第9話 金閣寺の7ページ目をお開きください。

7、8ページ目、溝口少年の吃りと内的世界について。

この2ページで、主人公の最もわかりやすい特徴ど、心の向きを明確に書いている。


変にぼかして、読者に頼ることをしない。

彼がこの小説の主人公としていかに大切にされていることか。

”この主人公”でしかなりえない物語が今から始まる。

この溝口少年の精神世界のありようを大前提に、”この時点”できちんと”読者が”それを理解するから、その後の物語の広がり、高さ、深さが許されるのだ。



千織はこの時、自作『街を歩いた』を書いていた。

友人から、「後半の没入感が良かった」と言われたが、それは逆に言えば、前半はそうでなかったということだ。


金閣寺の出だしの書き方を参考に見直すと、背景や主人公の行動の表面的な説明ばかりで確かに物語と読者に距離がある。


一度は完成したと思ったが、千織は三島に倣って書き直した。

みるみる間に生々しい作風になってゆく。

最初のさっぱりとした幻想的な雰囲気は消し飛んだ。


どちらがよいか。


この作品は、小説講座の先生に提出するつもりだ。

先生からのアドバイスは一度きりだ。

ならば、自分のベストを尽くしてから見てもらいたい。


幻想的に書くのは、すでにそこそこできていたということだ。

ならば、今すぐに書けない書き方に挑戦するのがいいだろう。

プロじゃないのだ。

何作でも練習にできる。


千織は、金閣寺で学んだことを自作に組み込むことに決めた。




つづく

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