新たな出会い、そして大暴走
山頂で目覚めた雷鳴の力。それを手に入れたフルカの足取りは、これまで以上に軽やかだった。
「よし、いくぞー!」
翼を大きく広げて風をつかみ、崖の縁から勢いよく飛び出す。気流に乗ったその体は、これまでにない安定感で空を滑空した。眼下に広がる険しい岩肌も、遠くに霞む木々の森も、全てが新しい冒険の舞台のように見える。
「おっきい!すごい!」
どこまでも続く大地を見渡しながら、フルカは満面の笑みを浮かべた。その瞳には輝くような希望が宿っている。
しかし、彼女の力はまだ完全に制御されていない。翼を羽ばたくたびに、風圧で下の岩が吹き飛び、あちこちで粉々になった岩片が散らばる。
「えいっ!」
力加減を知らずに思い切り羽ばたくと、近くの木が根こそぎ倒れる。「おー!あれもわたしの力?」と興奮しながらも、それがどれだけ周囲に影響を与えているかまでは気づかない。
彼女にとってはすべてが楽しい。
「もっと下いってみる!」
翼を閉じ、一気に地面へと急降下する。その速度は制御を失いそうなほど速かったが、彼女の反射神経と念動力がそれを補っている。まるで風そのものになったかのような軽やかさで、フルカは岩だらけの山道を縫うように降りていく。
「ひゅー!たのしいー!」
風が彼女の髪をかき乱し、翼を揺らす。地上が間近になると、軽く宙返りをしてふわりと着地した。
その足元には、フルカの羽ばたきで割れたばかりの石ころが転がっている。小さな体を起こして周囲を見回すと、どこまでも広がる緑が目に入った。山頂からは見えなかった森の縁に、彼女の目は輝く。
「おもしろそう!いっぱいあるー!」
翼を軽く揺らしながら、彼女は森の方へ足を進める。その胸には、未知の世界への期待がふくらんでいた。
フルカが森の入り口に足を踏み入れると、青々と茂った木々が風に揺れ、葉のざわめきが耳に心地よく響いた。山頂の荒涼とした風景とはまったく異なる、柔らかな空気が彼女を包み込む。
「ここ、すごい!いっぱい、みどり!」
木漏れ日が羽毛にちらちらと反射し、フルカの大きな瞳は興奮で輝いている。
地面に目を落とすと、色とりどりの小花や、葉陰に隠れる小動物たちが忙しそうに動き回っていた。
「おー、あれなんだろう?」
近くの茂みに身を寄せ、彼女は顔を覗き込む。小さなウサギのような生き物が、ぱたぱたと耳を揺らしながら草をついばんでいた。
「かわいい!でも……」
ふいに腹が鳴る音が響いた。
「……たべれる?」
彼女はウサギにじっと視線を注ぐ。ウサギは一瞬こちらを見たものの、すぐに逃げ出してしまう。その速さに追いつくことができず、フルカは少し首を傾げた。
「にげちゃう……でも、おっきい力あるし!」
翼を広げ、地面を軽く蹴ると、彼女はふわりと浮かび上がった。森の上空に舞い上がりながら、目を凝らして次なる「おやつ」を探し始める。
フルカが飛びながら目を凝らしていると、森の奥からかすかに騒がしい声が聞こえてきた。
「おー、だれかいる?」
少し耳を澄ませば、それは人間の声だった。慌てて叫んでいるような、やや切迫した調子だ。
「たすけてくれ!」
「くっ、囲まれたぞ!」
フルカはその声の方へと滑空し、木々の隙間から状況を確認する。そこには剣を構えた人間の男性が一人。そして、彼を取り囲むように大きな牙を持つ狼の群れがいる。
「なんだ、あれ?おともだち?」
フルカは首を傾げたが、男性の顔が蒼白になっているのを見ると、どうやらそうではないらしいと察する。
「たすけたほうがいい、かな?」
彼女はふわりと地上に降り立ち、翼を広げたまま狼たちに声をかける。
「おーい、なにしてるのー?」
その瞬間、狼たちの視線が一斉にフルカへ向く。鋭い牙をむき出しにしながら、低く唸り声を上げて威嚇するような態度だ。
「うー、ちょっとこわい?」
とはいえ、フルカの中にある「雷の力」は彼女を臆させることはなかった。
「でも、じゃまだよー!」
