう関係も素敵だと思う。」
遼は何も言わず、再び歩き出した。その背中を見つめながら、梨花はジャケットの温かさを感じていた。
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店の前に着くと、風鈴の音が一層はっきりと耳に届いた。梨花はジャケットを脱ぎ、そっと遼に返した。
「本当にありがとね。」
「気にすんな。」
遼は短く答え、ジャケットを肩にかけた。
その瞬間、喫茶店の扉が開き、健の声が響いた。
「おっ、帰ってきたな! おせーぞ!」
「うるせぇ、お前らが長居してるせいだろ。」
遼がそう言い返すと、健はニヤリと笑いながら彩香と顔を見合わせた。
「まぁ、二人きりでいい感じになってたなら、それもありか。」
「バカ言うな!」
遼が顔を赤くして睨むと、梨花も慌てて手を振った。
「そんなことないってば!」
二人の慌てた様子に、健と彩香はさらに笑い合った。喫茶店には再び賑やかな空気が戻り、風鈴の音がその音を柔らかく包み込んでいた。
潮風の吹く喫茶店、茜色の南ヶ丘町。 赤緑下坂青 @aomidorikudarizakaao
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