第8話

8話



健と彩香の甘いやりとりが終わり、テーブルには再び静けさが戻ってきた。夕陽の光が長く差し込み、店内の木目調の床に柔らかな陰影を落としている。風鈴の音が微かに響き、どこかぎこちない雰囲気をさらに引き立てていた。


「……さて、次はどのゲームやるか。」

健が空気を変えようとカードを手に取ったが、誰も反応しなかった。彩香は赤く染まった頬を隠すように俯き、梨花はどこかそわそわした様子で膝の上の手を握りしめている。


「梨花、顔が真っ赤だぞ。」

遼がぽつりと指摘すると、梨花は慌てて顔を覆った。


「そ、そんなことないよ! 別に……。」

「いや、明らかに赤いけど。」

遼が呆れたように言うと、梨花はさらに慌てた様子で視線を逸らした。


「……なんか、見てるだけで恥ずかしかっただけ。」

梨花がぽつりと漏らしたその言葉に、遼は少しだけ顔を赤らめながら「ふーん」とだけ応じた。その反応に、梨花は自分の鼓動が早まるのを感じた。



---


「ねぇ、遼。」

梨花が不意に声をかける。その声は、どこか遠慮がちだった。


「何だよ。」

「私たちって、どう見えてるのかな……。」

「どうって?」

「健と彩香みたいに、みんなから『お似合い』とか思われてるのかな。」


梨花の言葉に、遼は一瞬固まった。その問いが何を意味しているのかを考える間もなく、顔に熱がこみ上げてくる。


「そんなわけねぇだろ。」

遼が少し強い口調で否定すると、梨花はわずかに肩を落とした。


「……そうだよね。でも、ちょっとだけ羨ましいかも。」

梨花のその言葉が、遼の胸に静かな波紋を広げた。健と彩香のような関係――その甘さや素直さが、自分と梨花にはないことを遼も無意識に感じていた。



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「おい、俺ちょっと外の風に当たってくる。」

遼が突然立ち上がり、扉の方へ向かう。その背中を見送りながら、梨花は不安そうに声をかけた。


「どこ行くの?」

「すぐ戻るよ。」

遼のそっけない声が返ってくる。その言葉に梨花は納得できず、椅子を引いて彼の後を追った。



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外に出ると、夕陽が山の稜線に沈みかけ、空が紫色に染まり始めていた。坂道から吹く風が心地よく、軒先の風鈴が澄んだ音を響かせている。


「遼。」

梨花が小走りで追いつくと、遼は立ち止まり、振り返った。


「何だよ。」

「なんか、怒ってる?」

「怒ってねぇよ。」

遼は肩をすくめながらそう言ったが、その声にはどこか苛立ちが滲んでいた。


「じゃあ、なんで急に外に出たの?」

「お前には関係ねぇだろ。」

遼の冷たい返事に、梨花は一瞬怯んだが、それでも一歩前に踏み出した。


「関係あるよ。だって……。」

梨花は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、その先を続けた。


「だって、私、遼のこと気にしてるんだもん。」


その言葉に、遼の表情が一瞬だけ硬直した。夕陽の光に照らされた梨花の顔が、どこか真剣で、そしてどこか恥ずかしそうだった。


坂道を抜ける風が二人の間を吹き抜ける。茜色の空が徐々に紫がかった闇に染まり始め、風鈴の音がかすかに聞こえるだけだった。遼と梨花は互いに向き合ったまま、どちらも次の言葉を紡ぎ出せずにいた。


「……何だよ、それ。」

遼がぽつりと呟いた。その声には戸惑いと照れくささが入り混じっている。


「何って……そのままだよ。」

梨花は目をそらしながら、小さな声で答えた。顔が熱くなるのを感じながらも、足元の砂利をつま先で軽く蹴った。


「気にしてるって、どういう意味だよ。」

遼がさらに問い詰めるように言う。その声が少しだけ震えているのを梨花は聞き逃さなかった。


「どうって……遼が怒ってたり、何か悩んでたりすると、私も嫌だなって思うだけ。」

梨花は恥ずかしそうに言葉を続ける。その顔は夕焼けに染まった空のように赤くなっていた。


「……お前、バカだろ。」

遼が短く呟いた。その言葉には、いつもの冷たい調子ではなく、どこか柔らかさが滲んでいた。



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「バカって何よ。」

梨花がむっとして顔を上げると、遼は少しだけ笑っていた。


「だって、そんなに気にすることねぇだろ。俺は別に大丈夫だから。」

「本当に?」

梨花の問いに、遼は視線を少しだけ泳がせた。


「……まぁ、たぶんな。」

その曖昧な返事に、梨花は唇を軽く噛みながら前に一歩進んだ。


「たぶん、じゃ嫌だよ。」

梨花の声は強いものではなかったが、その一言に遼は反応せざるを得なかった。彼女の視線はまっすぐで、その瞳の中に自分が映っているのを感じた。


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ。」

遼がぼそりと言うと、梨花は少しだけ考えるように視線を泳がせ、それから意を決したように答えた。


「もっと素直になって。今、何を思ってるか、ちゃんと教えてほしい。」



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遼はその言葉にしばらく黙り込んだ。風が二人の間を通り過ぎ、どこか遠くから蝉の鳴き声が微かに聞こえる。


「……思ってることなんて、ねぇよ。」

遼が俯きながら呟いたその声は小さく、梨花には不安げに聞こえた。


「本当に?」

梨花がさらに問い詰める。その声には、自分でも気づかない小さな勇気が込められていた。


遼は顔を上げ、梨花を見つめた。その瞳の中には、言葉にならない感情が浮かんでいるようだった。


「本当は……お前があいつらみたいに、堂々としてるのが羨ましいだけだ。」

遼がぽつりと言葉を漏らす。その声に、梨花は驚いたように目を丸くした。


「羨ましいって……。」

「お前と健たちみたいに、何も気にせず言えるのが羨ましいんだよ。俺はそんなに器用じゃねぇから。」


遼が視線を逸らしながら続ける。その言葉を聞きながら、梨花は少しだけ微笑んだ。


「そういう遼も、悪くないけどね。」

梨花のその言葉に、遼は再び顔を赤くし、黙り込んでしまった。



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「……寒くなってきたね。」

梨花がポツリと呟いた。夏の夜の空気が少しひんやりとしてきたのを感じ、彼女は両腕を抱えるようにして肩をすぼめた。


「おう、帰ろう。」

遼がそっけなく言いながらも、自分のジャケットを脱ぎ、梨花にそっと肩掛けのようにかけた。その行動に梨花は驚きながらも、自然に笑みを浮かべた。


「ありがとう。」

「別にいいよ。戻ろう。」

遼がそう言いながら坂道を歩き始め、梨花はその後を小走りで追った。




 




 

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