その言葉とともに、フルカは軽く手を振り下ろす。その瞬間、彼女の周囲の空気がピリリと震え、念動力の波が放たれる。
「どーん!」
地面が揺れ、狼たちは驚いて飛び退いた。彼らの群れは混乱し、互いにぶつかり合いながら森の奥へと逃げ去っていった。
狼がいなくなり、静寂が戻る。剣を構えていた男性が、茫然とした表情でフルカを見つめていた。
「な、なんだ今の……?」
「えへへ、つよいでしょ!」
誇らしげに胸を張るフルカ。
男性は剣を収めると、ようやく安堵したように息をついた。「助かった、ありがとう……君、何者だ?」
「わたし、フルカ!」
男性はフルカの翼と可愛らしい外見を見て、一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「俺はアルドだ。君のおかげで助かったよ」
アルドが自己紹介を終えると、フルカは羽をばたばたと動かしながら彼をじっと見つめた。その大きな瞳は好奇心に満ち溢れている。
「おー、アルド!おともだち?」
「え?ええと、まあ……そうだな。助けてもらった恩もあるし、友達ってことでいいかもな」
アルドが苦笑いを浮かべると、フルカは翼を広げて大きく飛び跳ねた。
「やったー!おともだちできたー!」
「そんなに喜ぶことか?」
「だって、いままでいなかったもん!」
フルカの言葉にアルドは少し驚いた様子を見せる。
「君、一人でこの森に来たのか?」
「うん、ずっとひとりだったよ!でも、いまはアルドがいる!もうさみしくない!」
その明るい笑顔に、アルドは思わず苦笑を浮かべたが、どこか心の中が温かくなるのを感じた。
「それにしても、君……あの狼を追い払うなんて、すごい力だな。あれ、魔法か?」
「んーと、たぶん!雷でピカーってしてから、なんかできるようになった!」
「雷で……?それは珍しいな」
アルドは腕を組み、興味深そうにフルカを観察する。
フルカの暴走開始
「えへへ!アルドも、わたしのすごいとこ、もっと見る?」
フルカは得意げに胸を張り、念動力を使って近くにあった石を宙に浮かせ始めた。
「ほらほら、これできる!」
「おお……!」アルドが感嘆の声を上げると、フルカはさらに調子に乗り始めた。
「もっとすごいの、やるよ!あそこ見てて!」
フルカは森の大木に向かって、念動力を放った。すると、大木がぐらりと揺れ、そのまま根元から倒れそうになる。
「おいおい、それはやりすぎだ!」
慌てて駆け寄るアルドだったが、フルカはさらに別の石を次々と宙に浮かせ、森中を飛び回らせ始める。
「わたし、すっごいでしょ!」
「わかった、わかったから!とりあえず落ち着いてくれ!」
アルドが必死に手を振りながら叫ぶが、フルカは聞く耳を持たない。
「そうだ、フルカ。お腹が空いているんじゃないか?」
アルドが一言そう言うと、フルカの動きがぴたりと止まった。
「……おなかすいた!」
満面の笑みで答えるフルカに、アルドは安心したように頷いた。
「だったら、この森を抜けた先にある町に行こう。そこでごちそうを食べさせてやるよ」
アルドが「町に行こう」と提案した瞬間、フルカの目がきらきらと輝いた。
「ごちそう!いっぱい食べる!たのしみー!」
興奮しきったフルカは、念動力でアルドを無理やり持ち上げると、自分の体ごと勢いよく空に飛び上がった。
「おい!何するんだ!?お、降ろせ!」
「早く行こう!早くごちそう!」
フルカはアルドの抗議を全く気にせず、森の木々の間を猛スピードで抜けていく。彼女の飛行はあまりにも自由奔放で、空中で突然の急旋回や宙返りを繰り返すたびに、アルドは必死にしがみつく。
「頼むから落ち着け!俺は飛べないんだぞ!」
「だいじょうぶ!落ちないよ!あれ、でも……どっちだっけ?」
フルカが空中で急に動きを止めると、アルドの顔が真っ青になった。
「どっちだっけじゃない!俺を降ろせ!ちゃんと道を歩いて町に行こう!」
「でも空からのほうが速いよ!」
