初めての依頼、初めての失敗
「フルカ、これから依頼を受けるんだが、準備はいいか?」
ギルドの受付前で、アルドがそう声をかけた。
「準備?うん、大丈夫!お腹いっぱいだし!」
フルカは自信満々に胸を張る。先ほど食堂で食べたギルドの特製ランチが効いているらしい。
「準備に満腹感は含まれてない気がするけどな」
ガロンが呟くと、ミーナがクスッと笑った。
「まあ、フルカらしいと言えばらしいわね」
「フルカが張り切るのはいいけど、今回の依頼は結構面倒そうだぞ」
アルドがそう言って受付嬢に視線を戻すと、彼女は慣れた様子で依頼の詳細を説明し始めた。
「今回の依頼はモンスターの駆除ですね。指定されたエリアに現れる地中牙獣を退治するのが目的です」
受付嬢が依頼書を差し出すと、ミーナが眉をひそめた。
「また厄介な相手ね。でも、このメンバーなら大丈夫でしょ」
ミーナの言葉に、ガロンが頷く。
「確かに。俺たちにはフルカもいるしな」
「そう!私がいるから平気だよ!」
フルカは手を振り回して力強く宣言する。だが、彼女の視線はすでに依頼内容よりもその先に向いていた。
「それにしても地中牙獣なんて大したことなさそうだね!」
「いやいや、甘く見るなよ」
アルドが冷静に諭すが、フルカの興奮は収まらない。
「地中牙獣って、地面の中から突然現れるんじゃないの?だったらこっちも地面を動かせばいいんじゃない?」
「地面を動かすって、そんな簡単に言うなよ……」
アルドは苦笑しながらフルカを見つめたが、その瞳にはどこか感心の色も混じっていた。
「まあ、なんだかんだでやる気があるのはいいことだ」
ガロンが肩をすくめながら呟くと、ミーナも小さく頷いた。
「フルカが言うと、妙に説得力があるのよね……」
「でしょ!」
フルカは得意げに胸を張り、勢いよくギルドの扉を開けた。
「とにかく早速行きましょう!」
そう言って、フルカは仲間たちを引っ張るようにしてギルドを後にした。
扉の向こうには晴れ渡る空と活気のある街が広がっている。フルカの足取りは軽やかで、どこまでも突き進む勢いを感じさせた。後をついて歩くアルドたちは、彼女のエネルギーに圧倒されながらも、自然と笑みを浮かべていた。
「よし、行くぞ!」
その声には、フルカの明るさに引き込まれた仲間たちの期待も乗っているようだった。
「ここが地中牙獣が出没しているエリアだね!」
フルカは念動力で浮かせた地図をクルクルと回転させながら、声高に言った。
「おい、その地図、ちゃんと読めてるのか?」
アルドが眉をひそめて尋ねると、フルカは胸を張って自信満々にうなずいた。
「もちろん!えっと、ここをこう行って……あれ?」
だが、浮かせた地図が回転し始め、彼女の顔にも疑問の色が浮かぶ。どの方向が正しいのか、まったくわからなくなったようだ。
「フルカ、地図を回すと余計に迷うわよ」
ミーナが呆れた様子で手を差し出す。「貸してみなさい」
「えー、私が読めるもん!」
「いいから」
ミーナが地図をひょいと取り上げ、慣れた手つきで正しい道筋を指し示した。
「ほら、ここからこう進んで、このルートを辿るのよ」
ミーナの説明を聞きながら、アルドとガロンはこっそりため息をつく。
「本当に大丈夫か、これで……」
「まあ、フルカの勢いに頼るしかないだろう」
アルドが小声でガロンに囁くと、彼も小さく笑って肩をすくめた。
「じゃあ、私が先導するよ!」
ミーナの指示を無視するように、フルカは元気よく前を歩き始めた。だが、なぜか全く別の方向へ突き進もうとし、アルドたちが慌てて引き止めることになる。
「フルカ、そっちは逆だ!」
アルドが腕を伸ばしてフルカを引き戻すと、彼女はキョトンとした顔をして振り返る。
「あれ?でも、この道、広くて歩きやすそうだよ?」
「そういう問題じゃない!」
ガロンが思わず声を上げると、ミーナも頭を抱えた。
「もう、ちゃんと地図を見なさい!さっき言ったルートを辿るの!」
「はーい」
渋々といった様子でフルカは地図を見直すが、どうにも納得がいかないようで、またクルクルと回し始める。
「だから回すなって!」
アルドがもう一度注意すると、ようやくフルカは地図を固定して、素直にミーナの指示に従った。
「じゃあ行こう!」
フルカが元気よく声を上げると、ようやく一行は正しい方向へと歩き始めた。
道中、フルカは何かと周囲の景色に興味を惹かれ、立ち止まったり、念動力で小石を浮かせて遊び始めたりと落ち着きがない。そのたびに、アルドが叱り、ミーナが呆れ、ガロンがフォローするというパターンが繰り返される。
「フルカ、あんまりフラフラしてると、地中牙獣に襲われるぞ」
アルドが警告すると、フルカはピタッと足を止め、真剣な顔で頷いた。
「わかった!襲われたら私が全部やっつける!」
「そういう意味じゃない……」
アルドは額を押さえ、先行きへの不安を募らせた。
それでも、一行の士気は高く、森の奥深くへと足を進めていった。
「グルルル……!」
突然、地面が揺れ、足元の土が音を立てて崩れ始めた。荒々しい咆哮とともに、巨大なモンスターがその姿を現す。鋭い牙と分厚い装甲を持つ地中牙獣だった。
