雷翼竜、嵐の残響
嵐が収まり、轟音を響かせていた雷鳴も静寂へと変わっていく。冷たい雨がまだぽつぽつと降り続ける中、倒れ伏した巨大な雷翼竜が地面を焦がしながら微動だにしない。
「……終わったのか?」
剣士アルドが信じられないという表情で呟いた。剣を握る手は、これまでの激闘で血が滲むほど力を込められていたが、ようやくその力を抜いて地面に突き刺すように支えた。
「すごい……本当に倒したのね」
ミーナが震える声で言う。彼女の指先には淡い魔法の光が残っていたが、その輝きも静かに消え去ろうとしていた。
ガロンは重い盾を地面に置き、荒い息を吐き出した。「ったく、命がいくつあっても足りねぇな、こんな戦い」
その中、ただ一人だけ浮かれたように笑う姿があった。
「ねえ、見た!?すっごかったでしょ!」
空からふわりと舞い降りたフルカが、大きな翼をはためかせながら叫ぶ。その青い瞳は嵐の名残すら忘れてしまったかのように輝いている。
アルドが肩を落としながら呟いた。「いや、すごいのは間違いないけど、普通じゃないぞ、お前のやり方は……」
「えー、そんなことないでしょ!ほら、アルドの剣だって大活躍したし!」
フルカは念動力でアルドの剣を浮かせ、自分の手元に引き寄せる。軽々と剣を持ち上げて見せた後、彼に投げ返した。
「おい!雑に扱うなよ!どれだけこの剣が消耗したか……!」
「細かいことは気にしないの!大事なのは勝ったこと!」
フルカの笑顔にミーナが肩をすくめながら苦笑した。「まあ、確かにフルカがいなければ無理だったわね。でも……次はもっと慎重にやりたいわ」
「そうそう!」ガロンが大きく頷きながら続けた。「お前が勝手に突っ走るたびに俺たちの寿命が縮むんだよ!」
「えー、それってちょっと褒められてない?」
フルカが翼を広げてわざとらしく首を傾げると、全員が思わず吹き出した。緊張感が漂っていた空気が、ようやく和らいでいく。
「おい、誰か来るぞ!」
アルドが雷翼竜の死体の向こう側に視線を向けた。その声にミーナとガロンも身構える。
茂みの中から現れたのは、見覚えのある冒険者たちだった。ライバルチームのリーダーが腕を組みながら苦笑を浮かべる。
「お前たち、また俺たちの先を行くのか……」
「やっほー!また会ったね!」
フルカが嬉しそうに手を振ると、ライバルチームのメンバーは驚きつつも緊張を緩めた。
「しかし、これを本当にお前たちだけで倒したのか?」
ライバルリーダーが倒れた雷翼竜を見上げながら呟く。
「まあ、フルカのおかげでな」
アルドが苦笑いを浮かべながら答えると、フルカが胸を張った。
「でしょでしょ!私ってすごいよね!」
「認めるしかないな。だが、次の冒険では負けないぞ」
ライバルリーダーの言葉にフルカが笑顔で応じる。「いいよ!その代わり、勝ったらまたご馳走してね!」
一瞬、険しい空気が漂うが、すぐに和やかな雰囲気が戻る。両チームは互いに労いの言葉を交わしながら、それぞれの道を進むことになった。
洞窟内に一歩足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が一行を包み込んだ。外の嵐の名残が嘘のように静まり返り、足音が壁に反響するたびに、妙な緊張感が走る。
「なんだか、ここにいるだけで息苦しいね」
フルカが翼を軽く畳みながら呟く。
「湿度が高いせいかしら。それとも、この場所自体に何か魔力が残っているのかもしれない」
ミーナが壁に触れながら小声で言った。その指先には淡い光が宿り、古代の魔法の痕跡を探るような動きをしている。
アルドは剣を抜き、周囲を警戒しながら進む。「緊張するのはいいことだ。気を抜けば、どんな罠があるかわからないぞ」
「これとか罠だったらどうする?」
フルカが念動力で地面の石を浮かせて見せる。それはただの石に見えたが、何かしらの装置の一部にも思える形をしていた。
「やめろ!不用意に触るなって言っただろ!」
アルドが鋭い声で叱るが、フルカは「だって怪しいじゃん!」と笑顔を崩さない。
その後も一行は慎重に歩を進め、壁に刻まれた文字に目を留めた。
「これ、古代文字みたいだけど……何て書いてあるのかしら」
ミーナが指差した場所には、複雑な文様と共に象形的な文字が並んでいた。それはまるで、警告や呪文のようにも見える。
「ここに古代の秘密が眠ってるってことじゃない?」
フルカが興味津々に壁の一部を念動力で浮かせて覗き込むが、その部分が崩れかけた瞬間、ミーナが慌てて叫ぶ。「それ以上触らないで!倒壊したらどうするの!」
「えー、でも何か面白いものが隠れてるかもよ?」
フルカが笑うと、アルドが呆れたように肩をすくめた。「だからお前は無茶するなって言っただろ……」
「じゃあ、アルドが代わりにやる?」
「俺はやらん!誰かが慎重に進めないと、全員巻き込まれる羽目になるからな」
一行は文字や文様を記録しながら奥へと進んだ。その道中、崩れた瓦礫や奇妙な彫像の残骸が視界に入る。
「これって……何かの神様とか?」
フルカが念動力で彫像の頭部を持ち上げて振り返ると、ミーナが即座に反応する。「それは置いておいて!変に動かすと、他の部分が崩れるわよ!」