フルカは笑いながら、再び飛び始める。そして、地上の動物たちを驚かせながら、森を縦横無尽に飛び回った。
そのうちに、フルカの力加減が少しずつ狂い始める。念動力で無意識に掴んでいた小石があちこちへ飛び、木々の枝を折ったり、地面に穴を開けたりと、混乱を引き起こしていく。
「おい、ちょっと待て!また暴走してないか?」
「わたし、たのしい!もっと速く飛ぶよ!」
「やめろーーー!」
アルドの叫び声が虚しく響く中、フルカは笑顔のまま森を抜け、町の手前まで到達していた。
町の門が見えたとき、アルドはほっと胸を撫で下ろした。だが、その安堵も束の間だった。
「ほら、あそこが町だよ!」
フルカはアルドを肩に担ぎ上げたまま、念動力で地面すれすれを猛スピードで滑空し始める。地面に近い飛行は、その迫力で道端の草をなぎ払い、近くにいた小動物たちが慌てて逃げ惑うほどだった。
「やめろ!こんな派手に入ると問題になる!」
アルドの抗議をよそに、フルカは笑顔を浮かべて門に急接近する。門番の兵士たちは、空中を滑るフルカの姿に気づき、槍を構えて叫び声を上げた。
「止まれ!何者だ!」
「ん?こんにちは!」
フルカは笑顔のまま、念動力で槍をひょいと持ち上げた。槍は空中でくるくると回転し、兵士たちは驚きのあまり後ずさる。
「ちょっと!その槍は返せ!」
「どうぞ!」
フルカが槍を放り投げると、兵士たちは慌てて槍を受け止めた。その間に、フルカは念動力で門を開け、アルドを抱えたまま堂々と町に侵入した。
「ちょっと待て!勝手に入るな!」
兵士たちが叫ぶが、フルカは全く気にする様子もない。
「アルド、この町、大きいね!どこにごちそうある?」
「いや、待て!この状況を何とかするのが先だ!」
アルドはフルカの手から必死に抜け出し、兵士たちに頭を下げた。
「すみません!この子はただ……ちょっと浮かれているだけなんです!」
「浮かれすぎだろうが!」兵士の一人が怒りを露わにする。「こんな暴れ者を放っておくわけにはいかん!お前たち、捕まえろ!」
「え?捕まる?何で?」
フルカは首を傾げながら、念動力で飛び上がる。兵士たちが駆け寄ると、彼女は空中をゆっくりと移動して距離を取った。
「ちょっと、アルド!みんな遊びたいの?」
「遊びじゃない!お前が暴走するからだ!」
「じゃあ、もっと楽しくするね!」
そう言うと、フルカは念動力で兵士たちの盾を持ち上げ、空中で円を描くようにくるくると回転させた。
「おい!やめろ!」
「おもしろいね!もっと回そう!」
盾が空中を高速で回転し始め、兵士たちは慌てて後ずさる。周囲の通行人たちはその光景に釘付けになり、次第に野次馬が増えていく。
「どうだ!これがわたしの力!」
「フルカ!それは自慢することじゃない!」
アルドは頭を抱えながら必死に叫んだ。しかし、フルカの笑顔は止まらない。
「もっと楽しいことできるかな?あ、あそこに大きいものある!」
彼女が指差したのは、広場の中央にある噴水だった。
「ちょっと待て!それには触れるな!」
だが、フルカは念動力で噴水の水を操り、空中に美しい弧を描くように流れを作り始めた。
「ほら!キラキラしてる!楽しいね!」
「楽しいのはお前だけだ!」
広場は大混乱に陥り、兵士たちは完全にお手上げ状態だった。アルドは疲れた表情で頭を抱え、フルカの後ろに立ち尽くしていた。
「これ、どうすれば止まるんだ……」
アルドが呆然としている間に、フルカは噴水の水をさらに高く持ち上げ、町中の子どもたちが歓声を上げるのを見て満足そうに笑った。
「わたし、ヒーローみたい?」
「ヒーローどころか、ただの大騒ぎだよ!」
アルドの言葉にフルカは少し考え込んだが、次の瞬間、にっこりと笑った。
「じゃあ、もっと頑張るね!」
「やめてくれーーー!」
その日の町は、フルカの暴走によって記録的な混乱に包まれた。
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