「出たな!」
アルドが剣を引き抜き、前に出る。ガロンも盾を構え、即座に防御態勢を取る。
「来るわよ!」
ミーナは短い呪文を詠唱し始め、青白い魔法の光が手元に集まり始める。
その中、フルカは腕を組みながらにやりと笑った。
「これくらい、私に任せて!」
彼女の周囲に散らばる小岩がふわりと宙に浮き、目に見えない力で勢いよく地中牙獣に向かって飛んでいく。
「ドガンッ!」
岩が地中牙獣の体にぶつかり、鈍い音を立てた。モンスターは一瞬ひるむが、その分厚い装甲が衝撃を吸収しているのか、特に大きなダメージを受けた様子はない。
「おい、やるならもっと狙いを考えろ!」
アルドが叫ぶが、フルカは気にせず岩をさらに浮かせる。
「じゃあ、もっと大きいのいくよ!」
地面から大きめの岩を掘り起こし、宙に浮かせると、地中牙獣の頭部目掛けて投げつけた。
「ゴガァン!」
頭部に直撃し、地中牙獣が体勢を崩して後退する。だが、それでもまだ倒れる気配はない。
「なかなかしぶといね!」
フルカはさらに岩を集め、次々と投げつける。地中牙獣は避ける間もなく後退を余儀なくされ、怒りの咆哮を上げるが、体勢を立て直すことができない。
「フルカ、本当にすごいな!」
アルドが感心したように声を上げる横で、ミーナが眉をひそめながら小声で呟いた。
「でも、ちょっとやりすぎじゃない?」
フルカの岩攻撃は続き、ついには地中牙獣の体が力尽きるように地面に崩れ落ちた。
「よし、終わったか」
ガロンが盾を下ろし、息を吐く。アルドも剣を納めたが、フルカはまだ興奮冷めやらぬ様子で地面を念動力で掘り返し始めていた。
「フルカ、何をしている?」
アルドが問いかけると、フルカは振り返りもせずに答える。
「だって、なんか気になるんだもん!」
「おい、それ以上は――」
アルドが止める間もなく、フルカの念動力で掘り返された地面の中から、奇妙な形状の跡が現れた。
「えっ、これ何?」
フルカが指差したのは、モンスターのものとは明らかに異なる巨大な足跡だった。深くえぐられた跡と鋭い爪痕が土に刻まれている。
アルドが足跡に駆け寄り、真剣な表情でそれを観察する。
「これは……竜のものかもしれない」
「竜!?本当!?すごい!」
フルカは目を輝かせ、さらに足跡を掘り返そうとするが、アルドがすぐに手を止めた。
「これは危険な存在だ。今は深入りしない方がいい」
「えぇー!」
フルカが不満そうに唇をとがらせるが、ミーナが冷静に話を締めくくった。
「とにかく依頼は終わったわ。早くギルドに戻りましょう」
「ただいま戻りましたー!」
ギルドの扉を勢いよく開けながら、フルカが大きな声で叫ぶ。ドアの音に続いて、その元気な声がギルド全体に響き渡った。
「おかえりなさい。相変わらず元気ね」
受付嬢が驚いた顔を見せながらも、すぐにいつもの穏やかな表情に戻り、彼らを迎える。
「地中牙獣の討伐、完了しました!」
アルドが礼儀正しく報告し、討伐証明の品を差し出す。受付嬢が確認し、満足そうに頷いた。
「お疲れ様です。依頼主もきっと喜ぶでしょう」
その言葉に、ミーナが安堵のため息を漏らす。
「いやー、大したことなかったね!私が全部片付けたみたいなもんだし!」
フルカが胸を張りながら笑い、周囲のギルドメンバーたちの注目を浴びる。
「おい、あまり調子に乗るなよ」
アルドがたしなめるように言うが、フルカは気にした様子もなく、さらに話を続けた。
「だってさ、私の念動力、すごくない?地中牙獣なんて簡単にやっつけられちゃったよ!」
彼女が得意げに話す様子に、ガロンが苦笑いを浮かべ、ミーナが肩をすくめる。
「まあまあ、その勢いは認めるけど、やりすぎると周りに迷惑がかかることもあるからね」
ミーナが冷静なトーンで言うと、フルカは首を傾げた。
「迷惑?うーん、そんなことあったかな?」
「あったよ!」
アルドが即座に突っ込む。
「それより、さっきの足跡の件だけど、本当に追わなくてよかったと思う?」
アルドが少し真剣な表情でフルカに問いかけると、彼女は腕を組んで考え込むような仕草をした。
「うーん、確かに面白そうだったけど……でも、まあ、今回はこれでいいかな!次の楽しみを残しておくのも大事だし!」
自分で納得したように頷くフルカの姿に、アルドは呆れながらも苦笑する。
「次があるなら、もう少し慎重にいこうな」
アルドのその言葉に、フルカはにっこりと笑って親指を立てる。
「任せて!次も私に全部やらせてね!」
彼女の頼もしい(?)宣言に、仲間たちは顔を見合わせて一瞬沈黙したが、やがて全員が小さく笑った。
受付嬢は彼らの様子を微笑ましく見守りながら、報酬の袋を手渡す。
「これが今回の報酬です。次回も期待していますね」
「やったー!」
報酬の袋を受け取ると、フルカは勢いよく掲げて見せ、再び周囲の注目を集める。
ギルドの活気ある喧騒の中、彼らは次の冒険に向けた一歩を踏み出す準備を進めていた――。
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