「わかったよ。もう少し大事に扱うから……ほら」
フルカが彫像を元の位置に戻すと、その下から銀色に輝く小さな破片が見つかった。
「これ、何だ?」
アルドが拾い上げると、金属とも石ともつかない冷たい感触が手に伝わった。それはまるで、長い年月を超えて存在していた証のようだった。
さらに進むと、洞窟の奥で謎めいた装置の残骸が一行を待ち受けていた。それは複雑に絡み合った金属と水晶のような素材でできており、明らかに現代の技術では作れない代物だった。
「これ、何かの装置かしら?」
ミーナが慎重に触れると、わずかに光る反応を見せた。その光は一瞬だけだったが、古代の力が未だ残っていることを示しているように感じられた。
「ギルドに持ち帰れば、何かわかるかもな」
アルドが静かに言うと、ミーナも頷く。「でも……これ、動いたら危険じゃないかしら?」
「動くなら動くで面白いじゃん!」
フルカが笑顔で答えるが、アルドはその発言に溜息をついた。「お前はそれでいいかもしれないが、俺たちは命が惜しいんだ」
「じゃあ、私がちゃんと安全に持って帰るよ!」
フルカは念動力で装置の一部を慎重に浮かせ、壊れないように自分の前に固定する。その姿に、アルドとミーナは複雑な表情を浮かべながらも、安心しているようにも見えた。
「ここ、まだ奥がありそうね」
ミーナが遠くを見渡しながら呟く。
「いや、この辺で引き返すべきだ。これ以上深入りすれば、罠に引っかかる可能性が高い」
アルドが冷静に判断を下し、一行は足を止めた。
「でも、絶対にもっとすごいものがあると思うんだけどな」
フルカが少し不満げに呟くが、仲間たちの視線に押されて渋々引き返すことに同意した。
洞窟を後にする頃、一行は装置の残骸を慎重に抱えながら、記録した古代文字や発見物について語り合っていた。それは次の冒険への確かな手がかりとなる予感を漂わせていた――。
洞窟を後にし、ひんやりとした夜風が一行を包む。外の空気は新鮮で、洞窟内の緊張感から解放された安堵が彼らの表情に浮かんでいた。
「はあ、やっと落ち着けたな」
ガロンが盾を肩に担ぎながら呟く。その声には疲労感と達成感が入り混じっている。
「ねえ、次の冒険はどんな感じかな?もっとすごいのが待ってるといいな!」
フルカが足取り軽く前を歩きながら楽しげに言うと、ガロンが苦笑して返す。
「お前がいる時点で、もう充分すごいと思うけどな……こっちの身が持たないくらいにはな」
「そんなこと言って、結構楽しんでたじゃん!」
フルカがくるりと振り返ると、ガロンは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「まあ、否定はしねぇけどよ……次はもっと穏やかな冒険がいいな」
「でも、今回でまた一歩成長したってことよね」
ミーナが笑顔を浮かべながら歩調を合わせると、アルドも頷いた。
「そうだな。成長したのは確かだ。ただ、無茶はしないでくれれば、もっといいんだがな」
「無茶じゃないよ!だって冒険ってそういうものでしょ?」
フルカは胸を張り、大きく翼を広げてみせた。その姿は月明かりを浴びてきらきらと輝き、まるで彼女の無限の可能性を象徴しているようだった。
「無茶の境界線がどこか分からないやつに言われてもな」
アルドが肩をすくめると、ミーナが小声でクスクスと笑った。
「でも、フルカのおかげで、私たちも少し大胆になれた気がするわ」
「ほらね!私ってみんなにいい影響を与えてるでしょ?」
フルカが自慢げに言うと、アルドとガロンが顔を見合わせて同時にため息をついた。その様子にミーナはさらに笑い声を上げる。
彼らの笑い声が森に響く中、夜空には無数の星々がきらめいていた。冒険を終えた達成感と共に、次なる未知への期待が一行の胸に広がっていく。
ギルドへ戻る道を歩き続ける一行の中で、フルカがふと立ち止まり、空を見上げた。
「ねえ、みんな。あの星、なんかすごく明るくない?」
彼女が指差す先には、ひときわ輝く星が空高く浮かんでいる。それは静かに瞬いているだけだが、不思議と目を引く力があった。
「ただの星じゃないのか?」
アルドが疑問を口にするが、フルカは首を振る。
「ううん。なんか違う気がする。ほら、あの輝き、他の星とは違うじゃん!」
ミーナも少し目を細めて星を見上げる。「確かに……あれ、ちょっと不思議ね」
「まあ、星なんてどれも大した違いはないだろ」
ガロンが肩をすくめて歩き出そうとするが、フルカの目は好奇心に満ち溢れていた。
「ねえ、次はあの星に行けるような冒険しようよ!きっと何かすごいことが待ってる!」
その言葉に、アルドは呆れたように笑いながらも言い返した。
「お前、ほんとにどこまでも突き進む気だな。でもまあ、お前なら星にだって届きそうだ」
星空の下、一行は再び歩みを進めた。夜風に吹かれながらも、次なる冒険への期待が彼らの心を駆り立てていた――。
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